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想いと刃・4


「……」

「……」


 アーナ自身も珍しいと感じた思考の停止。だがすぐにその表情から驚きは消え、開かれた眼が氷のように鋭くなる。 

 不愉快なものを見るかのように、御陵田に向けられる。


「……御陵田長政。私を殺すと最初に言ったと思うが、今度は『生きろ』とお前は言うのか?」

「そうなるかもな」

「なぜだ?」


 短い問い。

 強く、重い圧を持った簡潔な言葉。

 アーナは返答を待たず続ける。



「御陵田。あなたは私を殺すのが依頼のはずだ。そしてあなたはそれを受けたからこそ、こうして私の身柄を手に入れた……なのに今は私にもう少し生きてみろと尋ねる……矛盾しているにも程がないか? 世間話が好きといった矢先にこうも踏み込んでくる馬鹿とは恐れ入るが、まず何よりーーー」



「なぜ貴様と共に生きろなどと、分かった風に言われねばならん?」



 底冷えするような感情のこもらない声。

 無情ともいえるその平坦な声色に対し、御陵田ではなく部屋の隅にいた伝獣『クロ』が反応する。

 今までぼんやり二人の話を聞きつ眠っているかのように動かなかった蛇皮の犬は、怯えるように立ち上がると御陵田の元へとそそくさと駆け寄る。アーナの視界から隠れるように移動し、御陵田の後ろで体を丸めた。


 真っすぐ向けられるアーナの視線。そこに怒りの感情が見えず、ただ冷たさのみが滲んでいる。

 御陵田もそれを真っ向から見つめ、また、女からの問いに応える。

 

「……斬り合いは最初の一太刀が大事でな。それで死ぬか生きるか、相手からの殺してやるっていう心底の思いってのが伝わるもんなんだ」

「…………」

「俺を憎くて殺そうとする思い、ただ殺すために殺そうとする思い、俺とか関係なく殺すことを目的に殺そうとする思い。どれもこれも千差万別よ。その一太刀を打って打たれて、俺は好むか好まざるかを感じるのが俺なりの生き甲斐でもある」

「何の話だ」

「何事も最初の印象ってことさ俺は……僅かだが、アーナさんと話してみて俺はアンタともっと話したいと思った。あんたの歩みを、もう少しだけ見てみたいとな。だから無礼を承知で尋ねたい」

「承知して尋ねる。また無遠慮な男もいたものだ。それとも無遠慮を押し通せると自負があるのか?

 ---死にたい人間は、他人を殺さないとでも思っているのか?」

「確かに殺されるつもり俺にはないさ。最初から言ったように、あんたの生き様をもうすこし見たいと思った、この誘いは俺の我がままさ。死なせたら、もう聞くに聞けねえからな」

「…………本当に、無礼な男だ」


 アーナはどこか呆れたような顔をしつつ、そして苦笑した。


「まったく、よく分からない人ね……すまないが、もう私は歩もうとは思わない。誰ともな」

「振られたか……残念だな」

「そうは思っていなそうだが?」

「ん、分が悪いとは判っていたからな。元々殺す予定の人間を、合意なく無理に引き連れるってのも違う気がするしなぁ」

「そんな調子で、私を本当に殺せるのかしら?」

「ん? そこは問題ないぞ。ちと苦しいかもしれんのが申し訳ないが、殺させてもらう。百回でも千回でもアーナさんが事切れるまでな。そういう依頼で、それがそもそもの俺の仕事だ」


 だから心配ないぞ。そう御陵田は、にっこりと笑い言い切った。

 子供に言い聞かせるような優しい声。ただその優しさの真後ろには揺らぎない殺意が隠しもせずに密着しているのが、アーナにも分かった。

 再び目を伏せ、アーナは小さく微笑みを作る。


「そうか、本当に私を殺せるか……なら楽しみに待つ事にするわ」

「あぁ大人しく待っててくれ。気分を害して申し訳なかったが、また死ぬ前に話したいことでもあれば聞かしてくれ。俺も殺しながらもまた話しをさせてもらうと思う」


 そう言い、御陵田は椅子から立ち上がる。そのまま開けっ放しのドアへと進む。

 その背に再びアーナの声が届いた。


「すまない、一つ訊きたいんだけど、ウラグナは無事よね?」

「ん? 昨日の夜一緒にいたもう一人の嬢ちゃんかい? それなら大丈夫だぞ。依頼の段階アンタ以外には極力手ぇ出すなって言われたしな。後から来たおっかない兄ちゃんもかすり傷しかしてないよ」

