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増殖する殺意・8


「ッ! エドガー!」


 最初に気づいたのは大男ジャカルジット。直後にエドガーも察知する。真後ろに近づいた微かな風。それは、何者かが後ろから迫ってきた気配。

 エドガーとジャカルジットは振り返るより先に、今立つ場から即座に離れようと前へと跳ぶ。

 が、跳ぶほんの一歩先に、エドガーの背に熱い痛みが奔った。


「ぎゃっ!!」


 跳んだエドガーはそのまま前のめりに石畳へと倒れる。その背には右肩から左腰まで斜めに走る袈裟懸けの太刀傷が生み出されている。

 それに対し、


「こんの、クソ共が!」


 一刀で仕留め切れなかった一撃に襲撃者から怒声が漏れる。

 エドガーは痛みに震えながらもそこから逃れようとするが、直感で悟る。既に強襲は成功されている。今から逃げても、もう間に合わない。

襲撃者は再び両手に握った長剣を振り上げ目前でもがくエドガーへと斬りかかろうとするが――――、


「――やってくれるなぁ、兄ちゃん!」

「ッ!」


 襲撃者自身も同じく背後から、自身に向けられた殺気を察知する。

反射的に振り上げた長剣をそのまま背後まで運びながら体を捻る。直後に手に衝撃。同時に真後ろで鉄同士が激突する衝突音と火花が散った。


「「く!」」


 二つの声が重なる。長剣で背後からの斬撃を受け止めた襲撃者こと『がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』団員、菊千代はその場で体を半回転。

腰を落としながら体を右に捻り、握った長剣を自身の体になぞる様に動かす。

 独楽のように体の軸をぶらさず背後へ向け一気に振り返る菊千代。勢いそのまま右足をつき出し体を支え、斬撃の態勢をも整える。長剣の柄頭を握る左手は自身に引き寄せ、鍔元の右手は(この長剣には鍔は無いが)草を薙ぐように突き出す。梃子のように扱われた長剣は背後から斬りかかった者へと風切り音を鳴らし、横一文字に振るわれる。


「! まさか避けつつ斬りかかられるとは、凄えな兄ちゃん」


 が、独楽の刃は何も裂かずに空を切った。

 菊千代に斬りかかった人物は素早く長剣の間合いから脱し、遠間から菊千代を見据えていた。その人物の手に握られた刃は月明かりに照らされ妖しい光芒を放っていた。


「ぐっ、ご、御陵田の旦那!」


 菊千代の背後からエドガーの声。前後を挟まれる形になった菊千代は長剣を正面の人物に向けたまま、背後の二人の男の動きにも眼を走らせる。

 先程菊千代に背中を斬りつけられたエドガーは中腰に立ちあがり、その両手には片手剣が構えられている。そしてその隣にはアーナを抱えた大男のジャカルジット。

 

 対して正面の男。装甲服の二人と仲間なのだろうが、その服装はまるで違う。


 それなりに長身だが大柄と言うほどでは無い。引き締まった体躯だと服の上でも分かるが、やはり後ろの大男のような分かりやすい筋肉質の体格ではない。引き締めているとみるべきか。極東の服である着流しを身に着け、その上に腰丈まである紫を基調とした派手な柄のポンチョを羽織っている。

 無精髭を生やし、油っぽい髪を三つに分けて結い上げた姿は極東の武者を菊千代に連想させた。

 またその印象を強めるように、その手には刀身だけで約一メートルはある、反りが強い長物の刀が握られていた。

 菊千代の腰の刀の刀身が七十から八十センチ程度の長さである事からも、その刀の長さが窺える。それは野太刀と呼ばれる長物の刀だ。

 御陵田と呼ばれたこの着物の男は少しだけ眼を細め、片手剣を構えたエドガーを叱りつけるような声を飛ばす 


「阿呆が、敵さんがいる前で余計な事を言うな」

「うっ。す、すまねえ」

 

 菊千代の背後で怯えたように声をだすエドガー。それを無視して御陵田は菊千代に目線を戻す。肉食獣のような鋭い眼で、それでいてやけに面白そうに顔を綻ばせてながら、


「さて、兄ちゃんはこのお嬢ちゃん達の連れかなんかか? どうしてここがわかった?」

 

 世間話でもするような軽い口調だった。野太刀を右手でだらりと下げつつ、気さくとも言える雰囲気で話しかける御陵田。対して菊千代はやや重い、不機嫌そうな声で返す。


「……後ろの馬鹿の馬鹿笑い声が遠くからでも聞こえてな、直ぐにわかったよ。それに帰ったら警護してもらってた同僚もいなかったからな」

「ほほぉ、なるほどねぇ」


 ちらりと、眉をひそめた御陵田の視線がエドガーに注がれる。

 菊千代からはエドガーの顔は見えなかったが、どういう顔をしているかは想像できた。


「なんでも良いがおっさん達。とりあえず後ろの女を開放してもらえるか。そこで倒れている同僚の落とし前はその後だ」

「あぁ同僚ってそのお団子頭の嬢ちゃんの事かい。じゃあつまりは、兄ちゃんも、か」

「どういう意味だ」

「いやこっちの事だ気にしなさんな。ところで兄ちゃんよ。恐れながらもそれはどっちも難しいって言ったら、どうするかい?」

「はっ、そう言うなら、決まってんだろうが」

「んん?」

「簡単な事だ―――何も言えなくするだけだッ!」


 菊千代の腰がほんの僅かに下がった。再び回転しアーナを抱えた男に斬りかかる為にだ。目の前の野太刀の男とは距離がある。何より菊千代の目標はアーナを奪還する事だ。最優先で攻撃するべきなのは後方の大男のみ。ならばこれ以上の会話は無意味。機先を制しようと菊千代は即座に体の軸を起点に振り返る。


 ―――そう、振り返ろうする、が。



「聞く耳も無しかい? 兄ちゃん」



その一瞬のタイミングに合わせたように――御陵田は一足飛びに迫った。


「ッ!」


 菊千代の目が見開き御陵田へ向く。自身の『起こり』を捉えられたことに息を呑む。

 人が動こうとすると体には前触れ、前兆ともいえる僅かな『起こり』というものが現れる。体の上下。肩や足や軸の動き。呼吸の変化。本当に微かだが、それは生まれる。

 当然菊千代もその『起こり』については熟知している。だから刃を手にする荒事屋の誰もが相手のそれを捉えようとし、そして自身の起こりを見せないよう動きを洗練させていく。

 菊千代はその動きの起こりを、行動の出鼻を御陵田に捉えられてしまったのだ。

 回転して斬り込もうという思惑は御陵田に見抜かれ、菊千代の意識がエドガー達に強く向けられた一瞬にも満たない気配をも掴まれ、刹那の隙に御陵田は接近してみせた。


「く!」


 菊千代も即座に御陵田を迎撃しようとするが、完全に出遅れた形になる。それでも御陵田の袈裟懸けからの一刀に対し長剣を横に掲げ、刀身の腹の部分で受け止めてみせる。

 刃と刃が打ち合われ、互いの次の動きを制し合った。


「女を連れて行けお前ら! この兄ちゃんは俺がやる」

「「了解!」」

「おい待、」

「余所見してる場合かい? てかよ。鍔も無い剣で受けとか悠長な兄ちゃんだな?」



 至近に迫った御陵田の口が楽しそうに吊り上がっていくのを、菊千代は目にした。



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