呪いの世・2
「はぁあああああるるるかァ前だっ! 科学がそれこそ傍若無人に! 傲慢にも隆盛を極めていた時、何を思ったか人はぁああ! 天におられる『神』を引きずり堕としっ! その御力を私欲の為に利用しようとしたァ! 実に傲慢極まりない! 悪しき所業だっ! 親を自らで孕ますよりも禁忌と言わざるをえないだろうぉおお。しかし嘆かわしくも愚行は為された。神はこの世に堕とされたのだ。そして、神はその事を激しく怒り、恨み、そして呪った! 人は呪われ、地は呪われ、世界は呪いに未だ満たされる事となった。そう! 貴様らの人の為にだァああああああああああ!」
弁が乗ってきたなぁ。
菊千代や周囲がそう心中で呟く。
代神者の男は周囲が思った通りにその動きに熱を持ち始めるが、対し周りの内心は冷ややかだ。
最も目を向けているのは露天商の商売人たちだろう。
あからさまに商売の邪魔だと、視線が訴えていたが、代神者には届かない。
舞台俳優のように嘆きながら子供も知っているこの世の歴史を説いていく代神者。ただ血走った眼で空を見上げて叫ぶこの代神者は、周りから見るとは天に向かって怒っているのはお前だと言いたくなる。
そんな代神者を、人の流れの中からアーナは楽しそうに眺める。
「なかなか気合いの入った説法だな。聞き飽きた内容だがつい聴いてしまう」
言いながらアーナは酒瓶に直接口をつけ昼間の往来でグビグビとやりだす。
「楽しいか? あんなの『自分は神様の味方です正しい人間です。他の奴とは違うから私を呪いから救って下さい』って未だに訴えているだけの連中だぞ。ったく、もう人間も世界も神様からどこをどう呪われてるのかもよく分からんのに、綺麗好きなモンだ」
ジト目で菊千代は代神者を見つめた。
……なるほど。確かに、ひどくまずそうな葡萄だと、そこは菊千代も同意した。
「人は呪われたァああああ! まず神を貶めた人の『科学』が呪われえぇ、文明:はその歩みを制限された! そして人の『文化』が! 『風習』が! 人の住む『地上』までというあらゆる物がああああ! 等しく呪われ人の世そのものも呪われたのだァあああああ!! すべからくっ! 全ては貴様らの行いの為に世は未だこの有様だァああああああ! 神の眼となった私は実にぃい! 実にいいいいい!! じっっっつに嘆かわしいぃいいいいいぞこの恥さらしの無能共ちったぁ神に許しを乞えええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
「むぅ最終的にはこっちに罵倒か。パフォーマンスは途中まで良かったが最後がマイナスだな」
「いやお前、マイナスって何だよ。一体なんの採点を、」
人波を抜けながら菊千代がそう言いかけた、
その時。
ベチャっと。突然の音と衝撃に菊千代の言葉が止まる。
「んぁ?」
間近で、というか自身の足回り辺りで聞こえたような妙な音。
菊千代は頭に嫌な予感が走らせながら、ゆっくり下に目をやる。
そこには菊千代にぶつかったらしい少女がふらついていた。
十才前後位の少女だ。
この辺りでは子供に人気のチャイナ服。東の中央地域の民族衣装を着た可愛らしい娘だ。そんな少女のその手から、菊千代のズボンに向かって何かが伸びている。
「「あ…………」」
菊千代と少女の声が重なる。
ネバァ~~っと。ベッチュァ~~っと。そんな擬音がしそうな程に、少女の舐めていた水あめが二人の間で光っていた。
鼻たれじゃないだけましか……。
二人を繋ぎあわせる水あめの逆アーチを見ながら、菊千代はぼんやり思う。
「ぁ…………その……」
気まずそうに少女が顔をあげる。が、菊千代の顔を見た途端、こちらは氷みたいに固まってしまった。
氷像のように動かず、顔色までも一気に青くなる。
するとアーナがそっと、菊千代の耳元まで顔を近づけ小さく囁いた。
「見ろ、お前のその血生臭く自己中心的な極悪人傭兵ひとでなし無愛想短気人の言う事にいちいちツッコミ過ぎの間抜けな顔と服装と雰囲気に少女がこの世の終わりのような顔になってしまったじゃないか」
「ぐっ、う、うるせぇ。てかほとんど悪口じゃねえかッ。大体俺のせいじゃ」
「あまつさえ当然の反応をされてお前の方も少しだけ悲しんでるんじゃないぞ」
「黙れや! 暴言言わなきゃ会話も出来ねえのかおめえは!」
アーナに叫んだつもりだったが、菊千代の怒声に少女は目を潤ませ泣く寸前だ。
しまった。菊千代も内心青ざめる。
菊千代は、今のはお嬢ちゃんに言ったんじゃなく隣の陰気臭い女に言ったんだよ別にズボンの事も気にしなくて良いよぉ! と、何とか明るく言わないとは思うのだが、アーナに余計な事言われたからか、なかなか口に出てこない。
そうして菊千代がなぜだか躊躇しているのをアーナは見て、
「やれやれ」
そう言いながらわざとらしいため息を吐き、涙を浮かべる少女の目線まで腰を落とす。
先ほどの菊千代に投げつけたものとは真逆の優しい表情と声で、力強く親指を少女の前で立てる。
「良くやったお嬢ちゃん。百点満点のボケよ」
「何意味分からん採点してんだお前はッ!」
突然の満点判定に少女も意味が分かんないという風にキョトンと呆ける。
「あぁ良いんだ気にしないでくれこんな意地の悪い女の言う事なんざ。とりあえず、えとその、み、水あめゴメンな。解決にはならんが、これで新しいの買って許してほしい」
菊千代は少女に少し多めに貨幣を手渡す。
未だ泣きそうな少女は躊躇するが、菊千代は小さなその手の中に押し込んだ。
お金を貰った少女は頭を何度も下げながら何かゴニョゴニョと呟くと、踵を返して人込みを走っていく。片手にはまだ無事だった部分の水あめをもって走りながら、何度もアーナと菊千代の方を振り向きながら。
「ふふっ」
アーナは横目で菊千代を見ながら微笑む。いやらしく。滑稽そうに。
「…………何だよ」
「いやぁなに。子供が菊千代を見て怖がるのは分かるが、お前も子供相手に緊張しすぎだろうと思ってね」
「ぐ、しょうがないだろ。突然泣かれそうになれば誰だって、」
「それとも菊千代。お前はあれぐらいの年頃の娘がいいのか? それってなんと言ったかな。たしかロリコ、」
アーナの言葉を即座に否定しようと菊千代がするが、そこで二人は揃って、
「あっ」
と、会話を止めて呟いた。
デジャブが起きたからだ。