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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
三章:鳥籠の校舎
21/26

005──ヒロイン~My power is for him.~


本作と同じ世界観の現実〔恋愛〕

『友達に誘われてナンパに参加したら校内一の美少女が捕まった件。~明日の俺は安全に生きてるかな?~』

(https://ncode.syosetu.com/n8151fi/)


異世界冒険ファンタジー

『氣術師のユウタ~宿運と約束の刻印~』

(https://ncode.syosetu.com/n2134ep/)


の二作が同時連載中です。

暇潰しに読んで頂けたら嬉しいです。




 戸番榊がこの能力を自覚したのは、小学生の頃だ。


 何気無く登校した学校、その途中で見付けた猫。足下を駆け抜ける俊敏な矮躯に、好奇心旺盛な小学生だった榊は惹き付けられてしまい、学校すら忘れて無心に追い掛けた。

 追跡者の影に怯えて疾駆する猫、相手の恐怖心も知らず無邪気に猛追する榊。それは確かに、ほんの他愛ない始まりだった。


 先方の角を右折した猫の影。

 さしもの榊も、体力の限界が訪れた。それもまだ小学生という未熟な身体では、発揮できる要領にも限界が現れる。追い縋るのも角を曲がってすぐに膝が折れて強制中断された。

 地面に項垂れた榊は、猫の勝利に賛嘆しながら面を上げた時、目前で咲き乱れた紅に視界を染められる。


 ──そう、事件は起きた。


 トラックが一台、停車している。

 その前面には肉片が貼り付いていた。榊の顔にもまた、同じく血糊が薄く赤い水滴を落としながら付着する。そして、地面に突いた手に転がって来たのは半壊した猫の姿。

 唖然とする榊の下へ、運転手が急いでトラックの扉を蹴り開けて降りると、颯爽と駆け寄って来た。この惨状を解決してくれるのだと、内心で僅かに安堵した榊は、次の瞬間に凍り付く。


 運転手は猫の遺骸を路傍の溝に蹴り落とした。

 トラックの前面にある血を必死に濡らした服などで拭い、痕跡を隠蔽する作業に移行する。その行為をただ静観する他になかった。何も判らなかった。

 呆然とする榊の眉間に指先を突き付け、運転手が脅迫の念を込めて言い放つ。それが彼の、そして榊の運命を大きく分けた。


 ──誰にも言うんじゃねぇぞ。


 倫理観の成熟も果たしていない子供の榊では、直面しても理解が追い付かない。人の救済を願う母のような人間を志してきた榊は、初めて人の根底に眠る悪性の存在を認知した。

 トラックに再び乗車し、現場を去るのを見送る榊の胸裏で、一つの感情が勃然と沸き上がる。理解できないからこそ、理性的な対処が不可能だからと、子供は途方に暮れた時に己の中で一番確かなモノ──即ち情念に従う。


 その時──榊の胸にあったのは、憎悪と怒り。


 いつしか意識を失っていた。

 次に目覚めた時には、燃え盛るトラックと瓦礫に埋もれた運転手の惨死体。榊は皮膚の剥がれ掛けた両腕に溝に落ちた筈の猫の遺骸を抱えていた。

 その後に現場へ駆け付けた警察だったが、トラックの鎮火や被害状況からも捜査が遅れ、結果として物的証拠なども激しい延焼によって殆どが焼失。

 榊自身は簡単な事情聴取で辻褄が合わない言動、恐らく強烈な出来事に直面した衝撃(ショック)で居合わせた際の記憶が失われているのだた警察の判断は落着した。

 父親の慰める声、怪我を心配した声がする中で、近くに来ていた母は、笑顔のまま冷たく囁いたのだ。


『人を殺してしまったんだろう?お前の所為で、二つの命が喪われたんだ』


 優しくも咎める語調に、父は憤慨した。

 激しく責める彼の声も意に介さず、母は項垂れたままの榊に屈み込んで、下から顔を覗く。その時、初めて母に畏怖を覚えた……途轍もない、狂気を感じた。


『可哀想に、お前が力不足なばかりに。未熟なばかりに、人は死んだんだ』


 榊はただただ、絶望した。

 そして、父母の間では離婚の話すら浮上したが、父はこれ以上に自責の念を榊が感じぬように苦渋の決断で思い留まる。しかし、二人の決裂は誰が見ようと一目瞭然、そしてまた榊は自身が発端であると漠然と解釈して再び鬱ぎ込んだ。

