増殖する殺意・4
「……相変わらず小難しい団長さんだよお前は」
後頭部をボリボリ掻きつつ菊千代はため息交じりに言う。
そのまま自身のカップの中身を無理やり飲み干すと、すっとエリスがカウンター横の酒瓶を菊千代の前に出すが、押し返す。
「これ以上は良い。酒は弱いんだよ、知ってるだろ」
「たまには良いんじゃないですか?」
「団長には悪いが、遠慮しとく」
その場でぺこりと頭を下げる菊千代に、エリスは残念と言いながら自身で作った酒を口をつける。
「さて、話を戻しちゃいますが、この呪いの本質。歪な現象の正体。世界の在り方。これは存分に思考する余地があると思うんですよ。いや妄想ですがね? どうであれ非常に興味深い。どういう法則になっているのか」
「……ちょっと違うかもしれんが、道端の代神者とかはよく『呪われた科学の物体が残っているのは神様が人間に罪を見せ続ける為だ』とかも言うよな」
「代神者の多くが言っている人気の説法内容ですね。ただあれはあくまで現状について認識。僕が論じたいのは大元の原因です」
「本当に、お前は妙な事が気になるもんだな」
「いやぁそれなりの人間が考えた事があると思いますよ。菊千代君だって考えた事無い事はないでしょ?」
「……うぅん、正直、あんまり考えた事ねえよ。所詮は日雇いの兵隊暮らしが多かったからな。そんな馬鹿に、難しい事は考えらんねえよ」
自虐する菊千代にエリスは嘆息する。
菊千代はそれを納得と捉えたようだが、エリスの心中は別だった。
(剣しか振れない頭の回らないただの馬鹿じゃ、ここまで生きてこれる訳がないんだがな……)
そう言っても菊千代はどうせ否定するだろう。
分かってはいるが、それでもエリスは友人にそれを伝えようとするが、そのまえに菊千代は言葉を続ける。
「そんで? 団長の言うところの矛盾とやら? どれが矛盾か知らんが、それについてのお考えは?」
「んぉ? 促しますね、気になりますか? 分かりました!では僭越ながら披露させて頂きましょう!!」
エリスは大きくニヤァリと、待ってましたとばかりに笑うと、両手を広げて言う。
「呪いの世の矛盾の正体、それは何か? 歪んだ呪いの仮説について! 僕が考えた結論は、それは神様が慣れていなかったからだと思うんですよ!」
深夜など無視した大声が部屋の隅にまで響いた。
同時に数秒の沈黙が部屋に流れた後、菊千代が口を開く。
「…………えっと、慣れ?」
「そう! 慣れてなかったのですよ!」
「……慣れてなかった……って何に?」
「人を呪うという行為、そのものをですよ!」
我が意を得たりとエリスは声を張る。
舞台上の芸とでもいうように背後の酒棚から酒瓶を適当に引っ掴むと左手のグラスになみなみについでみせる。アルコール度数五十という相当強烈なウィスキーだが、エリスはついだカップから一滴も酒をこぼさずに、そのまま一息に飲み干して見せる。
菊千代が大道芸でも見るように口を開けるが、当のエリスは一切顔に変化も無く、スピーチを続ける。
「おそらくですが、神様は人間なんてものを本気で恨んで呪いをかけるといった行為自体を今までの神様の人生の中で経験した事がなかったからだと思うわけですね僕は!」
止めどなく、エリスは自信有りげというように更に言う。
「つまりですね。世界がカクテルみたいにキレイに混ざっていないのは神様の不慣れが原因だからだと思うんですよ。呪うにしてもどこまで呪うのか決めきれなかった。呪うにしてもどう呪えば良いのかが正直よく分からなかった。だからとにかく呪ってみた! 最も目についた最先端科学を中心に。それ以外は適当に。きっと憎い最新科学や技術を呪うので手一杯だったんですね」
「ふぅむ、不慣れ、ねぇ。えらくざっくりとしてんな?」
「僕としては良い線言ってると思うんですがね。神様が何かを見下すじゃなく、見上げて憎むというのは経験が無いんじゃないですかね?」
「んまぁ確かに、神様ってのも人間を上から叱るんじゃなくて対等かそれより下から恨みを覚えるってのは、そうそうなかったのかもな」
「そういうことです。その神様が今どうなったかは誰にも分からないですけど。でも昔の神様も災難でしたよね。まさか自分が創造した人間に自分自身を喰い物にされそうになるなんて。ちょっと同情しちゃいますよ」
「そんな事をこうやって人間に言われてる時点で神様はむかつくんじゃないのか?」
