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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
三章:鳥籠の校舎
20/26

004──眼鏡を外した時~Limiter release.~



 ──漆:拾:拾壱:肆拾弐──


 氷砂が舞い、床を覆う薄氷を踏んで立つ音。

 俺は銀世界と化した昇降口の有り様を見渡した。床面も支柱も下駄箱も、薄く凍り付いている。これでは、明日から登校する学生に被害激甚……いや、明日は代休か、問題無しッ!

 そこかしこに上に伸びる氷柱が屹立し、尖端が天井を貫いて破壊し、二階の様子が筒抜けとなっていた。代休に業者を総動員しても回復の難しい惨状である。だが、学生の休暇が増えて良い事尽くし!……というのは、俺ひとりの勝手な見解。

 背後で氷の割れる物音がし、振り返ってみれば片足が氷塊に封じられた桐花が居た。付近には拳銃の残骸が散乱している。短刀を握る手は、冷気に白くなって震えていた。

 その対岸では、氷霧の中から姿を曝す麻子。以前とは明らかに雰囲気が違い、冷徹な眼差しで桐花を見下ろしている。冷気を操作し、対象を一瞬で氷結。形成させた氷も、恐らく擬似的な気流操作か何かで形状が思いの儘。強力過ぎる、筋肉だるまなんか比じゃない!

 足軽も筋肉だるま──意魔さえも圧倒する能力だ。さっきのキズモノも、意躯の一種なのか?だとすれば、足軽では倒せないかもしれない。俺が居た時の優勢も、今は……。

 アイツなら倒せる、だが傍観者スタイルだから期待は出来ない。現場に居ても友情出演なんざ錚々しない性格だからな。


 体育祭で広瀬翔(イケメン)との感動的死闘を繰り広げる筈だった俺──戸番榊は、趣旨に反するどころか何処へ暴走すればそうなるのかと批判を喰らいそうな状況に陥った。

 それは、知らず器宮東高校へ入学していた母校の後輩こと橘麻子との対決。危地にあった彼女を救抜せんとして戦った直後、我らが敷波桐花(ヒロイン)によって再会の画も中断。更に後輩が隠し持っていた牙を剥いて襲い掛かって来た。

 思考回路全開!──にしても理解が追い付きません。これは私が処せる範疇を超えた大惨事に発展していますね。正直、桐花にとって絶賛お荷物中だわ。判っちゃいるけど、知り合い二人の殺し合いなんて後免だ。

 麻子の正体は、意魔と人の混合とされ、執念の権化とされる怪物──意躯。危険性からは意魔以上に厄介であり、攻撃性の窺われるモノは即刻処分するのが意魔討伐専門家の鉄則。……概ねこんな感じだろう。

 俺には知らない事が多すぎる。意魔や意躯、それを討つ狩人。そして──アイツの事も。


 兎も角、アイツの所在云々はこの際捨て置け。

 今は目前の脅威を退ける事に専念しろ。朝陽の安否も不安だが、後ろに困っている友達が居るなら、戸番榊の為すべき事など既決している。

 俺がこの速度制限ぶっち切った暴走気味JKを見事に駐車場へ停車させてやるぜ。ぴったり、綺麗にな!

 桐花の指を解いて、俺は短刀を摑んだ。幸い、手加減で俺の氷結は回避していたのか、関節も曲がるし、肌寒いが体は十全に動く。

 短刀を提げて現れた俺に、不気味に小首を傾ぐ麻子。可愛い女の子の挙止というよりは、奇怪な化け物や獣が狙いを定める、そんな雰囲気に似ていた。凡そJKが発する迫力の度を過ぎている。

 足元の氷面が割れ、唐突に氷柱が出現した。先端は鈍い、いや贋作で拙いとはいえ拳の形でありながら威力は人力を遥かに上回る。腹部にこんな物を叩き込まれたら、一週間は立てない。

 反り身になって回避したが、足首を這う冷気に栗肌立ち、俺は咄嗟に後ろへ跳んだ。過去位置の氷床が厚くなり、爪先に小さく氷が張った。俺の足を固着させる心算だったのだろう。

