003──侮るべからず年下~Dangerous Girls.~
久しぶりの更新です。
──漆:拾:拾壱:参拾弐──
女の子を懸けて、広瀬翔との対決に燃え上がる体育祭に励む俺──戸番榊は、何と概念年齢十三歳の美少女に熱烈なアプローチをされてしまったぜ。
無論、女の子に免疫が無いから重傷は必至!ナイフで抉られて流血沙汰になっちゃった!そこへ何と俺を慕う武者姿の意魔・足軽が乱入し、様相は俺を奪い合う修羅場へと変化した。
これが梗概なのだが……文面だけ見ると、意味の判らんラブコメだな。好意じゃなくて脅威が迫ってくるし、何というか画に華が無い。足軽も笠を取り払ったら、人目に触れるのが面倒な顔してるし。
文句を言える立場ではないな。何故なら、間一髪で俺を凶刃の雨から救ってくれた友達に、これ以上のキュン要素を求めるのは無粋だ。
「足軽……助かった!」
『オオオウ』
「ちっ、邪魔が入った」
ナイフを手中で回旋させた少女──キズモノが舌打ちを打つ。可憐な容貌に反して、出会い頭に一般人(眼鏡)を襲撃するなんて尋常な精神ではない。
先刻、彼女自身が口にした言葉を読むと、人間ではないという。しかし、意魔とも異質であり、俺からすれば人間と大差無いので、どちらなのか判じられない。いや、もしかすると未知の存在か。
足軽は腰紐から脇差しの一振りを解いて、俺の方へ投げ遣る。把を握り締めれば、曾ての夜を彷彿とさせるが、今度は意味が違う。前回が相手を討ち斃す為の決闘だったが、今回は守る為の攻撃なのだ。
地面を蹴ったキズモノと足軽。彼我の距離で中間地点だった場所に、刃物の噛み合う火花が散る。ナイフと長刀の剣戟、得物の差なら小振りで次手への移行が素早い前者が優勢に思われるが、その条理を捻じ曲げ、華麗に捌いて行く巧みな後者。
足軽の技術は本物の武者さながらであり、寧ろ人間として過去の歴史に生きたなら、さぞ高名な侍だったかと思わせる。相手の間断無き猛撃を焦燥も戦慄も無く打ち払う。
武具の操作で拮抗すると、劣勢を強いられるのはキズモノだ。得物で優れていても、技術力で補った足軽との攻防は均衡が崩れず攻め倦ねた状態となる。すると、今度は何が勝敗への決定打となるかと考えれば──武器の強度だ。
刃の応酬が五〇合を過ぎた頃、片手のナイフが破損した。成るほど予想通り、というかナイフが逆に凄い。五〇回も意魔の長刀とかち合って、よくぞ持ち堪えたと賛嘆に価する。
キズモノの目に焦りの色が走る。光が閃くような足軽の逆袈裟斬りに、直前で予測し飛び退いて回避していた。だが長刀の刃圏から逃れるなら、判断速度が遅すぎる、黒のインナーが破けて鮮血が迸った。キズモノの顔が痛みに歪む。
足軽とキズモノの戦いに見惚れていた俺の背後で、甲高い悲鳴が響いた。……観戦している場合ではない。
俺は脇差しを片手に、グラウンドへ向かう。一般人にまで被害が波及しているやもしれない。戦闘で気にも留めなかったが、上空や学校周辺を鎖す赤く薄い壁が建っている。──俗に謂う結界の類いか?
校内全体を閉じ込めたのが、キズモノの仕業だと考えるのは早計。俺一人を狙うならば、此所まで大掛かりな仕掛けは大袈裟だ。犯人が何者であれ、結界内で無事に済む人間など錚々(そうそう)いないだろう。
何が目的だ……?
