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空を知らない鳥たちは  作者: 山下ひよ
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フウルの孫

遅くなりました!


 フウルは、本当に腕の良い職人だった。

 小間物屋とは日用品や装身具等を売る店のようだが、フウルは大きな家具も作っている。

 大きなものを作るときには大胆で、繊細な細工物や家具に模様を彫るときにはどこまでも丁寧。そして恐ろしく作業が早い。それこそ魔法のようだったが、フウルは作品を作るとき、絶対に魔法を使わなかった。

 ラービナの職人のほとんどは、魔法も使用して作品を仕上げるそうだが、フウルは「魔法はあまり得意じゃないんだ」と笑いながら言っていた。

 それでもものを生み出すその手そのものが、俺にとっては魔法のようで、それを言ったら嬉しそうに微笑んでいた。



 俺の仕事は最初にフウルが言った通り、掃除や小間物の材料になる重いものを運んだりすることだ。サッカー部で体力のある俺には、大したことではない。

 ただ、俺もフウルと同様に魔法は使わなかった。

 というより、使えなかったのだ。カミサマは俺をちゃんと「有翼種」にしてくれている。だけど与えられた記憶の中に、魔法を使う方法が見つからないのだ。

 翼を出すことは出来た。でも、飛び方は分からない。ただ翼を動かしても全く浮かなくて、何度も練習しては落ち込んだ。



 フウルのところで過ごす分には問題なかったのだが、街に出たときにはほとほと困り果てた。

 ラービナの人々は皆、空を飛んで移動するため、歩いていると目立つのだ。

 さらに、店などの建物に入ると、中には階段がないところがほとんどだ。大体吹き抜けになっていて、上階へは飛んで行くことになる。

 だけど、俺はどうしても飛べない。

 フウルにも言えなかった。彼の性格から、魔法を使えないという俺の事情を知っても偏見を持ったりはしないだろうが、やはり不安はあった。

 しかし何故か、フウルも俺の前で飛ぶことは一度もなかった。

 一緒に歩き、建物に入れば一階で用を済ませる。

 最初は、俺のことに気がついて気遣ってくれているのかと思ったのだが、フウルと顔見知りの街の人々も、そんなフウルを受け入れているようだった。

 歩くのが好きな人なんだろうか。

 そして、フウルの店舗兼住宅も、他のラービナの家屋とは違った。どちらかというと、俺がいた世界と同じような、「飛べない人間」用の造りだ。

 一階部分は工房と、お客さんが寛げるようなソファとテーブル。端に二階へ続く階段がある。そして二階が生活スペースだ。台所や居間、フウルの寝室に俺が使わせてもらっている部屋と、客室もある。

 フウルが言うには、吹き抜けにすると客から生活圏が丸見えになるので、このような造りにしているのだそうだ。

 飛べない俺としては大変助かる。

 

 フウルが飛ばない理由を俺が知るのは、もう少し後のことだ。



 フウルのところに来て数日が経った頃、初めて彼女に出会った。

 それは俺が工房の掃き掃除をしていた時だ。

 入口のドアに付いているベルが澄んだ音を立て、誰かが入ってくる。


「いらっしゃいませ」


 反射的にそう言ってドアの方を向くと、そこにいたのは見たことのないほど綺麗な少女だった。

 金色の長い髪は、左耳の後ろで一つに束ねられている。気の強そうな光をたたえた緑色の瞳は、俺をきつく睨み付けた。

 きれいだけど妙な迫力だ。

 

 ラービナの人々は、俺から見ると驚くほどの美形揃いだ。本人たちはきっとそれほど意識していないだろうが、人間たちに狙われた要因はきっと翼だけではないのだろうと、容易に想像できるほど見目が良い。

 有翼種になったとはいえ、姿形は全く変わらなかった俺が異様に目立っているように感じる。俺は平凡な日本人なのだから。

 ラービナの人々が見た目に無頓着で本当によかった。


 そんなことをぼんやり考えていると、少女が声をかけてきた。


「あんたがここに住み込みで入った人?」


 口調もキツい。多分年下だが、美人だと迫力がある。

 どうしてこんなに怒ってるんだろう。


「はい。そうですが…」

「ふうん。職人志望? 言っとくけど、ここに入った弟子はみんな続かないから」


 それは初耳だ。過去に弟子がいたこともだが、面倒見の良いフウルの弟子が、何故続かないのか。


「いえ、ただの雑用です。いろいろ事情があって、しばらく置いてもらうことになりまして」

「…胡散臭いな」


 ひどい。だんだん腹が立ってきた。美人だが客にしてはちょっとおかしい気がする。


「ご用件は? フウルさん呼びますか」


 ちょっとキツい口調になってしまった。だが、目の前の少女よりはずっとましだ。

 少女のまなじりがつり上がった。怒らせたかも。…いや、最初から怒っていたからまあいいか。

 一触即発の雰囲気になった時、二階からフウルが下りてきた。


「ユウヤ、お待たせー! あったあった、ずいぶん前に友人から旅行土産にもらった鋼の磨き粉! って、あれ、ファナ?」


 手のひらサイズの缶詰のようなものを持ったフウルが、少女を見て驚いたようにそう言った。

 ファナ? どこかで聞いたような。

 俺の考えは、ファナと呼ばれた少女の次の言葉で確信に至った。


「おじいちゃん!」


 そうだ、思い出した。俺より一つ年下の孫娘。

 ファナの顔が輝く。笑うとすごく可愛い。うっかりときめいた自分に腹が立つ。

 階段を下りきったフウルに抱きついたファナは、手に持っていたバスケットを差し出した。


「これ、母さんから! おじいちゃんの好きなクルミのパンだよ」

「おお、いつもありがとうな」


 どうでもいいが、端から見ると完全に年の少し離れた兄弟だ。とても祖父と孫には見えない。

 脳と視覚が混乱するという体験を初めてした気がする。

 そしてファナは突然、俺を睨み付けてきた。


「おじいちゃん、こんな胡散臭い人を住み込みで雇うなんて大丈夫なの?」


 また胡散臭いって言われた。傷つく。


「こらファナ。何てこと言うんだ。ユウヤは働き者だしいい奴だ。大丈夫だよ」

「でも!」

「ユウヤはこの町に知り合いもいないし、同世代のお前とも話が合うんじゃないか? 仲良くしてやってくれ」


 フウルは案外押しが強い。ファナは唇を引き結び、俺を睨む。

 フウルさん、仲良くできないと思います。


「ああ、そうだ。ユウヤ、良かったらファナに町を案内してもらえ。いつも俺の仕事に付いてくばかりで、ゆっくり遊んだことないだろ」

「えっ」


 俺とファナの声が重なった。初めて気が合った気がする。

 もちろん、「こいつとは行きたくない」といった方向で、だ。

 だがフウルは気付かない。いや、気付かないふりをしているだけなのだろうか。


「仕事はいいから、な? ほら行った行った。ファナ、よろしくな!」


 そして有無を言わせず、俺たち二人は工房を追い出されたのだった。



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