 足許で氷霧が湧いたかと思った瞬間、螺旋状に天井へ立ち上がる氷塊。一種の芸術とも思える造形の檻に、俺は空中で身動ぎも出来ず、搦め捕られてしまった。左脚と右腕の皮膚が氷に固められる。

 これは無闇矢鱈に動かすと、皮膚が剥がれる奴だな。その痛みは腹部を貫かれた時異常のものだと推測出来る。

 麻子が手を翳すと、中空に小さな矢の如く氷塊が生成された。鋭尖とした弾丸は、発射の合図が下されるまで万有引力の物理法則に逆らい、忠実に待機している。あんな凶器を凌げる気力も体力も削がれた桐花は確実に致死の一撃。

 俺は眥を決し、全身を鼓舞させて氷から手足を引き剥がす。氷柱に血が伝い、皮膚の剥がれた腕から肉が顔を覗かせた。指先に痺れが走り、腕を持ち上げるのも億劫に思える激痛。

 俺は血を滴らせながら、麻子と桐花の間に割って入った。唖然とする両者の顔に、今は微笑みかける余念も無い。正直、悲鳴上げたい程に痛いが、それでもどうにか桐花殺害を遅らせられた。


「よう、麻子ちゃんや。物騒な面してんな」

「其処の女を始末したら、先輩を安全な場所に避難させてあげます」


 俺の腕の負傷部位に氷が張り、止血された。痛い程冷たいが、こうしなくては数分後に気絶していただろう。尤も、腹部の傷は今なお出血中。無理に動かずに居るのが賢明だが、生憎と状況は生易しくない。

 血と氷で滑る足を踏み込んで堪え、痛みで火照った体に滲む汗を拭う。うわ、これシャワー浴びてぇ!というか寝てぇ!!俺達の体育祭を返してぇ!!!


「校内全員、の間違いだよな?」

「……はぁ、少し大人しくしてて下さい先輩」

「サカキ、逃げて!!」


 麻子の人懐っこい印象の人相から笑みが消えた。昇降口に立つ彼女を中心に渦動する冷気、氷の女王も斯くやという威圧と寒気。鋭い視線が物理的な威を伴って、俺を射殺さんばかりに睨んでいる。

 俺も眼鏡の鼻を指で摑む。どうやら、生半可な状態では太刀打ちできない。桐花ほど専門知識が無くては勝機の無い敵であろうと、この場を去る選択肢など唾棄する。人が救いたくて、母親(あのひと)みたいになりたくて、これまで頑張って来たんだ。

 そんな辛い仕事、辞めてくれ。桐花は俺の隣で、ただ親友として笑ってくれているだけで良いんだ。皆の笑顔に繋がる事なら、俺は何だってするぞ。その為なら、血だろうが皮膚だろうが、命だって呉れてやる。


「そりゃあ……後免だぜ。殺ろうってんなら、可愛い後輩相手でも話は別だ」


 俺は眼鏡を取り外し、桐花の方へと床を滑らせた。受け取った彼女は怪訝な表情だが、それより俺がこの危機的状況を脱する事を望んでいる筈だ。俺は逃げない、その選択をしてから桐花の表情が悲痛に歪んでいる。

 短刀の刃先に指を這わせ、切れ味を確認。──ってぇ!?撫でただけで指先に一筋の朱い線が走った。凄いなこれ、桐花さん、どんだけ入念に研いでたの?

 俺は顔の汗を無造作に前腕で拭って前を見据えた。集中力全開、視界にあった眼鏡の靄も晴れて好調、傷の痛みも遠い彼方。

 本当はやりたくも無かったけど、止むを得ない。俺を良い奴だと思っていた皆に申し訳ないよ、麻子、大樹や朝陽、筋肉だるまや足軽やアイツ、そして……桐花にも。母さん、ごめんな。


「見せてやるよ──戸番榊、解除状態(バーサーカーモード)をな」





****************



 敷波桐花は、理解できずに困惑した。

 眼前の出来事が、あまりに現実を逸脱し、荒唐無稽に思えてしまう。

 意躯によって窮地に立たされたはずの友人・戸番榊が、眼鏡を外して再対峙する。

 以前の彼は、眼鏡を外すと一味も二味も違うと豪語していた。十代の男性には一般的に見られる諧謔なのだと感受し、そのまま聞き流していたのである。事ある毎に眼鏡を強調する姿勢は異様だったが、それが特に彼を抑制する機械としての機能を備えているとも信じていなかった(常に暴走状態)。