俺は悲鳴の聴こえた方角へ走り続け、昇降口で怪物に襲われる少女を発見した。体格は俺と然程差異は無いが、今までの経験から鑑みるに、敏捷性に長けた部類の意魔である。一撃の重さは人間でも耐久可能だが、自由に走らせると厄介だ。
俺は音を立てないよう走り、抜き放った脇差しで背後から首を斬る。一瞬こちらに振り向く素振りを見せたが、それよりも俺が速かった。切れ味は抜群、豆腐に包丁を入れる時に似た手応えで刎ねた。
血振りをして鞘に納めてから、少女を見た。
「怪我は無いか!?」
「遅いですよ!」
「助けて貰ったのに図々しいな、コイツ!?」
頭が高い少女を見て、俺ははたと止まった。
肩に届く手前で毛先の跳ねた黒髪、端整な顔立ちだが眦まで綺麗な弧を描く円らな瞳は無邪気な印象を受ける。身長は平均より低いが、体の線は朝陽に匹敵すると称して遜色ない。
学校指定の上着だが、留め具は意魔に引き裂かれたのか取れ掛けており、中に着た黒のチューブトップが見える。……やべ、胸元見ない方が良いな。
いや、容姿なんてどうでも良い。それよりも注意すべき点は他にある。俺はこの娘を知っているのだ、朝陽並みではないが因縁がある。
「お前……まさか眞子か?」
「いつも目覚めの接吻をしてあげてる、愛妻を見て言う事ですか!?」
「朝起こしてくれんのはお前じゃないだろ、勝手な妄想展開すんなや!?」
「え、先輩にそんな人が出来たんですか!?くっ……出遅れたか……」
悔しげに眉を顰めるアホの娘──橘眞子を見下ろす。彼女とは、俺が高校一年の頃からの付き合いだ。当時、母校の陸上部の補充部員として、合宿に付き合った際、引退試合を控えた中学三年生と交流した。そこが眞子との初対面の時だ。
ろくに練習もしていない人間に、エースの座を恣にしていた眞子は追い抜かれ、矜持はズタズタに引き裂かれた。結果、それから出会う度に執拗に絡んでくる。
外見は可愛い系女子なのに、非常に残念系女子になっているのが特徴だ。学校指定の体操着を着ているという事は、同じ高校に進学しているのだ。全く予想だにしなかった。
「お前、この高校に来てたのか」
「先輩が好…………す、凄い楽しそうだったので!アタシが居る事で、その学校生活に更なる華を添えてやろうかと」
「ああ、問題ない。俺にはトーカが居るからな。寧ろお前が霞むぜ」
「また別の女の名前!いい加減にして下さい、これで何度目ですか!?」
「お前の設定は何だよ!?俺は浮気性の夫!?」
眞子が腕を絡めて来た。
今一人に構っている余裕は無いのだが、彼女が震えている事に気付く。成る程、確かに意魔に襲われた後で知人を見つけたら縋りたくなるだろう。この会話も、気持ちを紛らわす為の空元気なのだ。
何処かに避難させたいが、生憎と現在は学校全体が危険地帯。意魔がどの角度から襲撃してくるかも判らない。眞子を一人にさせるのもまた愚考だな。
「眞子、済まんが俺は人助けに出る。付いてくると危険だぞ」
「ふふ、先輩はそんな事をしなくて良いんですよ」
「?何を言って──」
その瞬間、眞子の両腕が切断された。
「サカキに近付くな、意魔め」
いつの間にか、短刀を手にした我らがヒロイン──敷波桐花が冷たい声音で告げる。腕を断たれた眞子が後退ると、俺を庇うように立つ。
何処から取り出したのか、片手に黒塗りの短機関銃を手にし、連射を開始した。銃口が炸裂音と共に火を吹き、昇降口の壁に俺と桐花の影が乱舞する。あまりの衝撃と音圧に目を閉じて耐えた。……てか、女子高生だろお前、何でそんなもん持ってんだよ!?しかも片手で扱うって、華奢な腕なのに!?
