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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
三章:鳥籠の校舎
23/26

007──燃えろ鉄拳!~Hard and burning.~



 時間を少し遡る。


 昇降口で戸番榊と桐花の戦線が決着した数分後の校庭付近の通路。


 露店だった残骸が路傍で瓦解した荒涼な景色の中、白髪の少女が隻腕で意魔・足軽の顔面を摑んで持ち上げていた。血に濡れた惨たらしい姿でありながら、どこか妖艶な雰囲気を纏う彼女は、しかし獰猛に微笑んで足軽を蹴り飛ばす。


 地面をもんどり返った足軽は、腹部を襲った強烈な鈍痛に体の自由が利かない。それでも、折れた太刀を地面に突き立て、()に縋り付いて立つ。

 少女──キズモノは意外なものだと目を微かに見開き、感嘆の細い息を吐き捨てる。意魔が他者の為に戦う、それも己より上位の個体である意躯との対立を自ら選択する行動は本来有り得ない。

 意魔という、人間の夢が機能美を帯びて生まれた貌に唯一備わった生態には、意躯には決定的に逆らえない摂理にある。

 しかし、この意魔はその条理を打ち破り、今なおキズモノを斃さんと奮い立つ。


「しつこい。いい加減に──」


 キズモノがナイフの束を五指の間に摑み、狙いを定めて振り被る。今の足軽に回避する体力は無い、それは手応えで(しか)と感じ取っていた。

 確実に命中させて、反撃などさせない。

 慎重を期してキズモノは照準を定める。


「無礼な横槍、後免頂戴しまーす」


 場違いにも剽げた声音。

 右方から響いたと感知し、キズモノはそちらに振り向いた直後、逆側から鈍く硬い物体が横っ腹を()たれた。その威力に体内で臓腑が圧迫され、刹那の呼吸困難に脳内が白く染め上げられる。

