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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
二章.空欄の中の可能性
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007──知らなくては~Who are you?~



 ──漆:参:漆:弐拾──



 柔らかいベッドの上で目を覚ました。

 皹割れた灰色の天井と、横の窓から射し込む陽光に照らされ、俺──戸番榊は目覚め一番に殴られたような衝撃を受けた。

 此所は何処なのか、何故ベッドに眠っている?窓の外を窺えば、空の明るさからしても朝だ。

 その疑問を探るべく、記憶を遡行すると脳裏に投影された最新の映像は、路上で意識を失う寸前に見た桐花の泣きっ面だった。段々と思考回路が血が巡り始めたように機能を開始し、散々の状況を整理する。

 確か、路上で遭遇した意魔──足軽と斬り結び、勝利を獲得した。その後に桐花とアイツが駆け付けた訳だが、何故か気絶して地面に倒れてしまい、それから眠ったのだ。何が原因なのか、命の差し合いとなる戦闘で極度の緊張状態から解放された安堵からか。

 俺は起き上がろうとして、脇腹に走った激痛に倒れ込んだ。ベッドが大きく軋みを上げ、枕に後頭部を沈める。何なんだ、今のは……?

 手探りで腹部を触ると、包帯が巻かれていた。痛みの発生源である部分には、色々と負傷者への処置が施されている。何故俺にそんな物を──答えは一つしかない。

 どうやら、昨晩の闘いで俺の完勝かと思われた最後は、どうやら相討ちだったらしい。互いの剣閃が、同時に脇腹を刳った。熾烈な争いであったのは鮮明に思い出せるし、例え結界がこれでも生きているだけ僥倖と言える。いや、具合だけを見ると、浅い傷の足軽と比較したら俺の敗北じゃないか?

 ふと、力を抜いた指先に触れる柔らかい髪の感触に気付いて、上体を少しだけ起こして見ると、そこに無防備な桐花の寝顔があった。腕枕に頭を預けており、心なしか目は赤く腫れている。そうか、泣いてたんだよな。


「おやおや、サカキ。やっと起きたのかい、とっくにもう朝になっちまったぜぃ、お泊まり会初日を負傷で脱退するなんて、君はとんだ馬鹿者だ」

「心配はしねぇんだな……てか、その言い方だとまるでお泊まり会は一日だけじゃないように聞こえるが?」


 何故か掃除婦のように、割烹着に箒を担いだアイツが壁に凭れていた。仮面だけは外しておらず、またそれが絶妙に似合っていない上に、心配が一切感じられない飄々とした声が腹立つ。

 これだけ癪に障るのに、一緒に居ると楽しいのだから質が悪い。悪人という訳ではない、時折常識から外れているが、桐花に変な行為を働かないし、人間を害する真似は全くしない。

 ゆっくりと起き上がる俺の隣まで来ると、桐花の頭を撫でながら小さく肩を揺らして笑う。そこは何処か、桐花の寝顔を面白がっていたり、意魔と単騎で対峙して倒れた俺を嘲る意が含まれている気がした。


「後で礼を言っときなよ、この子が泣きながら応急処置したんだから。起きるまで見張るって言って、泣いて疲れて寝ちゃったけど」

「う……何か凄く悪いことをしたな、お前にも迷惑掛けたよ」

「そうだよ、全く苦労したぜ。この娘が泣き喚くもんだから、落ち着いてポテチも食えなかったよ」

「前言撤回する、死んでもお前に感謝しねぇ」


 友人が倒れてるのに悠長にポテチ齧るとかどんな神経してんだ。でも、そんな事を言いつつきっと俺を此所へ運んだりしたのもコイツで、桐花にも少なからず手伝ったのだろう。謝意は口上にせずとも、本気では怒っていない。

 俺が倒れてからの顛末を聞いた。

 市民会館前(仮)に運び込んでから桐花が処置を済ませた後、此所を結界前まで訪れた足軽が謝罪の代わりに、他の意魔が接近しないか見張りをしていたという。夜は奴等の跋扈する界隈であり、幾ら結界があっても念の為に命じたとか(俺のジャージが傷口に宛がわれているのを見て、敵味方どちらかを察したらしい)。

