増殖する殺意・9
ギャリッッ、 金属同士の削り合う音が鳴った。
二つの剣はかち合ったまま、御陵田の野太刀が長剣の上を滑るように動かされたのだ。移動する方向は長剣の持ち手側。
(――まずいッ!)
刀剣の鍔とはソレを握る手を守る為に存在する。刀剣同士がぶつかり合った場合や至近距離での斬り合いで最低限でも指や腕を守る為にだ。
ただ、菊千代の長剣にはその鍔が備わっていない。刃元に膨らみがあると言う程度だ。握りの上となる右手には篭手を装備してはいるが野太刀の鋭い刃を確実に防げるとは言い難い。このまま野太刀が進めば、篭手を身に着けているとはいえ右手の指が切り落とされる。
菊千代は長剣に力を込めた。
御陵田に向かって無理やり押し出し、至近距離から御陵田の首筋を押し斬ろうと、なおかつ野太刀の刀身を逃れようとする。
それに対し御陵田も野太刀を持つ手を滑らすのを止めて前へと押し出す。
「おっと!」
これにより菊千代の長剣による進行は野太刀の刃元、鍔部分で止められる。長剣の上からの押し斬りを下から野太刀が支えるように。ギャリギャリと音を立てて、二つの刃は互いの肌から数十センチの至近距離で再び均衡を保った。
「邪魔すんなおっさん!」
「そう言うな。それにもう振り返っても無理さね兄ちゃん。あいつらならとっくに消えて後ろにゃいねぇぞ」
「ッ! クソ共が!」
「ほぉれそんな感情むき出しじゃ駄目だろうがッ」
言うや御陵田の手首が返された。長剣を下から受け止め支えていた野太刀が瞬時に上に、長剣の腹に野太刀がかぶせられる形になる。そのまま上から力を加えられ、長剣の切っ先はいきなり地面へ向かって押し下げられた。
「な!?」
菊千代の体が長剣に引きずられるように前へと傾く。鍬を扱うような前傾姿勢へ。この時御陵田も長剣を押し下げる為に一歩踏み込んでいた。間合いは完全に詰まっている。刃も振るうのも困難なほどの至近距離。
その距離で、まるで差し出すかのように出された菊千代の顔面目掛け、御陵田は自由になった野太刀の鍔元を突き出した。
野太刀を手にしたまま両手で菊千代の鼻っ柱を殴りつけるような動作。これにより鉄で出来た鍔が、菊千代の顔面を強烈に殴打した。
「――――ッッッ!!」
菊千代の意識が刹那消える。
顔の中心で爆発するような熱さを感じ、前のめりの体勢は強制的に後ろへと吹っ飛ばされ、後頭部から地面へと叩き落とされる。
「ほぉ、これで骨が折れないかぃ。頑丈なもんだ」
間近から聞こえる男の声。本気で感心するかのような言い方。それが御陵田の、敵の物だと認識した菊千代は反射的に倒れたまま長剣を横に薙いだ。
が、その一閃を御陵田は驚きながらもさっと後ろに身を引き、軽くジャンプして避けてみせる。ただし菊千代としても避けられて問題はなかった。御陵田との距離を離し、同時に長剣を薙いだ反動を利用しただちに起き上った。
(…………や、ばい)
体勢を立て直してみせる菊千代。
だが再び御陵田向き合い長剣を握りこむ自身の手の内に、汗が滲むのを感じた。
(冗談じぇねえぞ……このおっさん…………強ぇよ)
再び長剣を構える菊千代。
ただ一合のしのぎ合いだが、それで剣技の端を測るには事足りる。
完全に長剣の構えを殺されたのは菊千代。そこから感じ取った男の剣技に心が悲鳴をあげたくなる。
が、ぶつける殺意には微塵も見せない。
「なんだまだ立ち上がるのか? 兄ちゃんには申し訳ないが、もうお目当ての女は連れて行かしちまったんだぞ?」
「……はっ、大丈夫だ。ここでアンタを半殺しにすれば訊きだせる」
「鼻血ドバドバ垂らしといてよくそんなこと言えるなぁ兄ちゃん。まぁ……それも構わないぞ。相手なら幾らでもしようじゃない。やれると思うならやってみせろぃ」
