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戸番榊の非日常~叶桐怪奇譚~  作者: スタミナ0
二章.空欄の中の可能性
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002──朝陽の憂鬱~I need you.~



 ──陸:弐拾壱:捌:伍拾──



 硬式野球部顧問の肩書を持つ佐藤繁に一任され、俺──戸番榊は転校生の案内をしていた。校門前で脇腹を指で穿たれ、怯んだ隙に強制された任務ではあるが、今は彼の依頼を遂行する不如意より驚愕の事実に意識を引かれている。

 校外で知り合い、何と無く一緒に遊ぶようになった中性的な容姿の少女──敷波桐花が転校生として我が校の、それも一般コースに編入したのだ。そして偶然かを疑う重なりで、俺のクラスなのだという。

 裏で何らかの力が作用していると訝っても仕方がない連続の出来事だが、これが誰かの工作による類いならば、別に悪い気はしない。何故なら桐花とは仲が良いし、校内でも遊べるとなれば不満など微塵も無い。

 私服がやや男性寄りの傾向で、短髪に精悍な顔立ちの所為で日頃は美少年だが、こうして女子制服を着れば校内でも有数の美女に匹濤する。……これがボクボク詐欺の真価かッ!

 無論、口に出したら怒られるからやめておこ。


 外国の血があるのか、目は薄い翡翠の瞳だ。父母どちらかは判らないが、運動神経も抜群で、やはり学力も凄いんだろうな。


「驚いたぜ、トーカが入学なんてさ」

「ボク、実はずっと通学してみたいと思ってたんだ、楽しみだよ!」


 小走りで少し先へ進んで行くと、目の前で止まって両腕を広げる。

 「似合ってるかな?」喜色満面の笑みで訊ねてくる桐花に、惜しみ無い感想を言った。正直に言うと、自分の傍にこんな美少女が居たのが驚きだ。でも、遊んでる時は完全に男友達扱いだからなぁ……。

 それを聞くと、外で発見した宝物を親に誉められた子供のように、照れ笑いをする。初々しくて、何だか妹の入学に立ち会ってる感覚だ。

 しかし、ずっと学校に通ってみたかった、というのは学歴が無いということか?勿論、中学校課程までの認定試験や編入試験をパスして、ここへ来たのだろう。初めて会った時に装備していた拳銃や、筋肉だるまのような怪物を見ても臆さない胆力は何なのだろう。

 聞いてしまえば、そこで俺達の関係が終わってしまう、そう漠然と感じた。


「サカキ?どうしたの、ぼーっとして」

「いや、これからボクボク詐欺に遭うクラスメイトの身を案じているだけさ。……あ、悪い」

「む、そうやって言ってると、起こしに行かないよ。今日は準備があったからだけど」


 頬を膨らませて不平声で訴える桐花。

 まあ、確かにその容貌の所為で幾度と無く醜い感情の対象になった経験があるから、あまり悪ふざけでも触れて欲しく無いのだろう。自分の軽挙に心底うんざりするぜ。

 夏用のセーラー服の袖に腕を通した桐花の姿は、まあきっと早々に人気を集めるだろう。優しいから友人関係もきっと幅広く対応できる。俺としては、多分なんの補助も不要だ。


 教室前に立つと、扉の向こう側から担任の声が聞こえる。それも丁度良く、転校生に関する説明を簡潔に行っているらしい。良い仕事してんな、俺が。

 桐花は緊張と高揚で、顔を少し紅潮させながら胸前で両の拳を握っている。リラックスさせてやるか。彼女の肩を叩いて喝を入れた。


「緊張すんなよ、すぐ慣れるって」

「自己紹介は、初めまして霧島桐花です……の後に何言えば良いかな?」

「『ボクは霧島桐花、お前ら底辺高校の連中とつるむ気は毛頭無いが、程よく友人関係がないと教師から要らぬ心配を受けるので、まぁまぁ仲良くしてくれ』、だ。完璧だろ」

「ごめん、欠陥だらけというか、友達が出来ない典型だよ」

「俺を参考にしたお前が悪い」

「酷いな」


 そういって吐かれた桐花の嘆息からは、先程まであった緊張の色は無い。逆に何だか俺に伝わって来てしまって、意味もなく深呼吸を繰り返す。


「サカキ、大丈夫?」

「すまん、何か産まれるかも」

「じゃあ廊下で静かにお願いするよ」

「任せろ、次に戸を開けた時には可愛い子供が生まれてる」


 教室の扉が開けられて、桐花が先に入室する。見送ってから、俺は目立たないよう後ろ側の扉から入って、静かに着席した。横の席では、何だか目を赤く腫らした朝陽が机を睨んでいる。

