プロローグ
叶桐市──山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。
日本海に面した町の様相は、年々穏やかで温暖な気候なためか冬も過ごしやすい快適な地域。東の山々に囲まれた器宮町、元は離島を埋め立て地で上弦の形に繋ぎ、さらに直線で祷花大橋により本州と連結して開拓された路鉈町。
前者(器宮町)の特色は、古くからの町並みを残している。探せば武家屋敷があり、だが一般的な家庭も板張りの床や紙張りの引き戸、長い廊下や乾し草編みの畳、陽光を照り返す艶のある甍。これら和風建築、今は数を少なくするばかりの貴い家宅が軒を列ねる。住宅街や公園、木造の学校など。
後者(路鉈町)の特徴は、東とは反して近代的な様相。高層ビル、市役所やショッピングモール、遊園地と様々な娯楽設備と別邸用のホテル、加えて大きな中央公園などを設えている。他にも、町の起源となった叶桐神社が西端にひっそりと佇む。
二つの町を繋ぐ祷花大橋が横断するのは、二つの町と埋め立て地に挟まれた祷花湾。漁港も栄えていて、数多くの漁船が停泊している。
それが、俺が暮らす故郷にして、物語の舞台。
ある日の事だ。
叶桐市の器宮町。
その中でも海辺に近い町を流れる衛門川と呼ばれる祷花湾へと続く川。それを挟む土手。老若男女問わず、憩いの場として人々がよく訪れる平穏な場所で、俺は“ある怪物”に出会った。言うなれば、必定だったのかもしれない。はたまた、偶然アイツに出会した事で不条理に見舞われた──とも言える。
それでも、人生で最も“面白かった出来事”なのだ。遭遇する事も無ければ、俺の識る世界はとても貧窮としたモノになっていたであろう。これは、未来の自分を理想へと近付けさせた所以。辟易としていた平穏で退屈な日常を、迷惑な程に騒ぎ立てた宝物の思い出。
今となっては、アイツが何故俺と遊ぶようになったのか、もう真実は闇の奥底で醜悪な笑みを浮かべたまま沈没船の如く手の出し難い域で身を潜めている。まあ、それを詮索するほど重要ではなく、逆に考える事がアホらしくて笑ってしまう。無論、大事なんだろうけど、当人が俺だったのが最悪だな。
口に衝いてみよう。
「今日も平和だなぁ」
そう言えば、奴との遊戯が開始する合図だ。
そして決まって、こう答えるのだ。
「退屈な日々は、終わらせよう」