 何にせよ、多大な迷惑をコイツと桐花に負わせてしまった。近くから拵えたパイプ椅子の背凭れで組んだ腕に顎を載せながら、くるくると回るコイツは、仮面の口に煙草を挟んでいた。……怪我人の前で喫煙とか正気かよ。


「張り切るのもあれだけどさ、意魔相手に簡単に応戦しない方が身の為だよ」

「ああ、危ない局面は何度もあったからな」

「あー、いや、それもあるんだけどさ」


 呆れ笑い半分の怪物が桐花を見下ろす。


「こんなに心配してくれる女の子居るんだから、そう修羅場にほいほい身を投じるのも、自重してくれよ。

 君は生と邪の狭間に在る、だけど根本はどうあっても人間なんだ。今までも、これからも共存する家族や友人の居る世界から目を背けて、“こっち側”に来ちゃいけない」


 “こちら側”──アイツにとってはそうであり、俺にとっては“あちら側”。対立する二面の世界、境目は無いほど解け合っていて、けれど瞭然とした違いを内包する。

 俺が立っているのは、あくまで人間の世界。本来は関与しない意魔や摩訶不思議に拘泥して、大切なモノを、自分を想ってくれる存在を見失うな、そう注意したいのだろう。

 この非日常に俺を招いたのはコイツだというのに、意魔に襲撃される要因はコイツなのに、どうしてそんな事を言うのだろうか。興味本意で人間を振り回す享楽主義者の怪物は、どこか矛盾していた。

 素性を審らかにしない姿勢は、なにかを恐れているのか。“あちら側”に踏み込む事で、知られては不都合な事実を持っているのだ。そう直感すると、仲は良い筈なのに、まだ距離があるのだと感じる。


「あのさ、サカキ。──輝美(テルミ)は元気かい?」


 アイツが口にした名に、俺は頭が真っ白になった。


「どうして……お前がお袋の名前知ってんだ?」

「さあ、何故でしょう」


 その時、仮面の奥側でコイツが狂喜しているのがわかった。悪魔のようで、獰猛な、何処までも底無しの闇を見せる禍々しい笑顔が、きっとそこに封じられている。

 初めて懐いた恐怖で青褪める俺を嘲弄し、肩に手を載せて耳元で囁く。


「輝美みたいにはならないでくれよ。君は僕を楽しませてくれ、サカキ」


 すっと離れた後、その雰囲気を払拭したいつものアイツに戻った。


「ま、君は普通にしてて良いよ。危ない事はするなってだけ、人助けも大概にね。僕は君らと遊ぶだけであって、危害加える気は微塵もないから」

「……お袋は、元気だぜ。世界中飛び回って、人助けしてる」

「そう、輝美らしい」


 今度は穏やかな声音でそう言うと、アイツは部屋を辞した。軽い足取りで、箒を回旋させながら歩く割烹着は間の抜けた絵になっていた。やはり真面目に取り合ったのが阿呆らしく思えてしまう。

 俺の母親──戸番輝美と、何かあったのだろうか。その因果で俺に関わって来たのかもしれない。帰ったら親父にでも訊いてみよう、何か繋がる情報があるかもしれない。俺は、アイツを知らなければならない。

 手元で何かが蠢く。

 腕枕から寝ぼけ眼で桐花が顔を上げた。望洋とした目で俺を眺めること暫し、意識を取り戻したのだと理解したのか、途端に涙を流して首筋に抱き着いて来た。軽くタックルみたいに重く、傷口に響く。

 耳元で泣く桐花を宥めると、まだ啜り泣きではあったが落ち着きを取り戻した。


「悪いな、心配かけて」

「……だって、だってぇ……サカキが遅かったから……えぐっ……何かあったんだって……ボクがもっと……気を付けてれば……」

「いや、歩きながら考え事してた俺も悪いって。そんなに泣くなよ、可愛い顔台無しだぜ?」

「泣く前から可愛くないし……ひぐっ……」


 泣きじゃくる桐花が逆に心配だ。

 自分が意気揚々と参加したお泊まり会で友達が死んだなんて、それも初体験でそんな事件になったらトラウマになるわな。俺なら二度と立ち直れないレベルだ。そんな心労を、この少女にさせてしまった。