 何か朝より不機嫌になってない?俺なのか、俺が何かしたのか?いや、自意識過ぎるだろ。女子高生特有の悩みか何かで、きっと俺には処しようの無いものなんだ。

 教卓の前に立って先生からの説明を受けた後、咳払いを一つしてから笑顔で桐花が自己紹介を始めた。


「初めまして、霧島桐花です。突然の編入で驚かせてしまったかと思いますが、これから仲良くして欲しいです」


 簡素だがすごく素晴らしい。

 男子なんか桐花の笑顔を眩しげに見詰めていて、女子なんかは別の世界に目覚める前の兆しがちらほら顔に見られる。……危険だな、このクラス。

 朝陽は依然として顔を上げない。表情が晴れないな、これでは桐花に俺の友達としての紹介も無理だな。日を改めてみるか、それともやっぱり悩みを聞くべきか。

 そんな時、桐花への質問コーナーが催される。


「はい、霧島さんの特技は何ですか?好きな食べ物は?」

「うーん……射的と運動、あとは語学かな。好きな食べ物はクレープ!」

「は~い、霧島ちゃんって彼氏いるの?好みのタイプは?」

「忙しくて、経験は無いかな。特に無いと思う」

「はーい、霧島さんはどうしてこの学校に?」

「すごく皆が生き生きしていたから、ボクも仲間になりたいなって」


 男子も女子も下心満載な質問だが、見事に受け流している。いや、自然体なのかもしれない。これは凄いな、多分悪意の集中する的にはならないだろう。

 俺もこの機会に色々質問してみたいが、横の朝陽の雰囲気でそんな気分になれない。かつてこんなにも不機嫌だった時が……何度かあったな。

 俺がなんか女子バスケの助っ人兼コーチに入った時とか、体育祭で大活躍して声援を浴びた後に知らない女子からスポドリ受け取ってるのとか。そんなに俺に女友達出きるの嫌か、お前は俺の嫁かよ。


「な、なあ朝陽。何だか判らんけど、さっきは済まんかったな」

「……別に、サカキは悪くない。私がトロいだけ」

「いや、無理してあのラジオ体操の嘘に付き合わんで良いぞ?運動神経が凄い訳じゃないんだから、お前は」

「そんなんじゃないわよ……」


 唇を尖らせて、そっぽを向いた。

 あれ、また何かやってしまったか。朝陽専用のマニュアルとか資格って無いかな?朝陽の為ならそれくらいはするぞ。

 でも反応がある、という事は然程不機嫌じゃないんだろう。一先ず安心した。

 その時、大樹が挙手する。


「はい、戸番榊くんとは、どういう関係ですか?」


 …………は?


「え、どうして?」

「入室前に楽しそうな話し声が聞こえたので」


 お前は山猿(ましら)かよ。どんだけ耳が良いんだ、声を出来る限り小さくした積もりだったんだが。横の朝陽が凄い剣幕でこちらを見てくる。えぇ、なになに、なんなの?判んないよ俺。

