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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
三章:鳥籠の校舎
24/26

008──これにて閉幕~End of the war.~



 ──漆:拾:拾弐:弐拾参──



 アイツによる助太刀によって、強敵を回避した上で、更に全快まで復調した俺──戸番榊は、校庭(グラウンド)への道程を急ぐ。

 本当に快復している。しかし、アイツの血液にこんな回復力があるとは知らなかった。いや、謎が多すぎる。

 先刻の襲撃者がいつ現場復帰するかも判らない。それまでに、筋肉だるまの掩護と生徒の避難、それから朝陽達の行方だ。

 俺に備わる力があるらしく、アイツからかなり大雑把(アバウト)な説明を受けたが、やはり実感も無いため実戦での再現は至難に思われる。

 あの野郎、適宜な説明という顔(仮面で見えないけど、そう感じる)してやがったけど、全くもって理解出来やせん!


 あの金属光沢──いや、皮膚を硬質化した武装の術は兎も角、特殊な力があるとは何事か。

 眼鏡を外した時の完全集中(ゾーン)も然り、どうやら俺は常人とは体の構造が異なる様だ。意躯は同種なのだろうか、そうでない事を祈る。

 戦えば傷付く、当然の理だ。

 けれども、以前とは違う。

 今は自分の身も案じている。誰かを救う為には、先ず己が安全でなくてはならない。危険を冒しても良いが、その代わり桐花に心配させてしまう。

 男として、もう──彼女を泣かせたりしない!


 予め眼鏡(リミッター)を解除しているが、俺は理性で自我を制している。もう狂気や敵を殲滅する衝動にのみ駆られたりはしない。

 俺自身の力で、この理不尽を打ち砕いてやる!