「兄ちゃん?」


 アーナが眉をひそめた。


「あぁ、アーナさんが気を失った後に現れた。長ったらしい両刃剣を振り回した兄ちゃんだよ。聞いた限りじゃアンタの仲間だと思ったから殺してはないよ。安心してくれ」

「…………そう、か。菊千代が来てたのか……」

「恋人か何かかな」


 アーナは悪い冗談だとでもいうように首を振った。


「そんなんじゃないわ。奴が勝手に周りに居るだけ。……私には、何も関係ない」

「関係ないなら、ついでに殺しといてやろうか?」

「え?」

 

 唐突の問いを浴び、彼女にしては珍しく、アーナはぽかんとした表情になった。


「冗談だよ」


 再び背を向けながら御陵田は手を振ってそう言い、そのまま部屋から出てドアを閉めた。

 御陵田は目の前の階段は降りず、アーナの部屋の隣の部屋へと入る。

 その部屋は基本的にはアーナが置かれた部屋と同じ構図だが、角部屋な為に窓が一つ多い造りになっている。

 外のベランダのような場に出られる窓でそこから工場に続く山中の一本道が良く見えた。これにより町から山中に放置されたこの廃工場へ続く唯一の道がここから監視できるわけようになっていた。


「どうだった長政?」

 

 御陵田が部屋に入ると直ぐに中にいた黒人の大男、ジャカルジットがそう声をかけた。


「どうもこうもない。個人的には殺すのが惜しいねぇ、あんな美人さんは」

「お前らしい物言いだ。しかし禁術だか知らんが、あそこまで死なん女など自分には気味が悪くにしか見えてこないな」

「そうなった生き方もあるって事さジャカルジット。きっと俺たちじゃ正気も保てない何かがあったんじゃねえか。分からんなら、きっとそっちの方が良い」

「……興味があると言った割には、あまり深入りしなかったようだな」

「世間話に何を期待してんだお前さんは。興味もあるし惜しいとも思うが、そこで終わりだ。俺たちの生き方を変える何かがあるわけじゃあるまいよ」

「そうかもしれんなーーーいやそんなことより、本当に拘束しておかなくて良いのか?」

「あぁその辺りは問題無い。あの姉ちゃんは逃げたりはしないだろうよ」

「しかし、」

「大丈夫だって言ってんだろ。今更逃げたりしねぇさ。俺を信用しろ」

 

 ぬぅ、と不満そうにジャカルジットは唸るがそれ以上は言わなかった。

 この一味の頭目は御陵田長政だ。彼がそういうならば、その下の三人はそれを信じるべきなのだ。


「…………それよりもエドガーはどうした? 背中の手当てか?」

 

 次に聞こえたのは小さな陰気な声。大窓の前に陣取っている小男、サタジットの声だ。

 サタジットの問いに御陵田が応える。


「エドガーならさっき船の手配を調べさせる為に外に行かせた」

「…………船?」


 あぁと答え、御陵田は腰の野太刀を鞘ごと引き抜き、部屋の真ん中で胡坐(あぐら)をかいた。


「あの姉ちゃんの力は見ただろ。気絶してる間に何度も(・・・・・・・・・・)何度も首を斬り落とし(・・・・・・・・・・)たのに(・・・)妙な黒い霧みたいにウジ虫だがバッタだかが湧き出るや繋がり直しちまった。そも頭を潰せば蟲どもが頭を形作る……そんで目ぇ覚ましてみれば普通に死にたい死にたいと喋れているときた。狂ってるなんてもんじゃねえ。これは普通の方法じゃ容易に死んでくれそうにない」

「……」

「…………本当に、殺せるのか? あんな化け物を」

「そういう依頼だ。勧誘が駄目だった以上、まずは依頼を遵守するのが筋だろう」

「…………確かに、な。ただ、それで何故船が要る?」

「少々酷だが……しょうがねえ。殺し方に指定は無かったし、依頼通り人殺しをするだけだ」


 御陵田は後味が悪そうに、それでいてどうなるか愉しそうに、ジャカルジットとサタジットに死なない女の殺し方を告げた。



「まずは全員で何度も素直に殺してみよう一日一人百回ずつ殺すって日課にするか。それやって飽きたなら――そうだなミンチになるまで潰してみよう。どう蟲が湧いてみるのか観てみたい」

「……」

「…………」

「その次はお天と様の下で縛り付けて餓死とかどうよ? 飢えだと蟲が腹の中に湧いて栄養補給でもさせるのか気になるな。その次は海に出て漁の餌はどうだ? いくらでも元に戻るなら、いくらでも魚を取り続けれるから一石二鳥だろう。良い副業になるかもしれん…………いくらでも殺し方なんてある。それこそ千でも万でも試し斬りに付き合ってもらうのも良いだろう。動かなくなるまで日々殺す。

今までと同じ、俺らの日常どおりの事をやるだけよ」


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