 それが──自分の勘違いであると。


 眼鏡を外して後、戸番榊の動きが変わった。

 先程まで避けられなかった氷塊による攻撃と瞬間氷結も、軽々と回避していた。

 螺旋状にうねり迫る二つの氷の拳に対し、氷面を低く滑って跳躍し螺旋の中へと飛び込んで躱した。足で着地せず、両の足の裏が着く前に、爪先を上に振り上げる。背中で氷面を滑走するかと思いきや片手を着いき、膝を曲げるかの如く肘を曲げた一動作の後に跳ね上がった。

 一瞬の後に、榊の体温を感知して正確な氷結が襲ったが、既に其処に彼は居ない。氷の螺旋を壁として蹴り、隙間から一直線に麻子の隣に在る支柱まで滑った。

 支柱の壁面に片足を着いて蹴る。

 すると、天井ぎりぎりまで飛び上がり、今度は()()()()()()逆手に持った短刀の鋒を下に振り下ろす。人間に可能な運動を逸した体術、意躯の強力且つ特殊で想定不能な攻撃を悉く躱し遂せる。

 飛び退いた麻子の体操服を切るに終えた。過去位置の氷が割れ、素肌の床が暴かれる。その中心では、榊が獰猛に麻子を睨んで佇んでいた。

 狼狽えて踏鞴を踏む彼女へ、容赦無く榊が短刀を投擲する。腕に命中し、痛みで怯んだ隙に駆け出した彼は、麻子へと肉薄すると突き立ったままの短刀の把を握り、更に奥へと押し込んで行く。

 壁に激突した麻子の胸に、榊は更に膂力を増して短刀を刺す。


「……サカキ……!?」

「アレは母親の遺伝だよ」


 黒服の紳士──謎の男が隣に立っていた。

 いつも事実を誤魔化し、要諦を隠し、肝胆を欺く。そんな男は爽やかに、桐花を封じる氷へと屈み込む。

 黒服が自然な動作で氷塊に触れた。その途端、蒸気を立てて融解して行く。氷水が滴り、桐花は冷たく濡れた自分の手を握り締めた。どんな能力を使ったのか、熱したにしては水は依然として冷たいままである。

 桐花は黒服を睨め上げた。


「サカキの……何を知ってるんですか?」

「一事に極度の集中状態になると、戸番榊の母親──戸番輝美は、全身の限界(リミッター)が消えるんだ。動体視力や反射神経の限界、人体関節可動域……それらの概念を全て打ち消す」

「……!?」


 人体の限界を全て脱した状態。強く、けれど桐花にら悍しい能力に思えた。それは、云わば人を捨てた化け物に成り果てる事と同意義。

 現に、榊の全身は血を噴いている。爪の間や毛穴から、腹部からも再び赤く滲みが広がって行く。


「当然、それは己を破壊する行為だ。でも、それすら制御になってしまう……邪魔になる。だから、あの状態は痛覚が失われるんだ。意思の通りに動く、根付いた倫理観や限界を忘却させる。

 輝美はね、叶桐市が創設される前から、この地に住んでいた一族の末裔なんだ。その特異な能力は、子供の榊にも継承されている。

 多くの人を救う為に、少数の必要犠牲を選ぶ。輝美はある事件を切っ掛けに、それが顕著になった。その一面もまた、榊に……」


 麻子の腕を斬り飛ばした榊は、そのまま彼女を組み伏せた。片手の短刀を振り上げる。


「榊本人にも理解出来ていないだろうね。意思すら統制する力。母親の勝手な意思の所為で、榊自体も生まれながらに欠陥が出来てしまった。自分を犠牲にする事を厭わない、必要なら死すら選ぶ。

 あれは、人を救う為に壊れてしまった憐れな化け物だよ」


 本当に憐憫すら見せるような声音で黒服は笑った。


「……何で、貴方がそれを知っているんですか」

「……さあ、何でだろうね」


 黒服は、それ以降は黙ってしまった。

 ただ、目の前で悲惨に戦う男を見つめて。




アクセスして頂き、有り難うございます。


次回の更新、いつかな……。

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