 校庭に到着すると、現場の荒れ様は残酷の一語に尽きる。

 設営された天幕などは薙ぎ倒され、踏み躙られた白線を上塗りする鮮やかな血。散乱する人の肉と臓腑は、互いに競い合って高める体育祭の趣旨とは大いにかけ離れている。

 校庭の中心では、片膝を突いて項垂れている筋肉だるま。俯く顔は苦し気であり、血が顎や額から滴り落ちた。

 その背後では、生徒達が身を寄せ合って互いを守っている。指定の体操服を見る限り、器宮東も路鉈の混合した集団。どうやら、今まで生徒達を保護していた様だ。

 筋肉だるまと正対するのは、赤い短髪に長身の男性。隆々とした筋肉と黒いズボンに長靴(ブーツ)、上着は諸肌脱ぎにした単衣だった。

 意魔の筋肉だるまを圧倒するという事は、やはりアレも意躯。


 俺はその男性の背後に立つ。

 現状は筋肉だるまにこれ以上の戦闘を要請してはならない。俺一人で対処し、その間に生徒を連れて避難させる

 実際、この場で結界を解除するのが先決だし、校内で安全が確保されている空間が存在するかも疑わしい。

 どちらにせよ、いま遣り遂げるべき事は、この男を排除する他に無い。


「おい、俺の友達に手ぇ出してんじゃねぇぞ」


 振り向いた男の顔は、ペストマスクをていた。

 鋭い眼光──その目が眇められ、更なる冷たさを帯びる。視線だけで威圧し、圧倒する風格は先刻の爽やかヤンキーとは別種の恐怖だ。

 それでも物怖じして退く選択肢は、初めから持って来ていない。


「邪魔だ」


 男が突き出した拳が、俺に向かって直進する。

 腕が伸長しているのかと見紛うそれは、しかし赤く発光するエネルギーの塊だった。充填した力を、拳の形にして放出する技の類いか。

 たしか、今やっている無双ゲームでも見た事があるな。直撃すると、かなり痛い奴だ。

 しかし、俺の目で見切れぬ速度ではない。

 横に体を傾けて回避──しようとしたが、拳の軌道が変化し、顔面めがけて奔る。いや、自動追尾型の魔法とか、益々反則だ。


 側転倒立でその場から移動すると、一瞬の後に地面へと叩き付けられた赤光(せっこう)の拳が爆発し、その場に窪地(クレーター)を形成する。

 洒落にならん威力だ、余裕かましてる場合じゃない。折角快復した体も、一気に瀕死状態になる。

 追尾してくる変則パンチなら、一発や二発の被弾は想定しなくては辿り着けない。本体自体も肉弾戦では強そうだから、接近しても(ボコ)られる可能性大だ。

 即ち──防御力が必要だ。


 俺は瞑目し、瞼の裏の闇に心を澄まして集中。

 手始めに腕──前腕部が鈍器、いや表面(ひふ)が柔軟でいて、非常に高い硬度を持つ新素材の金属だと想像する。環境にも経済にも優しい……とまでは要らないか。

 硬く、強く、逞しく。

 掲げた両腕と両脚に意識を巡らせる。


「躱すだけ大したものだが、これで終わりだ」


 赤光の拳が雨となって、頭上から降り注ぐ。

 成る程、これは回避の仕様がない。というか、自分の肉体を媒介にせず、何処からでも発射可能なのかよ。


 その時、俺の両腕に変化が現れた。

 前腕と脚部全体の表面が僅かに青い光彩のある金属へと変じる。一度意識しただけなのか、それで固定化されてしまった。

 これで心置きなく、完全集中(ゾーン)を解かずに応戦し得る。

 俺は空から来襲する弾雨に向け、拳の乱打で迎え撃った。この状態なら、全弾に対応していける。──俺の拳速の方が(はや)い!

 複数をほぼ同時に撃墜した。


「ぼわっ!!?」


 接触した全部が、盛大に閃光を散らして爆発する。……忘れてた、これ触れたらいかん奴やんけ。

 爆風に煽られて跳ね飛んだ俺だったが、そのお蔭で拳の雨が降り頻る奴の攻撃圏から外れた。その場で連鎖的に大爆発を巻き起こす赤い拳たち。

 俺は直ぐに立ち上がって体勢を立て直す。

 腕は然して痛くない……一度解除すると、外傷も無かった。やはり防御力が上がっている。これなら、意魔の攻撃で骨身が砕ける心配も無さそうだ。


 俺は爆煙の中に紛れ、男へと直進する。

 煙幕を突き破って忽然と現れた俺に戦き、即座に背後の虚空に数々の拳を現出させる。一瞬の後には放たれそうだ。


 さて、第二手といこう。

 アイツは“硬質化”の他に、“発熱”もあると言っていた。

 そっちの説明は受けていないが、どうせ内容は解り切っている。

 それは……──


「腕全体に、熱が滾る感覚(イメージ)だ!!」


 投射される多数の拳。

 俺はそれらを掻い潜りながら、再度硬化した右腕を振り絞り、燃え上がる熱を充填する状態を想像をした。

 普段から漫画の様な展開が日常にあるかの如く妄想し続けた俺なら……“風使い”なら可能。

 非日常には憧れていたが、こんな展開は二度と後免だぞ!