銃撃の止んだ昇降口は硝煙で少し霞んでいた。銃痕が周囲一帯に痛々しく残り、穿たれた非常口看板の破片が壁から落ちる。
眞子が居たと思しき場所に、黒い壁が出来ていた。桐花が振り向いて、俺の安否を確認する。
「サカキ……また新しい怪我。やっぱりボクが注意すべきだった」
「いや、これは年下から熱烈なアプローチを受けて……あ、眞子とは別だぞ?」
「あの娘、知り合い?」
「そうだけど」
「だとしたら、関わるのは止めた方が良い。今、此所で斃さないと」
烈しい銃撃の末に凄惨な風景となった昇降口で、土煙の中から瓦礫が吹っ飛んで来た。俺達のすく横を掠めて、壁に激突する。
冷や汗を掻く俺とは正反対で、桐花は身に纏う空気をさらに冷たくさせた。
「先輩とアタシの時間の邪魔をするなんて、貴女が噂の女狐……敷波桐花!」
「お、眞子!無事なのか!?」
「はいっ!怖かったです、先輩!」
煙の中から駆け寄ろうとする眞子へ、桐花は空になった短機関銃の弾倉を擲つ。彼女が驚いて躱した隙に、新たな弾倉を装填して照準を向けた。よく見れば、腰のベルトに銃や弾丸、手榴弾を容れた雑嚢、そしてナイフを差している。こんな武装を校内の何処に隠してたんだ?
いや、それよりもこの状況は拙い!
俺は桐花と眞子の間に改めて立った。銃口を遮る俺に、桐花が驚く。
「退いてサカキ、その娘は危険だよ!」
「よく見ろよ!正直、構ってちゃんで鬱陶しいが可愛い後輩だぞ!」
「いや、怪物だよ」
「取り憑かれてるってなら、もっと他に方法が──」
言葉の途中で、桐花の足下から巨大な氷の柱が突出した。彼女が寸前で飛び退いて回避するも、鋭利な先端は目標を見失って天井まで貫く。
唖然とする俺の前で、またしても短機関銃が炸裂する。気付かぬ内に、俺に近寄っていた眞子を再び火線の雨で退けた。後輩と同級生、またしても俺を奪い合う修羅場が……!
桐花の敵意が尋常じゃない。取り憑かれたら終わりとか、そんな話とは全く違う雰囲気だ。元から眞子が……化け物みたいに見ている。
「邪魔しないでよっ!」
「まさか、意躯が居るなんて……」
「……いるなんて、意外、なんちって」
桐花の言葉に可愛いボケ方を見せる眞子。
いや、この場で事情を把握していないのは俺だけか。何か一人で大きく空回りしてて恥ずかしい。
「トーカ、眞子は何なんだ?」
「意躯と言われる、稀有な存在だよ。簡単に言うと、意魔と人間の混血種みたいなもの」
ハーフ?でも、意魔は本来は実体の無い、人の想いが像を為しただけのモノの筈だ。
「え……意魔は生物じゃないから、有性生殖自体が不可能じゃないのか……?」
「せせせせせ先輩!ぃ、ぃ、幾らなんでも子供なんて早すぎますよ!」
「お前は黙っとれぃ!!」
眞子が面倒くさい。
桐花は油断無く、短機関銃を向けながら俺の隣に立った。眞子の顔が警戒に引き締まり、いつもの人懐っこい印象から遠い鋭利な刃物の様に変わり、空気を冷たくさせる。確かに、ただの女子高生では無さそうだ。
「人を喰らう意魔が居る……仮に捕食対象が妊婦だった場合、その身体に身籠っていた赤子だけは消化されず、逆に捕食者の意魔の体内で成長する。
そして産み出されるのが意躯と呼ばれる個体。寿命や外貌は人と大差無いけれど、意魔の身体能力や特殊能力と自然治癒力、そしてある一点の目的に対する狂暴なまでの執着心」
「それが──意躯……」
俺が振り向くと、眞子が微笑んでいた。
可愛い女の子の笑顔だが、何だか嫌な予感がする。
「先輩、久し振りに二人でお話しましょう?」
眞子が手を振り上げた。
そして──雪崩のような吹雪に俺達は吹き飛ばされ、昇降口は一瞬で銀世界と化した。
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