001──出会いは唐突~Game start.~
──弐零零××:陸:壱:拾六:参拾壱──
戸番榊。
器宮高等学校に在学中である生徒。自己評価としては、学力が著しく乏しい。学年でもワーストを争う四天王に近付ける実力の持ち主と自負している。
運動は、全般的に何でも可能だな、面白い程に。動体視力や反射神経も、クラスメイトに訊くと、いつも怪物──と形容される。得意じゃないし、運動部の経験はない。特筆した部分はなく、ただ自宅の一室で怠惰に過ごしている以外は、学校で勉強するくらい。だけど、補欠として殆どの部活とは契約しているから、友達も多い。だからテストの赤点回避として、毎度の事ながら合宿なんて催しを友達から強要されている。
視力は一応、二・四はあるけど緊急時に備えて眼鏡を装着している(我ながら、その緊急って何なのか考えさせられる今日この頃)。補足しておくと、頭が良さそうに見られて話し掛けて来た女子が、期待を裏切られた顔で去っていく。無論、その後の進展はなく交遊関係もない。つまりモテない。
高校二年生。歳は十六。身長は一七四センチ。体重は六〇キログラム。我ながら平均を極めた体格だと思う。
そんな都合よく、幼馴染とか可愛い転校生とのイッチャラブはなく、荒んだ灰色の人生(いや、別に友達との生活が楽しくないって訳じゃないんだよ?)。
しかし、代わりと言うならある。
火曜日──。
いつも帰宅途中にある土手に、本を読みながら時間を潰そうと考え、不意に足を止めた。
土手の短い草の絨毯が、川沿いに海まで続いている。緑に彩られた場所は穏やかにうねり、幾重にも重なりながら遠くへと消えていく。
空は日暮の橙に染められ、昼間は眩しいほど鮮やかで白かった雲の色も濁り、頭上をゆっくりと流れている。時期外れの蝉が激しく鳴く声が、風で掻き消された。
こういう安穏とした空気は嫌いじゃない。落ち着いた場所に腰を据えて、人事不省に耽る事って言うのは大事だと思う。日常を何気なく、無感動に淡々と過ごす人間には絶対に必要だ。須くこういった場所の存在が、どこかで人を支えているのだろう。
学校では中々、騒がしい時間を過ごしている。落着とした間隙──昼の休憩時間のみが、俺に与えられた救済だ。まあ、その後の友人による絡みで回復した体力も大分消耗してしまう訳だが。
呆れて溢れた溜め息も、この風が一緒に拐ってしまう。誰も知り得ない俺の苦労を、唯一共感して川に流してくれる。渾身のギャグが滑った時なんかは、脳裏にこの景色が映る。悲しすぎる程、鮮明にだ。
半分ほど読み終えた文庫本を閉じ、印象深かった出来事を脳内再生し、その時の感情に浸る。主人公羨ましい……なんでそんなに頭良いの?容姿端麗な幼馴染持ちとか、どんだけハイスペックだよホントに。高校生の分際で、世界の理外れてんじゃないの精神が。
振り返ると妬みしかない。我ながら忸怩たる嫉妬や怨嗟だけが浮かぶ感想。結末まで完読した時、果たして他に感動を持ち合わせているのか心配だな。恋愛小説の登場人物って……羨ましいぃぃ。
「俺も欲しいな、こんな展開」
この声も、人知れず風に流してしまえ。口にすれば、楽になってしまう。此処だけが、俺にとって──
「どんな、展開?」
……………………………………あ?
振り向くと、そこには奇異の視線を向ける対象としては、遜色ない風貌をした人影が佇んでいた。土手よりも高い道の真ん中に、杖を片手に俺を見下ろす。
ひしゃげた杖に、鍔が少しよれた黒い山高帽子。恰も劇団の登場人物として居そうな黒装束に性別不詳。人相は判らず、ただ人の精神を削って苛立たせるような笑顔の顔文字のような仮面。縹色の巻き癖のついた毛先の頭髪が、なおソイツを浮世離れした姿に思わせた。
「・・・・・・」
互いの沈黙。重なる視線。風の音。
………………。
いやぁぁああ!いやぁぁああ!!