 次第に表面が赤熱し、蒸気を立て始める。

 男の内懐で地面を叩くように踏み込み、右腕に全力を乗せて放つ。


「名付けて──灼星拳(しゃくせいけん)ンンッ!!」


 燃える鉄拳が、男の腹部に炸裂した。

 突き抜けた熱が胴体を穿ち、その背後で炎を噴き上げる。硬い腹筋の表面が焦がされていく。

 男は吐血し、その場に膝を突いた。

 間髪入れず、俺は軽く跳び上がって宙で体を半回転煽ると、硬質化した臑で回し蹴りを畳み掛けた。横っ面を直撃し、そのまま男を崩れたテントまで弾き飛ばす。

 あまりの威力に俺も驚きドキドキだが……うん、漸く男らしい戦闘が出来た気がする。


「ッしゃあ!どうだコラ!……もう、起きて来ないよな?頼むよ、マジで。次は怖くて出来んわ」


 起き上がって反撃してきたら、怖くて逃げ出すかもしれん。

 俺は筋肉だるまへと駆け寄り、その容体を確かめる。負傷はしているが、致命傷に至るものはない。

 あの男の攻撃だから、恐らく打撃系で足腰が機能しないまで追い詰められたのだろう。

 それくらいなら、時間が回復してくれる。


「よくやったぞ、筋肉だるま」


『ゴウウゥゥッ……』


「もう少し生徒を守っててくれ」


 俺は、テントに吹き飛ばされた男へと振り返ろうとして──左側頭部を庇う様に腕を上げた。

 その直後に、両腕全体に乗し掛かる強烈な蹴撃の圧力。踏み堪えられずに、数歩だけ踏鞴を踏んだ。

 またしても、直感が叫ぶ。

 俺は危険を訴える本能に従って、殺意の針を知覚した部位を脚や腕で防御する。一瞬の後には、幾度も高速の打擲が襲った。

 これが眼鏡装着の平常時なら処し遂せない数と質だ。

 疾風怒濤の攻撃が止み、防御の構えを解くと、眼前に爽やかヤンキー(仮名)が出現する。


「おや、完全回復ですか。それも、あの怪物の能力だと」


「まあ、流石に血は特技ってレベルじゃ変わらないよな」


 飄々とした男性は、殴られた後も(こみ)でイケメンだった。畜生、腹立つな。

 薄い笑顔を貼りつけた顔のまま、彼は頭上に挙げた手で指を鳴らす。


 すると、学校敷地全体を隔離していた結界が破壊された──いや、解除された。

 どうやら、黒幕はこの男だった様だ。


「今回はこれまでにしましょう。目的も果たしましたし」


「目的……?ナンパじゃないのか!?」


「私は如月(きさらぎ)(カイ)と申します。此度の学校襲撃を行った【意京(いきょう)】の頭目を務めさせて貰ってます」


 ギャグが無視されたのは捨て置く。

 その如月と名乗る男と、麻子も【意京】のメンバーという事か。瞬間移動、複数の拳、氷結……意躯の能力は多種多彩。

 何が目的かは知らないが、本能的に悟る。

 こいつらとは──ここだけでは終わらない。


「今日は退かせて頂きますね。またあの怪物に妨害されては困りますし、麻子は貴方に差し上げましょう」


「なっ……待ちやが──」


「それでは、また」


 そうして──災厄は消えた。


 摑もうとした手が空振る。

 眼前から姿を消してしまった、如月も赤髪の男も。言葉通りなら、負傷した麻子は残されているだろう。

 結界は解かれ、襲撃者は消えた。

 他はどうなってるかは知らないが、校庭から見受けられる敵影は無い。


 安堵した俺は、ポケットに入れていた眼鏡を装着する。うん、やっぱ鼻にフィットするこれ最高だわ。


「サカキ!」


 萎縮していた生徒の集団を外れ、一人がこちらへ駆け寄って来た。──朝陽である。

 俺の胴へ半ば体当りで抱き着いてきた。熱烈な接触、柔らかきあの……喋りません、俺は喋りませんよ!

 でも噛み締めてやる、この至福!