 何事かを理解せぬままに、そのまま校舎の壁へと弾き飛ばされた。それも、壁面を突き破り、校舎自体を貫通して校庭へと落下する。

 砂を巻いて転げたキズモノは、腹部を踏み付けて押さえられた。その力もまた凄まじく、腸全体を震撼させた衝撃は背まで伝播し、倒れた場所を盆地(クレーター)に変える。

 血を吐く少女を見下ろすのは、やはり場違いで季節違いな黒服、湾曲した杖の柄本で足軽を吊り、片手に学校提供のスポーツドリンクを携えた姿。


「やっべ、これ不味っ!レモンの味薄っ!」


 その黒服がキズモノを踏んまえて、スポドリを仮面の隙間から流し込んで揚々と飲んでいると、その背後から路鉈高校の生徒が駆け寄る。

 片手にパイプ椅子を振り提げていた。

 キズモノは一見して人間と差異ない容貌。それを襲う黒服を敵と誤解して攻撃を仕掛けたのだろう。彼が人間は攻撃しないと判断し、好機と見たキズモノがほくそ笑む。

 僅かに隙が生じれば、逆に今度はこちらが黒服を組み伏せて、その頭部をナイフで貫く。


 しかし、黒服は振り向くや否や、キズモノを足で軽く(ボール)の様に蹴り上げて空中で摑み上げると、男子生徒の攻撃に対する盾に用いた。

 パイプ椅子の畳まれた脚がキズモノの喉を打つ。人間の膂力など差して痛痒にもならないが、自分が盾に代替される事に驚いた。

 その直後、男子生徒の後ろに回り込んだ黒服が、静かにその首を腕で締め上げる。


「一つ忠告しておくとね、(ぼか)ぁ気分によって生殺与奪が自由なんだぜ?つまり、何が言いたいかというと──」


 男子生徒の首を捻り上げた。

 ごきり。

 鈍い音と共に可動域以上に曲がった姿勢のまま、男子生徒は目を見開いたまま沈黙する。脱力して黒服の足許に崩れ落ちた。

 唖然としてキズモノは、その死体に視線が釘付けとなる。


「人間も意魔も意躯も、僕にとっては玩具。無価値、そして興醒めする様な悪弊になるなら、容赦無く塵箱(かたづけるん)だよ」


 キズモノは突然、背後から胸を刺し貫かれた。

 肉を破って現れたのは、白い手。健康的とも細いとも言い難い、血に濡れてより際立つ白皙の肌をした六本の指。

 激痛と肺を摑まれた様な圧迫感で思うように体が動かない中、それでも首を回して振り返る。すると、そこに黒服が立っていた。

 前と後ろに、立っていた。


人質(つまらないもの)とか考えてないで、君自身の価値(かのうせい)を見せてよ」




**************




 ──漆:拾:拾弐:玖──



 只今、爽やかヤンキーに絶賛ボコられ中の俺──戸番榊。昇降口で久しく再会した後輩こと橘麻子と再会直後に戦闘が勃発し、休憩らしい休憩は一切無い。全身に力は入らないし、史上曾て無い重大な損耗だ。

 俺を止める為に戦った桐花も、今や深傷を負って行動不能。現状では、この男性を止める手立てが無い。

 距離を一瞬にして潰す瞬間移動じみた行動速度、視覚が機能してないと思われるにも拘わらず恐ろしく正確な打撃、他にも未知の能力を秘匿している筈だ。

 これは万全の状態でも勝てる気がしない。麻子よりも幾分か厄介な強敵だ。

 既に瀕死の俺達が暴虐(リンチ)されている中で、遂にアイツが姿を現した。足軽は……やはりキズモノに敗北したらしいが、それでも仕留められる前に救出されたようだ。


 現場に到着して、アイツは悠揚と準備体操を始めた。おい、俺は筋を少し伸ばすだけでも痛いのに嫌味かよ。

 男性はそんな余裕綽々とした態度が癪なのか、若干顔を顰めてそちらに歩む。いつも遊んでいるから判るが、男性と同じでアイツも未知数。優劣なんてまだ判じられない。

 アイツがボロ負けする可能性もあるし、圧勝、接戦と想定できない。


「何です、貴方?その異様な気配……意魔でも意躯でも無い、人間……とも遠いですね」


「えー……今は人間に寄せてるんだけどなぁ。というか、皆から仲間外れとかシビアな世の中だ」


「寄せる……?」


 アイツが指を鳴らすと、麻子の姿が景色に溶けて消えた。まるで透明化でもするみたいに、ほんの一秒足らずで視覚できなくなる。

 俺と桐花の体が浮上し、昇降口の隅へと空中を移動する。この怪奇現象も、まさかアイツが意の儘に引き起こしてるのか!?

 男性の怪訝な視線にも、かのマイ◯ルの様に股間と帽子を押さえた姿態で奇声を上げた。いや、丸っきり◯イケルさんやけん。


「さあ、解いてみるんだね好青年。僕はお前みたいな爽やかイケメンより意地汚い眼鏡とボクボク詐欺の方が好感持てるんだよ」


「「それってボク(俺)達の事ッ!?」」


 好感は有り難いが意地汚い眼鏡ってどういう事だよ!?ちゃんとレンズもフレームも清潔にしてるっつの!! え……本人の性根が腐ってる?それは見逃してくれ。


 男性の姿が忽然と消えた──瞬間には、アイツの背後からその胴に腕を回して捕まえていた。驚く間も無く、そのまま反り身になってジャーマンスープレックスの要領でアイツの頭を地面に叩き付ける。

 風圧が離れたこちらまで届く程の威力。炸裂して見えたのは、地面を突き破って上半身が埋もれた無惨な姿。男性は手を放すと、上着(ジャケット)についた塵を叩き落としている。