「よし、昨晩遊べなかった分、今日はやるぞ!」

「怪我が治るまで、サカキはダメ!」

「えぇ!?お泊まり会が台無しじゃん、そんなん嫌だから、俺動けるよ?」

「大丈夫、かるたとかトランプとか将棋とかバーベキューセットとか色々持ってきた」

「持って来過ぎだろ、どんだけ楽しみだったの」


 お泊まり会にしては贅沢すぎる。

 でも、屋上でやれるかもしれないな、バーベキュー。叶桐市は夜空も綺麗な事だし、忘れられない風景にはなり得る。桐花の記憶に一つでも美しい画が飾れるなら、俺は何だってするだろう。ただの普通の女の子として生活する、それを楽しみにしている桐花の為に。

 俺は彼女を救いたい、その一心だ。有り難迷惑だろうがお節介だろうが関係ない。でも、今回の件で判ったのは、あまり意魔に立ち向かう蛮勇は避けた方がいい。泣き顔見ると、心に相当クるものがある。

 しかし、ここまで俺を友人として想ってくれていると知れたから、万事良しとしよう。

 少しして、桐花は口を尖らせて少し恨めしそうに睨んできた。何、まだ起こってるの?


「昨日は楽しみにしてたんだよ」

「う゛、だから悪かったって……」

「登校も昼食も一緒にしたかったけど、朝陽さんの邪魔しちゃ駄目だから自重したし、帰りだって寂しかったけどお泊まり会出来るから我慢したんだよ」

「お、おう」

「ボクはもっと、サカキと遊びたいから、危険な真似はやめてよ」

「……!──何て言うか、ご馳走さまです……」


 ちょっと頬染めながら拗ねて、そんな事言われたら男はみんな嬉しがるからやめろ。

 落ち着け戸番榊、桐花は男、桐花は男、桐花は男……!よし、これで良い(失礼)。怪我人にはちと効きすぎる薬だ。良薬であるけど麻薬でもある。

 しかし、怪我か……これ、来週の体育祭までに治れば良いけど。


「この傷、どんくらいで治るかな~」

「……少なくとも、体育祭は出れないよ」


 その声を聞いて固まった──まさか、朝陽とのデートが取り消しになって……しかも、広瀬翔に横取りされるだと!?


「ちょっ、でも今回は絶対に敗けられないんだよ!」

「駄目です、ボクが許しません」

「お願いだって、桐花様、女神様!」

「朝陽さんに事情話せば、判ってくれるよ」

「いや、男と男の勝負だぞ、プライドが許さない!それに報酬には朝陽と……」

「朝陽と?」


 純粋な眼差しで聞いてくる。

 何だろう、真剣に応えるのがすごい恥ずかしい。


「で、デートするんだよ」

「ええ!?凄いじゃん、サカキ!そんな約束してたんだ!」

「男としちゃ、これ以上ない報酬……だから勝たなくちゃならんし……」

「でも傷が、うーん……判った、でも危険だと思ったらボクが中断させるからね」


 桐花からの許可を頂いた。

 体育祭前に負傷なんて、どんな間抜けなんだと罵られても仕方がないが、それでも勝負は降りられない。イケメンの散り際の慟哭、朝陽とのデート、この二つを堪能する為にも勝たなくては!え、何か不純な動機しかないって?そんな訳なかろう!

 俺は何としても勝つ!


「あ、サカキ。朝御飯食べる?」

「誰が調理したかに依るな」


 病み上がりに桐花の飯食ったら死ぬ。


「ボク渾身の傑作卵焼きだよ!」

「判った、料理作るぐらいは出来るから」

「あれ!?もしかして断られた!?」


 やっぱり桐花は良薬であり、毒薬だな。






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