 他に変化があるとするなら、更に人助けに邁進するようになった。しかし、それは単なる憧憬に端を発するものではなくなっている。

 より多く人を救わねばならない、と。

 以前よりも見える世界が厳酷に映り、視界の隅にはいつも悲しむ人がいる。

 追われる日々、囚われる日々、磨耗する日々。


 そんなある日、旅先の母から贈り物が届いた。

 小物入れで郵送されたそれに疑問を抱きながら、度々珍妙な物品を送る彼女としては毎度の事と受け流し、封を開けたのである。


 それは眼鏡だった。

 何の変哲もない、ただの眼鏡。

 平均的な数値を見れば、視力に於いて周囲よりも高く鋭敏な榊からすれば不要でしかない。しかし、目に掛けた時、世界が微かに霞んで見える。

 いつも精神を苛む景色が、あえかに濁って姿を隠した瞬間だった。


 これ以降、榊は眼鏡を理性の象徴とした。

 外すのは、絶対的な悪を見定めた時に限定する。守る為に、再びあの力を使うしかないのだと決断した時だけだと自身に誓ったのだ。





********



 ──漆:拾:拾壱:伍拾参──



 血の霧を発散して麻子を壁面へ磔にする。

 ボク――敷波桐花の知る戸番榊ではないのだと漸く確信した。人並み外れた、いやそれこそ人間には不可能な体術で意躯を追い詰める。あれは一言で化け物と形容しても遜色無い。

 ボクは軽視していた。

 いつも、何かに付けて眼鏡を誇張するし、勝負事には冗談混じりに眼鏡を外す覚悟と嘯く。それで変わるのかと侮っていた。

 彼からすれば、それは相当な決意を要する行為なのだと、今になって知ったのである。


 隣で静観する黒服の怪物は、友人にすら明かさないサカキの秘密を知っていた。いや、彼以上に理解しているのだろう。仮面の下では嗤っているのか、憐れんでいるのかさえ判らない。

 黒服は帽子の鍔を摑んで深く被り、もう一方の掌をボクの面前に差し出した。そこには、罅割れのない眼鏡が置かれている。


「止めるんだ、君が」


「どうして、ボクなの……?貴方が止めれば良いじゃないか!」


 黒服は何が可笑しかったのか、肩を揺らして含み笑いだったが、遂には堪えきれず天井を仰いで哄笑した。

 サカキが痛みすら忘れ、自分の肉体を壊しながら戦うなんて尋常ではない状況で笑える心理が共感できない。彼の親友を自称するヤツだなんて、考えられない。


「あはは、止め方なんて知らないからね!ここは青春っぽく、(ヒロイン)(たす)けて貰おう!」


 ボクは思わず、怒りのままに胸倉を摑み上げた。この時ばかりは、敵の意躯による氷結攻撃で稼働しなかった足に力が漲る。この狂人を、直ぐにでも殴り付けたい気分だった。

 しかし、黒服は一向にその態度を改めない。それどころか、不躾にボクの胸を摑んで、驚いて力が弛んだ瞬間に突き放した。

 人に無礼を働きながら、それでも反省無し。手は立てた杖の上に重ねて乗せ、上体を横に大きく傾かせたまま笑声を上げる。


「止めるんだよ、僕はずっと前に失敗した。だから君が遣り遂げるんだ」


「し、失敗を活かしてやれば……」


「怖いんだぁ?」


 その一言に固まる。

 そうだよ、確かに怖いよ。近付いたら、ボクが殺されるんじゃないかって確かに怯えている。でも、それ以上に──止められないんじゃないか、ボクがサカキを殺してしまうんじゃないかと。