「拍子抜けですね、この程度ですか」


「そっか、ごめんごめん」


 男性の足許からアイツの上半身が出現した。

 下半身は依然ひっくり返ったままである。まるで、胴自体が伸長しているかの如く、そのまま男性の顎を拳でド突いた。

 轟音が弾けて、男性の上体が後ろに傾く。すると、ずっと止まっていた下半身が動き始め、踵で倒れ掛かってきた相手の後頭部を蹴り跳ばす。

 男性はアイツの横を轟然と通過し、瓦礫を盛大に吹き飛ばして壁面に激突する。即座に起き上がり、居合い腰のままアイツを見詰めていた。

 確かに、その疑問には共感できる。アイツの体は変幻自在なのか、どうでも良いかもしれんが着ている服まで一緒に伸びてやがった。

 蛇体も斯くやという様に、胴をゆらゆらと波打たせている。


 相手の分析をした男性だったが、気付いていない。彼を横から見る俺達だからこそ判る。

 その背後から、壁から胴を生やしたアイツが居た。男性の目前で挑発している躰とは別に、もう一人が出現。羽交い締めにして、その耳許で囁く。


「なッ……!?『伸縮自在』、『分身』……それが貴方の能力ですか……!」


「いや、特技。練習すれば出来るよ。ねえサカキ?」


「今度、『分身』を教えてくれ。マジで学校サボれる」


「どっちが自宅待機かで『分身』と(いさか)うだけだと思うけどね~」


「それあるぅ!!」


 逆に、今度はどっちが朝陽とデートするかで争うな。絶対に譲らないぞ、自分に甘いのは自覚あるけど、この時ばかりは譲らねぇ。


 しかし、分身も伸縮も自在。アイツの躰は本当にどんな仕組みになっているんだろうか。今まで身体能力が異常に高く、摑み処の無い性格と素性の知れないという点しか、俺もアイツを語れない。

 能力ではなく、“特技”だと豪語した。挙げ句の果てには練習すれば体得可能だという発言。これは、アニメ等で謂う模倣(コピー)の類いか。

 だとしても、規矩や基本の型となるモノを見ない限り真似は難しい。アイツは過去に、そんな生物や意魔と対峙した事があるという事だ。


 男性を羽交い締めにしているアイツの仮面が割れた。中からは大砲の砲門があり、内側から溢れる光の強さが次第に増していく。

 いやいやいや、何でもありかよッ!?

 兎も角、至近距離で砲撃を放つ積もりだ。破壊力なんて想定出来ない、昇降口全体が無事で済むのか?アイツは気分屋だから、こっちの状態を考えてない可能性も大いにある。

 俺は桐花を包む様に抱き寄せて身構えた。


 煌々と燦めく砲門、遂に内側で蓄えられた(エネルギー)が放たれんとした時、間の抜けた放屁にも似た音が鳴る。

 呆気に取られた俺や桐花、男性が見た先では、色紙やら国旗やらを吐き出した砲口。さながら誕生日のマジックでよく見るやつだ。


「あ、ハズレ!不発弾でしたっ(☆∀☆)」


「真面目にやれよ!?」


 男性は後ろのアイツの首筋に肘を叩き入れ、振り上げた踵で胸を蹴って突き放す。拘束を解かれ、切れた唇から流れて顎先から滴る血を手背で拭った。動作が一々カッコいいのが腹立つ。

 俺でも捕捉が至難の業に思えたが、アイツの奇抜な攻撃が明らかに敵を翻弄していた。真剣な勝負なら確実に……いや、真面目な場合、本領発揮できる(タイプ)じゃないだろうな。


 地面から下半身を引き抜いたアイツが両手を打ち鳴らすと、男性の背後に居た分身が破裂音と共に火炎を撒き散らした。


 ………………まさかの時差爆発。


 地雷に例えたら、踏んでから足を離しても全く機能しない。不発弾だと安堵した瞬間に爆裂するのと同じだ。悪質すぎる罠、もう清々しい外道っぷりである。

 しかし、意外な事にアイツが驚いていた。鳴らした指を凝視して固まっている。


「い、悪戯の積もりが、こんなに強いなんて……。サカキの誕生日でやろうと思って練習したのに……!」


「判った。俺の誕生日は大樹の家のシェルターでやろうな」


 男性がましても瞬間移動でアイツに肉薄した。

 放たれた蹴りを、アイツも片足で受け止める。唸りを上げた攻撃の衝突に、足元の硝子の破片が散弾となって支柱や俺達の側を擦過していく。

 アイツの印象が甚だ強烈だったから忘れていたが、あの男性も規格外なんだ。俺じゃ到底太刀打ちの仕様が無い。仮にあの最大集中状態(ゾーン)に突入しても、攻撃が見切れるか難しい。


 男性は引き絞った拳固を、アイツの胸に叩き込んだ。しかし、打撃の音は一向に反って来ない。

 俺の角度からは見えなかったため、少し移動して覗いた。桐花はすっかり安心したのか、腕の中で眠ってしまっている、動き難い。

 男性の拳は、見事にアイツの胸部を捉えていた。だが、問題なのはそこじゃない。叩きつけた拳が貫通しているように思えて、実はアイツの胴が流動体の様に変形し、回避の為に穴を空けていたのだ。


