呪いの世・6
大通りでの騒ぎがひと段落した後。
「民衆を助けて頂いたのはありがとうございます。ただ、通りのど真ん中でああいう派手な騒ぎはやめていただきたかったですね」
菊千代は町長に怒られていた。
素知らぬ顔の隣の女の態度が菊千代の感情を余計に逆立てるが、今は我慢するしかない。
依頼人の前でこれ以上の悪印象はさすがに駄目だと菊千代は己に言い聞かせる。
現在菊千代のいるのはお姉さんに気持ちよくしてもらうお店ではなく、騒ぎを聞きつけた町兵によって連れてこられた、とあるビルの最上階に位置する部屋だ。
荒れ果てたビル群の中で、このビルだけは改装が施されており、最上階の町長室は豪奢なソファーに絨毯の敷かれた、ちょっとしたお屋敷風になっている。
菊千代達の対面に座っている、顔色の少し悪そうな初老の町長も、部屋の主らしく仕立ての良いスーツを見に包み、ソファーの脇には西洋直剣を帯びた軍服の町兵二人が控えさせている。
「すんませんでした」
依頼人の苦情に対し、菊千代は素直に頭を下げる。
が、そうして深々と下げていた頭を、更に下げさせようと何者かにが手を押し付ける。
「全く、私たちは依頼で来ているのを忘れるな。わざわざ目立つ行動をして、何のつもりだか」
当たり前の事でアーナだ。
ただその声は、もっと反省させようとしているというよりも明らかにこの状況を面白がっているようにしか聞こえない。そのまま上からグイグイと頭を押される。
「申し訳ありません町長。私は穏便に済ませよと言ったというのに」
「……派手にとか抜かしたのはお前だろぉおが」
小さくもドスの利いた抗議をアーナにだけ投げつつ、菊千代が頭を押さえるアーナの手を振り解いた。
「だいたい面倒押し付けたお前は一人でさっさといなくなりやがって! おかげで俺だけ軍服着た町兵に連行されたんだぞ? 謝って欲しいのは俺だぞ!」
「さて町長さん。私達が今回の頂いた依頼に際し、芸を披露しにお伺いしました派遣団員のアーナ・イザナミ。こっちの馬鹿が菊千代と言います」
「だから簡単に流してんじゃねぇええ!」
思わず立ち上がり抗議しようとする菊千代だが、その鳩尾にアーナの鋭い手刀が突き刺さる。
突然の直接攻撃に菊千代反応出来ず、その一撃はもろに人体急所に差しこまれる。
おちょぼ口で何か吐き出しそうな呻き声を出して、菊千代は静かにソファーに倒れ込んだ。
「依頼主の前で暴れるな」
鳩尾に手を当てて苦しむ菊千代を楽しむようにアーナが横目で見やる。
「申し訳ありません町長さん。お話を続けましょう」
涼しそうな笑顔でアーナがそう促すが、町長は頬をひきつらせて乾いた笑いを浮かべた。
「いやはや。貴方がたのお噂はお聞きしていましたが。やはりただの傭兵団とは違うらしい。町にも昨日には到着していたとは。こちらに来ていただけていれば宿に止まっていただく必要もなかったのに」
「内容は言えませんが、『他の依頼』を片付ける為にですよ。まぁそちらは昨日終わりましたが」
町長がほぉ、っと声を漏らす。アーナは『それに、』と付け加え、追求される前に話を進める。
「町長さん誤解しないでください。私達『がらくたの・曲芸団』はただの傭兵団ではありませんよ。私たちはあくまで派遣会社。生業は戦闘だけではなくお金さえ頂ければ多くの事をやります」
がらくたの・曲芸団
それが団長、エリス・アーガイルに設立され、アーナと菊千代が身を寄せる人材派遣会社の名だ。
前時代を支配した銃火器。
それらを始めとした技術や環境が崩壊し、かつての大国というもののほとんどが消えうせた。
社会体制は街や都市単位でという縮小を余儀なくされ、荒れて乱れた社会が平常となった世界で再び息を吹き返したのが大昔の剣や斧や槍といった血生臭い近接兵器達だった。そしてそれを携えた傭兵集団も数多く生まれることにもなった。
その中で、がらくたの・曲芸団はそれらと少し違った。
依頼と報酬さえあれば戦闘だけでなく、護衛、運送、調査、復興活動に救助活動。それこそ畑仕事もワイン作りまでとそれに適した人材を派遣して多くの芸をしてみせるというものだった。
構想は簡単だろう。
だがそれをこの呪いの世で興行し続けているのは、間違いなく異常な集団でもあった。
そうして今回。
ビルの森のようなこの町からの依頼に適任とされた派遣団員が、このアーナと菊千代の二名だった。