弐
【今度は家で天体観測しませんか?】
藤巻のお誘いメールを受けて三連休を勝ち取った松井は、電車と飛行機を乗り継いで東北に向かう。瀬戸内からなのでそれなりの長旅ではあったが、少し久し振りになる藤巻との再会を楽しみにしていたので全く苦にならなかった。
「松井さん!」
東北に到着すると、藤巻が自家用車で空港まで迎えに来ていた。その声もさることながら、やはりルックスの良さのせいで彼はかなり目立っている。
普段の松井であれば多少の気恥ずかしさが出そうなものだが、旅の恥はかき捨て状態なのか不思議とそうはならなかった。
二人は挨拶もそこそこに早速藤巻の自宅に向かう。彼の自宅最上階が私設の天文台となっており、初夏の入って晴れの日が増えるこの時期は一気に観測条件が良くなると言った。
「実は望遠鏡の口径を換えてみたんです」
「確か前は二十六センチでしたよね?」
「えぇ、三十五センチに換えたんです。最近こういった手間を掛けていなかったので子供の頃を思い出しました」
「ひょっとしてご自身で組み立ててたクチですか?」
えぇ、まぁ。松井は祖父の老眼鏡で望遠鏡を作ったことを思い出していた。
「僕も子供の頃虫眼鏡でよく遊んでました。それで誕生日に望遠鏡か顕微鏡のどちらかを買ってもらえることになって、“運任せ”で望遠鏡にしたんです。でもそれそのものよりも内蔵されているレンズの方に興味があって、結局解体してレンズだけを取り出しました。カメラもレンズきっかけで始めましたし、望遠鏡をまともに使うようになったのも大人になってからなんです」
藤巻は楽しそうに思い出話を披露し、くしゃっとした笑顔を見せた。
それからほとんど話が途切れる事なく、道中の2時間半があっという間に過ぎていった。人里離れた藤巻の自宅兼天文台に到着すると、一人の女性が待ちくたびれた表情で入り口の階段に座っていた。
「ちょっと、遅くない?」
よく通る声で藤巻に噛みつく女性の姿にまたしても驚かされる事になる。松井はここでまで亡き妻の瓜二つの顔を見たくなかった、とこっそりため息を吐いた。
「これでもノンストップで来たんだけどなぁ」
「バスにも追い抜かされるノロノロ運転だったんじゃないの?」
「はいはい待たせて悪かったよお姫様」
藤巻は面倒臭そうに伊勢をあしらって入り口の鍵を開ける。松井はトランクに入れていた荷物をせっせと降ろし、なるべく彼女を見ないよう努めていた。
 




