増殖する殺意・7
「ぐが! っくぅ~~アブね、ミスったぜッ」
「ちィッ!」
吹き飛び、それでも体勢を立て直した男を対しウラグナは舌打ちをする。
剣に球状の鉄球をぶつけて逸らし、攻撃と体勢を崩してのカウンターには成功した。だが仕留め切れなかった。
後の先たるカウンター。
その鉄球突きに重さも速さも足りなかったのだ。
言い訳でしかないが、この結果はウラグナが万全とはいえない状況だと証明するには十分過ぎる事実でもあった。
距離を取った装甲服の男は腕で鼻血を拭い、再び歪んだ、トカゲのような笑みを浮かべた。
「なぁあるほどねぇ。その馬鹿でかい鉄球は防御にも使えるわけだ。鉄球で攻撃を逸らしてカウンターの一撃で砕く。可愛いくせに恐ぇ事するじゃねぇの」
「女の子に構ってもらいたいだけで刃物なんて最低よ」
「そう言うなよ。これも俺のお仕事だ。とりあえずそのお姉ちゃんに用があるんだ。どいてくれよ」
「(……やっぱりね)」
ウラグナが口の中だけで呟いた。
この男の目的は後ろのアーナ。あの呪術師の仲間とみるのが妥当だが、今はその考察は後回しだ。
殺しにきたのか、それとも拉致かは定かではないが、アーナを守る為にいるウラグナとしてはやることは一つしかない。
「姉さんに手を出すなら悪いけど、殺しちゃうかもしれないわよ」
「おぉ恐い恐い。シスコンもいき過ぎると問題だぜ?」
男はなおも軽口を叩きながらもウラグナの挙動に目を離さない。ウラグナもまた、目の前の男を見据えながら、周囲に気を配る。
相手は一人だとは限らない。いや、その可能性の方が少ない。どこかに仲間がいると考えるべきだろう。
(そうなると、姉さんと逃げるにしてもこの男くらいは戦闘不能にしないと難しいか?)
そうウラグナがここからの算段を考えていると後ろから、アーナがウラグナの肩にゆっくりと手を置いた。
「姉さん?」
ただアーナはウラグナを見ず、前方の装甲服の男に向かって、
「狙いは私だけなんだろうな?」
「おぅ! もちろんそうだ。黙って来てくれるのかな?」
「な!? 姉さん!?」
ウラグナが驚いて声を上げるが、アーナは諦めたように小さく首を振り、平坦な言葉を紡いだ。眼にはやはり、光が灯っていない。
「ウラグナ。私には守る価値なんてないのさ。お前が危険を冒す必要なんてないし、して欲しくもない。……それに私はもう、楽になりたい」
「そんな、だって――そんなのダメ!」
叫び、ウラグナは自分の後ろにアーナを押し返した。アーナを守る為鉄球を構え、男と対峙する。
「姉さんは私が守る。だから安心してて」
「おいおい、お姉ちゃんがそう言ってんだからもう止めとけよ。お姉ちゃん悲しむぜ?」
「黙れセクハラ男。頭吹き飛ばすわよ」
「傷だらけの女の子が言う発言じゃねえな」
卑しく笑う男を見返して、ウラグナは考える。
とにかくアーナをここから逃がす必要がある。もちろんこの夜の中、相手が一人かも分からない状況では、戦況は不利という他なかった。
(だとしても! 護衛なんて基本的に不利なものだもん。今必要なのはこの男を倒すことじゃなくて逃げ道を見つける事ッ! そのためには――――、)
ゴッ! と。
思案していたウラグナの首の後ろでそんな音がした。
「?」
ウラグナには何が起きたか全く分からなかった。音の意味は分からない。が、ウラグナの髪の付け根、そのうなじにかけて唐突に、強い衝撃が襲い掛かっていた。
「――――えっ!?」
あまりに突然の一撃に、ウラグナは無抵抗に、人形のように地面へと倒れこむしかなかった。手に持った鉄球ヴリトラハンは離れ、視界はぐにゃりと歪みぼやけ、意識が混濁する。
状況が何一つ理解できなかった。ただ朦朧とした意識で男の馬鹿笑いだけが耳に届いていた。
「ぶっはははは! やっべぇ傑作だわ! 全然気づけなかったなカワイ子ちゃん! だよねぇ今のは気づけねぇよ! 俺ばっか見てたし! ぶはははははははは!」
「な…………に?」
必死に周囲を見ようとするウラグナ。手を踏ん張り、なんとか体を起こそうとするが、まるで力が入らない。後頭部に受けた衝撃は頭の奥まで潜り込み、ウラグナの平衡感覚を奪い去ってしまっている。
「く……ぅ」
それでも石畳の上でもがくウラグナ。そんな彼女を夜の影よりも濃い人の影が覆いかぶした。
ウラグナが気づき、必死に首を後方に回す。
歪む視界の中、そこには前方の男の同じような装甲服を身に纏った巨躯の男が、ウラグナを見下ろしていた。道に倒れた状態で見ると男はまるで大木のように大きく見えた。しかもあろうことか、その大男の肩には守るべき対象、アーナ・イザナミが力なく担がれている。
「ッ! ね、ぇ!」
「もがいても無理だぜカワイ子ちゃん! なんせ真後ろから首をぶん殴られたんだ。無理して動くと体に悪いぞ」
ウラグナの前まで近づきながら片手剣を持った装甲服の男はそう忠告する。気軽に、素直に親切心だとでもいうように。それに対しもう一人の大男は担いだアーナの口に猿ぐつわを嵌めながら静かな口調で片手剣の男に言う。
「無駄話は良い。さっさと女を連れて行くぞ」
「おう、了解だ」
「待ッ……!」
「あ? もう良いよお前は。今回は殺せねえし犯せねえし。さっさと寝てろ」
言うや男はウラグナのうなじへ躊躇なくに蹴りを入れた。呻くウラグナだったが抵抗もできず、再びの一撃に意識をあっけなく奪われてしまう。
ウラグナが気を失ったのを確認する二人の襲撃者―――片手剣を握るエドガーとアーナを担いだジャカルジット。
「へっ、楽勝だったな。さて、それじゃさっさとその女連れていっちまうか」
「あぁ」
短く言い、二人は人目に触れる前に立ち去ろうと路地へと向かう。誰かに見られるなどという不始末がないように、手馴れた様子で闇に馴染むのは戦闘と暗殺といった血生臭い生業をする者の得意技だ。焦りも恐れもなく、彼らは仕事である殺人を全うしようと行動する。
ただ、
その行動は同じく剣戟の中を生きてきた者からは丸見えでもあった。