 いつの間にか、至近距離に黒服の仮面が迫っていた。


「止めなくちゃ、友達じゃないよ。サカキにこれからも付き添うなら、出来なきゃ無理。僕の様に失敗する人間か、本当に止めて傍で支えられる人間かを試す好機だよ?」


「……ボクが、止める……」


「そう」


 黒服に促されて、ボクは前に進み出た。

 意躯・麻子の痛みを訴える悲鳴、氷面を汚すサカキの血。いつもの昇降口とは異観である場所は、踏み出す度に膝が恐怖で折れそうになる。

 今までどんな怪物にだって打ち勝って来た。今さらこんな状況に絶望する筈がないと、信じていた。

 違った──友達が傷付く事が、こんなにも恐ろしいんだ。怪物の様に変貌してしまった事が、その友人に傷つけられる事実が怖いんだ。


 でも、一番恐れているのはサカキなんだろう。


 こんな能力が自分にあると()って、誰かと分かち合えもせず、人助けに身を投じる。危険の如何や身の程を考えず、誰かを助けようとする姿勢の起源が漸く判った。

 こんな危険な力があれば、より誰かの為に尽くそうとするだろう。詳細な事は知らないけれど、きっと、その自覚した時というのは、それで誰かを傷付けた出来事だ。

 その罪悪感に、本当に救いを求める自分の声に耳を塞いで、己との対話を拒絶して、より周囲に目を向けた。だから、本当の自分の気持ちが判らない。


 ボクがやる──誰も助けなかったサカキを、助けるんだ。

 彼が人を助ける時、ボクが支えなきゃ駄目なんだ。初めてボクの友達になってくれた、サカキの為に。


 ボクは走り出した。

 まだ恐怖に竦む胸を叱咤し、昇降口の氷を滑走する。

 何も考えない、考えられない。

 それでも、今はサカキに近付かなきゃ。


 サカキは手中で一旋させて持ち替えた短刀で、袈裟懸けに麻子の胴を斬り付ける。血飛沫が上がり、彼女の悲鳴がより大きくなった。意躯の再生力でも、あれだけの痛撃を受ければ死も近い。

 今彼女を殺せば、またサカキは罪悪感に駆られる。また自責して、より鬱ぎ込んでしまう。

 それだけはさせない!


「──サカキ!」


 ボクの精一杯の叫びに、彼が反応した。

 振り返りながら、短刀で薙ぎ払って来る。足場が氷なのもあって、自由に躱せない。辛うじて身を捻ったのが最大の抵抗、刃先が腕を掠めた。

 激痛を発し、自分の血が片目に降りかかるけど気にしない。ボクは彼の胴に体当たりをかました。


「う……ッ!」


 肉薄した途端、サカキの膝蹴りが腹部を強か打擲する。人間の膂力じゃないから、子宮が破裂したかもしれない。物凄く、痛い。

 だけど、ボクも伊達に化け物相手に仕事してないんだ。この程度は、何度も受けた事がある!


「サカキ、目を──醒まして!」


 ボクは眼鏡を思いきり、振り下ろすようにサカキの鼻に掛け──ようとして、裏拳で横へ殴り飛ばされる。

 氷の上を跳ね転がった。側頭部を捉えた攻撃で意識が朦朧とする。吐き気も湧き上がる。

 支柱に叩き付けられたのが幸いし、気付けとなった。ボクは震える脚を腰に隠していた拳銃の銃床で叩いた。

 

「サカキ、こっちを……ボクを見て!」


 その時、サカキが短刀をボクへ投擲した。

 いや、厳密に言えば振り被ったところまでは見えたので、投げたかは知らない……見えていない。間違いなく、声は届かずボクは貫かれる。


 そう確信したけれど、少し速く眼前に現れた黒い影が短刀を握っていた。放たれたそれを、素手で摑んだのである。

 この怪物の行動速度は、どんな意魔の中でも見た事がない。


「行け、己の役目を全うするんだヒロイン!今のサカキには僕レベル以外が止まっている様に見えてる!」


「その呼び方、止めて下さい!」


 ボクは支柱を蹴って飛ぶと、前傾姿勢になった黒服の怪物の背を踏み台にして、更に跳躍した。高度は関係ない、直線的にサカキへ向かう。

 彼とあと少し、その瞬間に胴に五発の衝撃を受けた。感触からして拳による打撃、鋭く速すぎる、何よりも強い。肋骨は折れたかもしれない。

 サカキが更に拳を構えた時、ボクはまた殴打で飛ばされると確信した。


 しかし、振りかぶったサカキの拳が、突如として隆起した螺旋状の氷に搦め捕られて動きを止める。壁面に居る麻子が、血反吐を垂らしながら地面より冷気を送っていた。

 思わぬ援護、それでもサカキにとっては脆弱な拘束。腕力で振り(ほど)いてしまった。その時、骨の折れる音──間違いない、いま彼の腕の一本が機能しなくなった。

 垂れ下がる自らの腕を見下ろした後、サカキが鋭く脚を振り上げた。ボクは拳銃で受け止めるが、銃身に加圧された衝撃は凄まじく、拮抗する間もなく分解した。

 これが最善手、攻撃は逸れてボクの体操着を少し切り裂く程度に終える。

 今退けば、もうチャンスは来ない!


「サカキ、まだ体育祭──終わってないんだよ!」


 今度こそ、ボクは全身の力を振り絞ってサカキに飛び付き、その鼻に眼鏡を納めんと手を伸ばした。








アクセスして頂き、本当に有り難うございます。


久々の更新です。

次回の更新日も、次回に更新した日です(?)。


次回も宜しくお願い致します。



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