「よう、無事だったかマイハニー」


「何処で何やってたのよ!」


「昇降口で女子二人とイチャイチャしてました」


 冗談で和ませてやろう。

 突然の非日常で混乱して、疲弊して、悲しんでいる彼女には、日常的に聞いている俺のギャグで笑ってほしい。

 ……あれ、笑ってない。意外とガチで怒ってる目だ。可愛い女の子がしていい目じゃない、可憐さがどこにも見当たらない別人になってる。

 殴られるかと頭を庇ったが、彼女は血で汚れた俺のシャツの胸に顔を埋めて、小さく呟いた。


「心配したんだから……バカ」


「……すまん、何か気苦労ばかり」


 二人で甘い時間を過ごしていると、集団の中から二名、広瀬翔と冴えない系(俺の偏見)の黒髪男子が近寄って来た。

 相変わらず、女子から歓声を捻り出させる笑顔だったが、やはり疲労の色が濃く、やや窶れている様に感じる。


「ありがとう、やっぱり君は凄いなサカキくん」


「おう。てか、急に名前呼びとか止めろよ。一瞬ドキッとしたわ」


「やべぇ……避けてたけど同種の臭いがする……」


「多分、鍛埜君は間違ってないよ」


 隣の男子──鍛埜に対して、広瀬は笑う。

 朝陽と同じ集団に居たという事は、俺が駆けつけるまでの間、彼女を隣で支えていたのだろう。

 この襲撃事件の所為で、体育祭自体が崩壊した。もう続行とはいかない、死傷者も多数出たのだ。

 結果として有耶無耶になってしまったし、この勝者の判定は如何に朝陽を傍で守れていたかに限る。


「広瀬、俺の敗けだ」


「えっ?」


「ずっと、朝陽を守っててくれたんだろ?その間、俺は別件に(かかずら)って来れなかった」


「サカキくん……」


「朝陽を、頼んだぜ」


 彼ならば任せられる。

 後の交際云々は、朝陽の判断に任せる。俺が関与できるのはここまでだ。

 何より、俺は朝陽よりも守らなければならない親友の女の子が居る。そんな宙ぶらりんの状態で、朝陽を真剣に想う彼と張り合う資格が無い。

 あと……恋愛沙汰で勝負するのが、少し面倒くさいというか……はい。


 すると、広瀬翔が諦念の笑みで頭を振る。


「いや、無効試合だ。次に持ち越しだね」


「……はい?」


「次こそは、互いに全力を尽くそう。次は文化祭だ!」


「ブンカサイ……知ってるぞ、古代マヤ文明で敗者を火に投じるという悪魔召喚の儀式か!」


「うん、違うね」


 そりゃな。

 俺も聞いた事ないわ。古代マヤ文明の生け贄の儀式の印象に引っ張られて変な設定作ってしまったわ。

 しかし、文化祭での勝負とは一体……?


「体育祭、文化祭を合同で開催する。今回の件でかなり実現は難しいけれど、やろう!」


 広瀬翔から握手を求められる。

 俺は当然、応えなければならない。約束を中途半端な状態で反故にするのは男として情けないからな。

 しっかと握り、俺も笑顔で応じた。


「おうよ、またかかって来いよ青二才」


「既に格下認定か……」


 やや失笑のイケメン。

 俺も、その場に居る一同も笑った。

 ふと、後方からの大きな誰何の声に振り返ると、足軽に担がれた桐花が手を振っていた。運び方が雑というか……まあ、傷も快復していて何よりだ。


 この後、警察が駆け付け、またしても学校は騒がしかなる。

 遺体回収や、現場の調査と事情聴取。俺達生徒は大事な当事者として、一週間以上の捜査協力を強要された。

 学校自体は後日に予定していた期末テストを取り消しにし、三週間前から早めの夏休みが始まる。

 成績云々に関しては、全員が一学期の中間試験に少し点を上乗せした評価という処遇となった。


 こうして、高校二年の体育祭は終了した。

 血腥い凄惨な事件は、これにて終幕したかに思えたが、これが序章であったという事を──俺や桐花さえも、まだ知らない。





***********



 家路を辿る生徒達の暗鬱な空気の中で、俺は桐花と並び歩く。

 日の暮れた夜の町では、自然と俺達の口数も減っていた。アイツはトーカの傷までは癒してくれなかったため、介抱が必要だった。転びそうなら、隣から支えて補助をする。

 二人で黙々と歩いていた最中、沈黙を破ったのは桐花だった。


「良いの?霧島さんと帰らなくて」


「あー……いや、今日はトーカを優先したいと思って」


「?どうして?」


 首を傾げる桐花に戸惑う。

 面と向かって訊ねられても、応え難いからだ。


「何となくだ」


「何となく?」


「そ」


 誤魔化せただろうか?

 俺が少し横目で盗み見ると、桐花は嬉しそうに微笑していた。それが愛らしくて、思わず頭を撫でたくなる。


「うん、なら今日は沢山甘えようかなっ」


「お、良いぞ。どんと来い、何なら恋」


「あ、それは無いね」


 急に冷めた様子であった。


「不謹慎かもしれないけれど、もう夏休みだね」


「ああ、そうだな」


「サカキは予定とかある?」


「部活の練習試合助っ人オファーとか、母校の部活顧問代理とかあったけど、この事件で全部取消だろうし」


 それを聞いた桐花が、俺の前に回り込んだ。

 何やら、ボロボロになった鞄から一枚の紙を出す。

 内容は……契約書。

 一、敷波桐花には手を出さない。

 二、家の指示に絶対服従。

 三、お前に未来は無い。


「……トーカさん、これは?」


「これを書かせてから呼べって」


 桐花は少し物憂げな表情を見せたが、再び満面の笑みへと変わる。


「夏休み、良かったらボクの家へ泊まりに来てよ!住み込みでバイト!」


「…………ど、どうしよっかなー……」


 今のところ予定が全て潰れて暇な俺の返答など、聞く必要も無いのだ。

 しかし、しかし、この契約書を見て確信した。


 今年の夏は、やはりまだ大変な事が続きそうだと。








アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


次の更新も、なるべく早めに。


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