「……カッコ付けてんじゃねぇぞオッサン!」
ここでこの男を逃がすわけには行かない。
剣技が上かもしれなかろうが、それだけで命のやり取りは決まらない。
心の不安を一蹴し、菊千代は血の味が広がる歯を噛み締めながら地を蹴った。
一気に間合いまで飛び込む。
先手を取り、御陵田へと長剣を振り下ろした。
太刀筋は御陵田の正中線目がけて。真っ向振り込んだ斬撃には速さ重さ共に申し分は無い。
にも拘わらず、御陵田は再びバックステップ。苦でも無いとばかりに菊千代の射程圏外ギリギリへと抜け出した。
「確かにおっかねぇ腕前だが、そんな馬鹿正直な斬り込み程度じゃ当たりゃしねぇぞい」
間を置かず御陵田は菊千代の右側へと廻りこむように足を運び、菊千代から見て左斜め下から切り上げる逆袈裟を放つ。
―――前に、、
「がらああぁッ!」
菊千代が振り終わった、と『見せかけた』長剣をそのまま左に振り向けた。
それは言葉通り。刃の向きも下に向いたまま。剣ではなく鈍器でも振るうように真横に振る。
体全体で左へ振り向くようにして、体ごと降った長剣が迫る野太刀を弾き飛ばした。
「っ」
御陵田が息を呑む。
菊千代は馬鹿正直に斬り込むと見せて、体の勢いを残していたのだ。
御陵田なら刃圏をすぐ見抜き、すぐさま斬り返してくると読んでいたからこその動き。
菊千代の勢いは止まらない。
野太刀を弾き飛ばした反動を利用して体の動きを左から右へ。互いに踏み込み十二分となった間合いから菊千代は再び袈裟懸けを放つ。
菊千代の長剣が御陵田の体を捉え、刃が喰い込んだ。
菊千代の眼に残る御陵田の残像を、肩口から斜めに斬り捨てた。
(……冗談だろっ)
今度は菊千代が息を呑んだ。
そして気づく。
斬ったと思ったのは目に映る残像。
御陵田は再び剣筋の外へ。長剣を潜り抜けるように、菊千代の左側へと一足で逃れていた。
「ッシャアア」
御陵田の野太刀が再度振り上がる
斜め下から切り上げる逆袈裟。反りの強い刃が、菊千代の胴体を向って蛇のように跳ね上がる。
「ぐっそ!」」
菊千代は必死に腕と刃を動かす。
完全に後の先手を取られた逆袈裟の一閃。
受けは間に合わない。体は斬られると直感している。それでも菊千代は振り抜いてしまった刃を引き戻す。
死ねない。こんなところでは、死んでも死ねないッ。
「おおおおおおおおおおおお!!」
菊千代は長剣の重量もあり刃が遅れるーーーが、それでも無理やり。菊千代は全力で体に戻した長剣を御陵田の逆袈裟の剣筋に戻して見せる。死を覚悟した野太刀を上から受け止める
――――ただ、その受けた衝撃が、やけに軽い。
(これっ)
刃を通した手応え。こんな刃の重さでは肉は断てても骨には届かない。
それが即座に菊千代に一つの答えを伝えるが、それを察し体が対処するよりも一手先に、受け止められた御陵田の野太刀はそこで止まらず流れるように動かされた。
「シャァアアッ!」
御陵田が囮として振るった逆袈裟の刃を、菊千代の刃で止まると同時に後ろへと引いた。手首と腕を大きく回し、まるで風車のように御陵田の野太刀の刀身は持ち主の背後をぐるりと回ると、刃は踏み込みと共に御陵田の左手側から振り下ろされた。菊千代から見れば全霊で受けた刃が息もつかぬ間に右上空へと変化。自身の頭を狙った必殺の一閃と成り変わっていた。
(ッ斬り返し!? 嘘だろ? 俺が間に合うのも読んで、そんな、こんなあっさり斬ラレ――、)
菊千代はもう動けなかった。地から大蛇が跳ね上がったような野太刀の動きに完全に置いていかれていた。
刃が近づいてくる。
もはや眼だけが勝手に動いて迫る刃を追っていた。
……幾度も命の淵を見てきた筈だが、それでも菊千代は初めて、いや最後に知った。
本当に斬り殺される瞬間とは、こういうものなのかと。