 全員の視線が俺と桐花の間を往来する。まずいな、良からぬ事が起きそうだし。


「サカキとは、前から友達なんだ。よく一緒に遊んでるよ」

「馴れ初めは?」


 何だその聞き方。

 しかし、最初の出会いか……。中央公園で怪物と対決していた、なんて内容を易々と話せる訳じゃないし、変な作り話だとかえって不信感や変な妄想の種にされかねん。


「買い物で荷物が重くて困っていたところを、通り掛かりに彼が助けてくれたんだ」

「そうそう、その後にお礼で作って貰った飯が凄まじい不味さなんだよな」

「む、そういう事言ってると、今度から起こしに行かないよ」


 あ。

 桐花が自分の口許を思わず手で覆う。全員は愕然と教卓に視線を募らせた。隣の朝陽の顔がみるみる蒼白になっていく。何だろう、これは凄い勘違いをしている予感がする。


「俺が遅刻するから、よく面倒見て貰ってるだけだぞ?邪なものは全く無いからな?」

「ホントに……?」

「おいおい、俺がそんなやつに……見えるからかよ。でも大丈夫だ、そんな事はない」


 そう返すと、朝陽はまた机に俯く。

 何かクラスが湧いて、桐花が再び質問攻めに遇っているが、大体は上手く躱せるだろう。


「なあ、朝陽。どうしたら許してくれる?」

「……じゃあ、今日の放課後、稽古に付き合って」

「部活、今日は無いのかよ?」


 朝陽が首を縦に振る。

 朝陽は剣道部で、運動神経については平均的とは語ったものの、立ち回りが上手いのか器宮東高校を強豪にまで叩き上げた選手だ。まあ、最近大会もあったし、その代休みたいなもんか。急速として与えられた時間にも打ち込むなんて、やっぱり朝陽は凄い。


「じゃあ、待っててくれ」

「ん、早くね」


 その時、朝陽がこっちを見て微笑んだ。




****************




 私──霧島朝陽は、過去最大の困難を前にしている。それは、本日我がクラスに編入した転校生こと敷波桐花という女子。

 彼女が悪い訳ではない、単に私が敵視しているというだけで無罪なのだ。じゃあ、一体なんで私がそんなにも、転校生を受け容れられないか。

 その理由は、今も授業をぼーっと受けているこの男──戸番榊の所為に他ならない。


 一見しても、真面目さが窺えない。

 黒か灰色か、どちらとも言えない瞳の色はどこか死んだ魚の目みたいで、視力は二.〇以上あるくせに眼鏡をしてる。散髪の手間や金が無駄だと伸ばしっぱなしの癖っ毛の凄い髪は、今日も無造作に頭の上で暴れている。

 運動神経は良いし、性差なく接するところから性別の隔たりを越えて部活の助っ人に出ている。中学の頃からお人好しというか、頼まれて嫌々言うことはあっても最後までやり切る。

 勉強は得意でなくて、それを想ってか部活動で世話になった生徒なんかが、彼の為に勉強会まで催して赤点回避に全力で援護したりと、人望も篤い。


 だが、これだけやっても、どうしてか女子にはモテない。最初に彼の存在を知った異性は、少なからず興味を引かれて近付くが、次第に彼を『だらしない兄』か『変人』という認識で終わらせてしまう。

 だから私が聞いていた中でも、女性と一度でも交際したとか、浮いた話を全く耳にしなかった。それで安心していたのかもしれない。

 ……そう、私は榊のことが大好きだ。それも、中学時代からずっと、ずっと。

 だから、彼が今朝言った事や敷波桐花が現れた時は、途轍もない焦燥感にも駆られた。何故、自分が彼を好きになったのか……?





 多分、あれは中学三年の時。


 引退試合を前にして、私は足首を捻挫した。

 原因は、帰宅途中に前方不注意のまま走行していた自転車に、角から飛び出した猫が轢かれそうになったのを庇ったから。見殺しにはできないし、判断するよりも先に体が動いた。

 結果、自転車とは衝突しなかったけど、足を傷めてしまって、私は猫が去った後も踞って泣いていた。痛みからしても、これが捻挫だとはすぐ判った。

 どうしよう、折角の引退試合なのに。

 小学校、気弱だった自分を変える為に始めた剣道で強くなった。でも、その成果が発揮できない、その悔しさが胸を強く刺す。

 路地の隅に座っていた私は、抱いた自分の膝に顔を埋めて泣き続けた。


『おい、大丈夫か?』


 そんな時、声を掛けて来たのは戸番榊だ。

 クラスでもたまに話すくらいだった彼は、制服に土や葉っぱなんかを付けて、片手にさっき助けた猫を抱えていた。


『ん、ああ、このクソ猫か。ずっと行方不明だって、近所の綾ちゃんが泣いてたから探したんだよ。そこでさっき捕獲した。

 んな事より、どうしたんだよ』


 そうか、彼が追い掛けてたから、猫は逃げて角を飛び出し、自転車と遭遇した。それを私が身を挺して庇った。

 なら、原因は榊じゃないか。こう思うのも身勝手で、自分が如何に短絡的であるかとは自覚していたが、それでも無性に何かに八つ当たりしたくなった。私は事情を話してから、榊に精一杯怒鳴った。不満をありったけ吐露した。

