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 サラリーマン男性こと長岡謙太朗(ながおかけんたろう)と伊勢との出会いは友人の結婚式に参列した時だった。その二次会で話す機会があり、藤巻が共通の友人である事がきっかけで意気投合した。

 ‎それから程なく交際を始め、双方の両親とも折り合いが良かったので結婚話もトントン拍子で進んで新生活に向けての準備も整っていた。


 ‎ところが式の当日、一度は姿を見せていた新郎が突如居なくなってしまった。式場内はパニック状態で対応に大わらわだったはずなのだが、ショックが大きすぎたのか当時の記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 ‎それから二週間ほど経ってから長岡の所在が分かったらしいのだが、相当ショッキングな何かがあったようで彼の母親が心労で倒れ、言語が不自由になってしまったそうだ。


 ‎その後伊勢の妊娠が分かり、どうしたものかと悩んだ末家族に報告。子供に罪は無いからと伊勢家全員で育てていく事で話が纏まり、出産に向けて準備を始めた。

 ‎ところが安定期に入る直前に出先で体調を崩し、階段という条件の悪い場所にいた為誤って転落してしまう。彼女自身は軽傷で済んだのだが、子供は流産してしまった。

 

 怪我が治っても心は全く晴れず、当時勤めていた会社も辞めて引きこもり状態が三年ほど続いた。当時は自身に巻き起こった不幸ばかりが目に付いて視界が狭まっていた。

 ‎そんな自分の為に、妹が今の職場の求人を持って首都圏から一時帰省してきた。元々タウン誌の編集者としていた経験を活かせる、と上京を誘ってきたのだった。

 ‎妹に連れられて上京し、生活拠点を変えたことで彼女は元気を取り戻せた。仕事にも慣れてきて今は毎日が充実している。


「何だかんだあっても、人って案外図太く生きていけるものなんですよ」


 伊勢は話を進めていくうちに、元のハキハキとした口調に戻っていた。松井は彼女のそんなところが苦手だったはずなのに、今はかえって安心感を覚えていた。


「そうですね。あなた図太そうですから」


「今それ言います?」


 伊勢はムスッとしてお冷を一口飲む。喜怒哀楽が直結して表情をコロコロと変える彼女に思わず笑ってしまう。


「もぅ! あなたに話すんじゃなかった」


「もう遅いですよ、その勢いで長岡さんにもお伝えしては如何ですか?」


「どうしてそうなるんです?」


 伊勢は思いもよらなかったと眉をひそめる。もう二度と関わりたくないという本音がだだ漏れなほど嫌そうに目を吊り上げる。


「彼自身の行い一つで、人生の歯車を狂わせてた人がいる事を思い知らせてやればいいんです。知る権利というより責務、が必要なのではと思います。先程見た限り彼はあなたに未練タラタラです、あなたの本音をどう受け取り、どう咀嚼し、どう理解なさるのかを見てから今後の付き合い方を考えればいいんじゃないんですか?」


「今更感半端ないのですが」


「このままにしていればいつまでも追いかけてきますよ。多分何も起こらないと思いますが、いざとなれば藤巻さんに頼れば何とかなるんじゃないでしょうか」


「悠介くんに? う〜ん」


 伊勢は藤巻の名前に釈然としなさげにしていたが、松井は彼であれば何があっても彼女を守る選択をするだろうという確信めいたものがあった。


「そろそろ行きます、職場と家族への土産を買わないと」


 松井は千円札を置いて店を出ていった。一人残された伊勢はおもむろにケータイをいじり、いつの間にか受信していた藤巻からのメールを何の気無しに読んで時間を潰していた。

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