「何なんですか、貴方の身体は……!?」


「えっ、笑わないの?引いちゃ練習の意味無くなるから止めてよぅっ」


 今度はアイツが腕を振り上げた。

 その拳が金属質な光沢を帯びた漆黒に変色し、男性の頭頂を激しく痛打する。鳴り響いたのは、硬質な物体同士を衝突させた鈍く響き曇る音。本当にアイツの拳が金属へと変容したのか。

 男性の額から一条の紅い線が首筋まで流れた。苦しそうに眉を歪め、傷口を手で押さえる。効いている、アイツは遊び半分だろうが、間違いなく追い詰められてるのはあちらだ。

 男性が瞬間移動で俺達の直近に出現した。

 アイツへと有効な人質として使う積もりだろう。現状では、俺も桐花も抗う力が無い。

 すると、ほんの少し遅れて男性をの背後にアイツが現れた。


「お前の能力って、こんな感じ?案外簡単だね」


「なッ……私の能力を模倣した……?」


 アイツが腰に振り絞った黒鉄の拳が赤熱する。周辺の景色が陽炎に揺蕩い、至近距離にある俺達まで炙られているように感じた。盲目の男性が瞼を開ける程に驚怖している。

 俺が一回瞬きをした間。

 その後には、男性の姿は無い。ただ、後方の壁面に風穴が生まれ、ボーリングで投球した後の様な打撃したとは思えぬ格好でアイツが腕を振り抜いていた。


面白味(せいぎ)は最後に勝ァつ!」


「お前の拳に一片(ひとひら)の正義すらあったか疑問だけどな」


「何をぅ!?」


 アイツは足軽から拝借した短刀で、自らの手首を掻き切った。滝の様な流血を俺や桐花に行き渡るように満遍無く浴びせる。突然の嫌がらせかと思ったが、次第に全身の痛みが和らいでいる事に気付いた。

 折れた腕が──動く!体の傷は、出血痕を残して快癒していた。体操着が赤く染まる生々しい状況だが、喜ぶべきなのは確かだ!

 俺が見上げた時には、アイツの出血も止まっていた。傷口も塞がり、余った血を手巾(ハンカチ)で拭う。


再戦(コンテニュー)するんだろ?」


「ああ、勿論!」


「校庭で筋肉だるま君が意躯に応戦してるよ。あの(イケメン)も手加減して殴ったから、直ぐに戻って来る筈さ」


 あの瞬間移動で接近されたら防御も出来ない。

 まあ、傍観者スタイルのコイツが、そう簡単に手を貸してくれる訳も無いか。あくまで急場を凌ぐ程度の助力だったのだろう。それでも有り難い事に変わり無いが。

 校庭で筋肉だるまが敵を押さえてるなら上等だ。足軽という戦力が結果的に敗北したとなると、桐花の情報通り意魔よりも強力なのは確か。その実感は麻子で充分に得た。

 俺が加勢して、事態の趨勢が好転するとは考え難いが、一人でも生徒を救出しよう。それが今できる最善だ。


 走り出そうとして、アイツに襟首を摑んで止められた。


「んだよ!?」


「サカキ、分身は難しいけれど、先刻(さっき)の腕の硬質化と発熱の技なら直ぐ伝授できるよ」


「お!?マジ、そんな簡単に!?」


 首肯したアイツは、俺の腕を軽く指で叩く。所謂しっぺというやつだ。


「あれは輝美の力を真似たやつだから」


「え、俺の母親の?」


「そ、息子の眼鏡にも引き継がれてる」


「俺の眼鏡って凄ぇ」


 いや、違うわっ!


「まさか、コツ的な感じか?」


「ポイントは三つ。部位を特定して集中、君がいつも眼鏡を外さなくても敵の動きが遅く見える“アレ”をやる感じだ。後は、腕自体が鈍器になってるって想像(イメージ)


「説明がアバウト過ぎない?」


「自覚はあるぜぃ」


 何だか頼りにならんし、ぶっ突け本番になりそうだな。それでもまあ、遣る事は変わらんし、戦闘もなるべく避ける。桐花との約束だからな。


「よし、第二回線に行くぜ……!」







アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


うん、昼の心地が良いですね。早く寝たい。


次回も宜しくお願い致します。

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