菊千代は適当な調子で言葉を返す。対してエリスは菊千代が乗り気でもなかろうと構わず声を張る。舞台に立つ役者の様に。
「はははっ、菊千代君の言うとおりでしょうね! 僕が神様なら呪うどころかまとめて殺してやりたくなると思いますよ!」
「笑顔でいきなり怖い事言うなよ!」
「失礼しました、冗談ですって。半分は」
「半分マジでも充分怖いわッ」
「そんな怖い事でも無いと思いますが、それよりどうでしたか? 僕の世界への挑戦は?」
「世界への挑戦ってお前……まぁ面白いとは思うぜ。道端の宗教家が語ってる事よりは納得できる」
「おぉ、思いのほか好評価ですね、素直にうれしいです」
「昔、兵隊時代に聞いた話に似てたから納得しやすかったのかもしれねえ」
「ほぉ、似た話、ですか?」
ずいッ、と興味深そうにカウンターから顔を寄せるエリス。
余計な事を言ったかと菊千代が思うが、面倒なので説明する。
「あぁなんだっけな。昔の俺の上役が言ってたんだ……この世界の呪いは人が人を剣や棍棒で殺し合わせやすくする為の呪いなんだってよ。昔の戦争方法じゃあ神様の腹が収まらねえから、見てて無様な殺し合いをさせる為に技術を呪ったとかなんとか。あとの呪いはおまけみたいなもん、とか言ってたかな?」
「おぉなるほど! 傭兵さんらしい戦いからの視点ですねぇ。それもなかなか正しい解釈に聞こえますね」
「正しいかなんて人間にはわからんだろ?」
「そうですけど、諦めたくはないですねぇ。呪界の世の開闢以来、人はこうした世界と呪いについて知ろうと努力してきました。もし叶うならばその本筋についても、いつか知っている人がいるならお会いしたいものですよねえ」
キラキラとした目をする団長に対し、平団員がげんなりとした思いを抱く。
「はぁ、そんな奴がいるのかね、それこそ秘密を知ってたら神様に呪われていそうだな」
「どうですかね? まず神様がいまどうなってるのかも分かりませんし、呪われていないことを祈りたいですね。ええそりゃもう! 会えるなら祈り倒しますよ僕は!」
「祈り倒すって、祈りでどうにかなるもんじゃねえだろ」
「おや、それはキクチヨ君らしくないですね。祈りや恨みが無意味なんて、この呪界の戦場を生きてきたキクチヨ君には冗談でも言えないと思いますけど?」
「……………確かに、な」
これはエリスの言うとおりだと、菊千代は思い直す。
運良くと言うべきか。思いのほか長く刃の踊る日常で生きてきた。だからこそ分かるし、実際に目にもしてきた。
呪いという感情の強力さと無慈悲さという物を。
前時代ならいざ知らず、血生臭い状況下になるほどに、呪いという強烈な感情がどれだけ凶悪な力をもつか、戦場では嫌でも目にしてきた。
「科学が呪われ痩せ細った世界で、未だに僕たち人間が社会を営めているのは、良くも悪くもこの呪いという存在のおかげです。世界を歪ませた元凶でもあり、理不尽で不合理で非効率な存在。その上で、時には科学以上の成果をも上げる事も出来る。科学の世ならば卑屈で愚かすぎる妄言ととられるでしょう」
「……でも、ここは人が努力して作った科学の世じゃない」
「その通りです」
エリスは酒棚から先ほどのウィスキーとは別の瓶を取り出す。
銘も書かれていない、東方圏の蒸留酒を手にし、再度、片手に持ったグラスの限界までつぐ。
「科学は、人の英知は既に呪われた。技術と進歩は道を閉ざされた。そして人間には代わりに一つの理が見せられた。呪いという存在には確かな力があると世界は知り、人も使おうと試みた。当時としては狂気染みた行いと思われたでしょうが、それを絵空事と笑えはしなかったでしょう。そりゃそうです。だって、神様自身が呪いを使ってみせたのですから。神様自らが、この世界には呪いが存在すると実践してみせてくれたのですからね!」
言うやエリスはその酒を一気に飲み干した。大げさな身振り。それでもこの男がやると、やはり即席の芸を行っているかのようでもあった。
「神様自身が呪いを証明してみせてくれた。そして人は生きる為には貪欲に力を求めるものです。今までの道を閉ざされたのなら、それを閉ざした神様が行った非道な手段だろうと、自分達でも使えるようにしてみせた。それが呪界という呪い呪われの歴史の始まり。これだけは、考察するまでもない歴史の事実ですね」