え、嘘だ!無自覚に恥ずかしい格好してる野郎に、恥ずかしい独り言聞かれた、最大の屈辱だよ畜生!
この野郎、風が運ぶ寸前で拾いやがったな。風使いたる俺の言句を捕まえるとは、何者だお主!
誤魔化そうにも、もう無かったかのように無視るのは不可能だ。沈黙が痛い。依然として俺を見つめるふざけた仮面の奥は、笑ってるのかさえ見えない。俺の視力は良いが、千里眼でもなければ透視能力もない。故に女子更衣室を透視する力も、いま友達が何してるかも見るなんて出来ないのだ。
「どんな展開?」
こいつぅぅぅう!!
二度も聞いてきたよ、この人。人の急所に図々しく再突入したぞ。こいつも精神状態が宇宙空間かよ。
どう答える?
逡巡の間が延長されるほど、身に迫る焦燥が思考回路の常軌運転を脅かしていく。冷静であれと己を保つ意識で精一杯だ。
「・・・幼馴染って、必要?」
何か自然に口を衝いた言葉が気持ち悪かったよ。自分でも気恥ずかしくて、川に向き直る。取り敢えず、真剣に悩む演技として遥か遠くの峰を見詰める黄昏の眼差しを保った。
さあ、どう出る?
「マジ萌えるね」
うへへっ、面白ぇなこの人。
何か共感してくれたよ。下らない質問に真面目を装っていれば、避けて何処かへ行ってしまうかと思ったけど。まあ、そんな模範的な対応を奇天烈なコイツに期待するだけ損か。
「じゃあ、好みは?」
あ、会話を続けちゃった。もう良いさ、行けるとこまで行ってやる!
思索するように、腕を組んで唸ると、首を傾げた。
「黒髪ロングの、美人系オッドアイ。容姿もグッド、文武両道だけど大食い」
「それは邪道だ。転校生、または校内一の美人として元々存在していたという設定」
なんか真剣な討論が始まったよ。これこそ他の奴等に聞かれてたら怖いわ。この会話を、誰かが聞き取る前に消してしまえば良い。風よ、荒れ狂えッ!
「人の予想の範疇、その虚を衝いた人物像なんだけどなぁ」
「幼馴染は短髪のボーイッシュ、快活とした性格で少し抜けているが、人の心情を察する事が誰よりも出来る子。そしてスタイルが良い」
「最後は無くても、可愛くない?」
「確かに・・・可愛いって、何だ?」
そこから始まる議論。山あり谷あり。共感もあれば対立もあって、互いの好みが大方見付かった時である。俺達は絶対に譲れないポイントまで、既に踏み入っていた。
「だから!俺は教師と中学女子の恋愛が最上だって言ってんの!集合住宅地で隣同士、親との交流も睦まじく小さい頃から仲の良かったお互いが惹かれ合う物語!」
「いいや、駄目だね。そんな在り来たりの展開に憧憬を懐くのなら、それはまだ君が稚拙な世界しか脳内に描けぬ見聞の狭い人間だと言う事さ!
僕が描く理想は、人外×少女!突如として人外の世界に召喚された人間の少女。元より親から虐待を受けていたために感情が希薄で、人外達による実験を受けてしまう。そこで管理課に居た人外と始まる実験施設の病院で繰り広げられた淡い恋愛!」
俺は周囲を見渡した。互いに譲れない物語があるなら、会議する他ない。そして、言葉が通じず認め合えないのなら──
土手の下にある広い平坦な地面、その端に落ちたゴムボールを掴み取った。
「お前の間違った理想、これでケリを付けてやる」
「良いでしょう。その勝負、尋常に承る!」
互いに正対する立ち位置で構えた。
「行くぞ!」
「来いッ!」
これが、俺と“怪物”の出会いだった。
アクセス有り難うございます。
次回もすぐに更新致します。