 自分がどれだけ理不尽を言っていたかも判る。榊こそ泣いている子供の為に猫の捜索なんてして、誉められるべき人間だとは重々承知していた。


 癇癪持ちの子供みたいに怒る私の声を、真っ直ぐ目を見て受け止める榊。怒っている間、ずっとそうしていた。

 私が(ようよ)う落ち着きを降り戻すと、ひとり得心して頷く。「少し待ってろ。」その一言を残して去り、五分後に戻ってきた彼は私を背負って家まで送った。


『……ごめんなさい』

『え、何がだよ?』

『戸番くんは悪くない、私がドジ踏んだだけなのに』

『仕方ねぇよ、俺だって追跡中にドジって山の斜面を転がったからな』


 服の汚れはそれなのか。


『何でも良いさ、別に責任感とか罪悪感……は勿論あるけど、それは関係無い』

『?どういうこと?』

『俺が単に、お前を助けたいって思っただけだ。良ければ、気が済むまでお前の手足にしてくれ』


 私を見てはにかんだ彼は、とてもかっこよかった。


 それから、学校内外を問わず、移動の際には榊が駆け付けて補助をしてくれた。たまに途中で頼まれ事をされて抜ける日もあったし、いつも一緒にいる所為で恋仲と噂された時期もあった。

 でも、献身的に私に尽くして、なんの下心も無く、ただ純粋に救ってくれた榊に感謝しかなかった。

 引退試合には出場できなかったが、榊という友人を得た。


『え、俺の進路?取り敢えず器宮東に行くぞ。でも朝陽は成績良いし、路鉈の方にある進学校だろ』

『……どうしようか悩んでる』

『そうか……。どっち行っても、俺はお前の友達だぜ。あと、高校でまた剣道始めたら教えてくれよ、練習試合に応援で行くから。「朝陽、相手をなぶり殺しにしてやれー!」ってな』

『……ふふ、何それ。バカじゃないの?』


 榊は小癪な顔で笑った。


『ま、お前が剣道してるのって前に見た事あるけど、誰よりもカッコ良かった。つまり俺はファンだ、期待に応えてくれよ』


 彼の冗談に、声に、笑顔に、胸が温まる。

 これが私の、初恋が始まった瞬間だった。





 そして現在。


 まさか榊に、身近で頻繁に遊ぶ女友達ができた。私はこれを、どうすれば良いか判らない。傍に居れば、いずれは一緒になれるのではないかと考えていたのが甘かった。

 まだ、答えは見付からない。

 でも榊が好きな気持ちは、微塵も揺らいでいない。諦めも付かない。


 放課後、道場の中心で正座して待っていた。

 すると、戸を開けて入って来たのは榊である。約束通りの時間だが、何だか凄い息が荒い。


「わ、悪い……途中で何かクラスの連中に追いかけ回されて、危なかった……!」

「大丈夫?休憩したら?」

「何言ってんだ、こんなもん軽い。それに、早くお前の練習に付き合ってやらなくちゃな」


 急いで更衣室にばたばたと駆け込む。


「い、急がなくて良いからね?」

「バカ野郎、ファンとして応援してる奴が頼って来たんだぞ。張り切らない訳がない!」


 う、そういうの卑怯だよ……。

 私は緩みそうな頬を押さえて、必死に表情を殺した。素早く胴着に着替え、ある程度装備した状態で現れた榊が竹刀を肩に乗せて来た。


「よっしゃ、いっちょやろうぜ」

「じゃあ、容赦しないからね」


 二人だけの道場で、私と彼は打ち合う。

 大丈夫、榊は絶対に譲らない。


「榊も霧島さんも、頑張れ~!」


 何か知らない内に応援に来た敷波桐花に向けて一別を送る。私は負けない、絶対に勝つから!


「あはははは!サカキ、何いまの避け方!後でちょっと撮らせてよ、ぶはははは!」


 ……あの人は誰?






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