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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
一章.名無しのごんべ
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003──「缶けり」~Enemy's appearance.~



 ──陸:玖:拾六:肆拾弐──




 俺──戸番榊は、いつもと変わらず衛門川の土手にアイツと集合した。今日は休校とあって、何気なく朝からコイツと遊んでいる。

 目的は遊びの他にない。最近、勉強が疎かになっている気はするが、気の所為という事にしておこう(あれだけ昨日、将来や大人について語っていた俺が恥ずかしいから)。

 今日は何をしようか。球技となると道具が不可欠である。人数的にもかなり制限があるから、既に出来ることが少ない。前々から考えてはいた「缶けり」をしたい。二人だけだと決闘になってしまうが、川辺でもできる遊びとなればそれだ。


「今日は缶けりをしよう」

「鬼はどっち?」

「じゃあ、じゃんけんで決め」


 一陣の風が吹く。巻き上げられた雑草が空へと舞う瞬間が静止画として、延々と記録された。刹那が永遠へと拡張された理由。それは脊椎を舐め上げられたかの如し悪寒が走ったから。

 俺とアイツが振り向けば、そこに一丈はあろうかという巨体の化物がいた。九本の角が獅子の鬣の如く顔を囲い、四つある眼球が俺達を見詰めていた。その視線だけで人を軽く殺せてしまいそうな剣幕に、背筋が凍ってしまう。俺達の身長ですら、腰の高さという驚異的な大きさは壮観だった。

 視界の隅で、なにかが動いた。羽虫か?──振り向いた先に、空気を叩きながら猛進する巨大な物体が迫っている。アイツの豪速球で放たれた球を十数倍に拡大したそれが、もう射程圏内にあった。

 予想する。それは一秒と経たずに俺の頭蓋を割り、辺りに血肉を撒き散らすだろう。それがいま──


「──っぶねぇッ!」


 咄嗟の行動だった。判断力を先取りし、体は後ろへ反り返る。飛び退く余裕すらなかった──仮に地面を蹴っていたとしても、頭が低い位置になくては確実に死んでいた。

 鼻先の空間を穿つ丸太の如し怪腕は、筋肉の彫刻。今まさに俺を屠らんと爆発した力に膨張し、砲台から撃ち出された。自分でも、あと少し遅ければ……なんて考えている。いや、考察したところで結末は一通りしかない。瞭然たる死の他に辿り着く未来など。

 微かに怪物が顔を顰めるのが判った。眥を釣り上げ、露骨なまでにその胸中を露にしていた。いや、表情の有無に拘わらず、顔も怖い。

 その隙に退転して距離を置く。立ち上がった後も、前から目を逸らさずにバックステップで更に退いた。アイツは俺が引き下がる様を傍観している。


「何だよホント……俺は恨まれるような事をした憶えはないぞ?」

「サカキ、今の避けられたの?」

「お前の蹴りよりは遅い」


 実際に、以前缶けりをした時なんかは本当に壮絶だった。容赦なく足を振り抜いてくるから、俺も全力回避行動でアイツと渡り合っていたし。その成果あってか、今は日常的に捉えられなかった速度で行き交う物も少し遅れて見える。

 しかしコイツの驚嘆はさておき、突然この場を襲撃した巨大な肉だるまを如何とするか。微妙に、というか大いに敵意を示してきている。あの拳──出会い頭の悪戯にしては、冗談抜きに威力が有りすぎた。俺を殺す意図に、何ら躊躇いがないのだろう。

 こうなれば、相手の目的を問い質すだけだ。理由もなく襲ってきたのなら、ここは一発だけ説教してやらねばならない。……顔がこえー!


「お前!何しに来たんだよ!」

「・・・」

「その、お訊ねしても宜しいでしょうか。今日は如何なされましたか?」


 意気込んだけどダメだった。気迫が凄い……今も出る隙を窺ってるもんこの人。

 助け船も出さずに見守ってるアイツにも質問したい。その反応は恰も既知の生物に出会ったかのように詮無い物として扱う態度だった。アイツはなにかを知っている。だが、それを聞くのも今は面倒だし。


「ショウブ……」

「え?」

「ショウブ、シニキタ。ダカラ、コロス」


 笑えない。片言しか笑点がない。見詰め合う行為が至難の業と思わせる威風に、すぐ畏縮してしまう。

 ショウブ……勝負?一体何をしようと言うのだろうか。だが、解釈してみれば要するに、負ければ俺は死ぬ訳だ。そこだけは判明していた。そしてこの怪物は、紛れもなく命のやり取りとして、純粋な闘争を願っている。互いに武器で血肉を争う手段を求めて。何の理由があってかは知らんが、不可避である事は間違いない。


「勝負……なら、「缶けり」しようや」

「さ、サカキ?」

「いや、流石に俺は一般人だし。そんな格闘家でもないから、期待に添えるだけの力は皆無同然。

 なら、「缶けり」だろ。丁度、二人だけのには物足りないと感じてたし」


 俺が鞄から缶を取り出す。それを茫然自失と眺めるアイツの視線が痛いな。俺だって、こんな筋肉だるまと「缶けり」しようなんて、正気の沙汰とは思えない。でも、それ以外に敵と渡り合う術を知らないのだ。

 どこのゲームから抜け出してきたのか判らないモンスター。恐らく逃走したって数秒で殺られてしまう。真っ向から撃ち合うのなら、俺の得意分野で攻めるしかない。


 移動した。


 路鉈町まで行き、中央公園。広大な庭と、人が休憩する為の場として安らぎある噴水近くのベンチ。森のエリア、水のエリア、アスレチックエリアとある広大な公園。

 中心である象徴のセントラルタワー──円錐形の硝子で作られた物体の近くに缶を配置した。怪物はここに来るまでの道中、一切攻撃を加えて来ない。どうやら、知性はあるようで粗方の交渉などは成立するらしい。


「よし、じゃあアンタが鬼。俺とコイツで缶を狙うから、アンタは全力で死守してくれ」


 怪物が頷く。何か愛嬌あるな。


「耳と目を塞いで、一分間待機。その間に俺達は隠れるから、時間が経過したらスタート。

 俺達から缶を守り抜けば、アンタの勝ち。俺の身を好きにしていい」


 怪物は澱みなく首肯した。二対一に加え、意味もない「缶けり」という形式の勝負に応じる。不利な条件を鵜呑みにしてまで目的を果たそうと構えるなら、俺もその姿に誠意で応えなくてはならない。たとえ自分の命が懸かっていたとしても。


「それじゃ、スタート」


 アイツと俺は左右に別れて走り出した。別行動の方が、缶を狙いやすくする為に相手を撹乱できる。無論、単体であの筋肉だるまと対峙すれば勝機はないが、その前に缶さえ仕留めればこっちの勝ちだ。


 一分が経つ。

 化物は恐らく、いま律儀に規則を守り、その足を踏み出した事だろう。

 ここからが本番だ。




  ゲーム「缶けり」……スタート


 ・鬼──筋肉だるま。

 ・人──戸番榊、“???”。





ヒロインの前に戦闘ですね。

怪物VS眼鏡と黒服です。お楽しみに。

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