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想いと刃・3

「そうか……こんな早くこうなるとはありがたいな」


 だがやはりというか、アーナにも特に動揺したそぶりは見当たらなかった。


「だろうとは思っちゃいたが、そういう反応か。今から無理やりにでも死なせられるって聞かされたってのに、怖くはないのかい?」

「死ねるのは私の望みだからな」

「望みか……改めてだが、あんたは不死だそうだな?」

「一応は。今まで死ねずにここまで来たのは確かだ」

「だったら斬り殺されたこともあるはずだ。そんなアンタを殺すんだからこっちも尋常じゃない手法も使うかもしれないが、それでも不満や恐れもないのか?」

「強がりに聞こえてしまうかもしれないが、特にはないな」

「成程、こりゃ筋金入りだな」


 御陵田は近くに倒れていた椅子を掴み、アーナの前に椅子を置くと腰を下ろした。アーナと御陵田が互いに手を伸ばせば指先が届くほどの距離で向かい合う。


「死なない女、か。辛苦ばかり味わったからか、それともそんな事関係ないのか。どっちにしろ、見るほどに心も含めて別嬪さんだ」

「あなたも良い男に見えるわ、お侍」

「そりゃまた嬉しいな! こんなおっさんを褒めてくれるなんてのは」


 御陵田は感情を隠さず心底嬉しそうににっこり笑う。

 無精ひげを生やした男がその顔に表した妙に愛嬌のある笑みに誘われるように、アーナの顔にも微笑みが生まれる。昨夜ウラグナが目にした生気の無い笑みではなく、普段のアーナが浮かべる不敵な魔女の笑みだ。


「それで御陵田さん。殺しの対象の私になにか用でもあるのかしら?」

「ん? いやぁ用ってわけでもないが、ちょいと聞きたい事があってね。あんたに個人的な興味があるってだけよ」

「興味? 殺す対象の私に?」

「そりゃ別嬪さんだしねぇ。まぁ、死ぬ前の最後の話し相手が俺みたいな者じゃあんたには物足りないかもしれんが、そこは我慢しておくれよ」

「妙な言い方だな。まるで私がおしゃべりだとでも言うようだな」

「そうは言ってない。ただな、アーナさんみたいに命を垂れ流して生きている奴ってのは大抵口を開くことは今更苦じゃないもんだろ。何かに遠慮して自分を隠しちまうような気が散る生き様じゃあ、こんな豪勢な命の使い方は出来ねぇさ」

 

(……豪勢、か。不思議な捉え方をするな)


「さて、一応アーナさんの事情や何やらについては依頼の時に粗方聞かしてもらってはいるんだが、本当に良いのかい? このまま死んで? アンタは今あの曲芸団に身を寄せていたんだろ? ここで無理やり殺されるのはちょいと勿体無くもないか?」


 殺そうとしている者の言葉とは思えなかった。

 まるで嫌なら逃げても良いと言うような、他人事のような声色だ。

 言われたアーナは疲れたように目を伏せ、今更語る事でもなとでも言うように、


「なに……それが死なないでいる理由にも私にはならないし、生に執着する気にはさせない。ここで貴方が私を本当に殺してくれるなら、それが良いのさ」

「それが道半ばだとしてもか?」

「道など、既にない。あるとすれば道の終わりの行き止まりだけ。私の生は、その行き止まりを抜けたいというだけの残りかすのような代物だ」

「道の終わりなら、後ろに歩んできた道があるだろう。そこに引き留める何かはなかったのか?」

「あろうがなかろうが、いやそもそも道が終わりでも半ばでも関係ない。道の終わりがどれかなんて事も私には分からないし、道なんてものの辿り着くべき場所が決まっているわけでもない。辿り着かなきゃいけないものでもないさ。必要なのは私が死ぬという結果だけだ」

「まぁ確かに、道半ばが覚悟できなきゃ歩く事もままならんわなあ」

 

 うんうんと御陵田が口をへの字にして頷いた。


「……覚悟なんて良いものは私には無かったわ。ただ死ねなかったから歩くしかなかった。だから歩いただけさ」

「それでもあんたがここまで歩いたのは変わらない。だから俺はアンタに会えた。ありがたい事だよ」

「ありがたい?」

 

 目を眇め、アーナは御陵田の言葉を繰り返した。


「あぁありがたいよ。少なくともこうやってアーナさんと話が出来た。俺はそう思う」

「死亡願望の女と話して何がありがたいというんだ? 只の興味本位ならどうでもよいが、それ以外の何かというならーーー」

「いやいや待ってくれ、アーナさんの言う通りの興味本位以外の何でもないから誤解しないでくれ。人の死に様をどうこう言えるような上等な人間では俺は決してない」


 御陵田は両の手のひらを差し出しながら慌てたように首を振る。しばらくアーナが無言でそれを見つめるが、ふっ、と小さく口を緩めてそれを受ける。


「すまなかった、俺にとっちゃ生きてるのは刃物振る為と、行き交う人と世間話するためみたいなもんでな。気分を害したなら謝るよ」

「どこかの主婦のようね」

「主婦、はどうだろうな? だとしちゃ俺の腰の包丁は長すぎるかもしれんが」

「ふふ、そうかもしれないわね…………しかし世間話が好きとはいえ、私の話なんて聞いて何か意味があるか?」

「そりゃあるさ。自論だが、生き様死に様ってのは終わりじゃなくて半ばや途中が一番楽しいもんなのさ。アーナさんの道の終わりを誰かに聞くよりも、俺は今のアンタと話してみたいと思った。人斬りなんて底辺の俺みたいな人間とは、根本的に生きる事の重みが違うんだなと痛感させられたよ」

「底辺というなら、それは私だ。人斬りだと? 人を呪い殺した人数はその比ではないぞ?」

「だろうな。俺なんかじゃ想像もできねえ道のりだったんだろう。だからこそ改めて聞こう。ここで終わっても良いのか?」

「どういう意味だ」

「そのまま捉えてくれて良い。本当に悔いはないのか?」

「……お前の世間話とは相手の声を耳から耳へ聞き流す事と同じなのか? 死ねない身でのうのうと生きねばならなかった私に悔いがないのかと……まだ、死にたくないのかと言うのか?」

「あぁそうだ」

「なぜそんなことを気にする?」

「なぜと言われれば、さっきと同じで興味があるだけとしか言えんが…………じゃあ言い方を変えようアーナさん。俺たちとしばらく行動を共にしてほしいと言ったら、どうする?」



 あまりにも直球な問いに、アーナが虚を突かれたように目を開いて固まった。


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