増殖する殺意・2
ガサガサと草やら木々やらをかき分けて、三人の目の前には一匹の犬が歩み寄って来ていた。
そこに人の姿は無い。が、
「おぉ御陵田の旦那か。ヘビを使ってなんてどうしたんだよ?」
エドガーが特に驚きもせず、犬に向かって話しかけた。
残りの二人もその行動に何も言わない。そして当然のように、エドガーの問いに対し、犬が口を開いてみせた。
『なに、お前らに可愛がってもらうのも、こいつが喜ぶと思ってな』
「男に可愛がられてもヘビも嬉しくねえだろ」
『そう言っても女が可愛がるようなナリでもねえからなぁ』
「ハハハ! だったらこんな山ン中じゃなくて都市部のメス犬の所にでも連れてってやれよ。それならそいつも喜ぶと思うぜ?」
『確かに、それも言えてるだろうな』
犬は唸り声を無理やり人の声に変換したようなしゃがれた声でエドガーと会話を続ける。
人語を扱う奇妙な犬。その犬はやはりとでもいうか、その姿もあまりに奇天烈だった。
狼のようにがっしりとした体躯だが、そこに毛は一本も見当たらない。どころかその体中を隈なく覆っているのは本来ならばあり得ないだろう、鱗の肌だった。
本来の毛と皮を剥がされたのか、その身を今度は蛇から剥いだだろう生皮を使って包帯のように覆っているのだ。縦横無尽に巻かれているために鱗の向きはでたらめ。また左右に振っている尻尾だけにはフサフサとした毛が残っており、鱗の体にはあまりに不似合いだった
それでも爬虫類特有の光沢を帯びた黒犬は、特に気にする様子もなく人の言葉を鳴き続ける。
『それよりお前ら、商売の話が来たぞ。こんなところで油売ってるよりはやる気がでるだろう?』
「……仕事か。確かに、エドガーの顔を長時間見続けるよりは糧になりそうだ」
「けッ、負けが続いてるからってひどい事言うチビだぜ」
『おいおい、エドガーもサタジットも止めろ止めろ。これから仕事を頼むんだぞ? 遊びを仕事になんぞ引きずるんじゃねえぞ?』
「あぁ分かってるよ御陵田の旦那よ……しかし伝獣使ってるってことは、オッサンが犬の心臓を握って話しかけてるって訳だ。全く改めて考えると気味悪いもんだぜ」
『そう言うな。伝獣ってのはそういうもんだ』
尻尾をしゅんとさせながらそう犬が、いや犬を使って御陵田という男は言う。
奇怪な犬。それは伝獣と呼ばれる存在だ。
呪術によって生み出された、遠くの人間と会話する為に獣の死体から造られる動き回る死体。
おぞましくも、今では当たり前となった、この時代の道具の姿。
「それより何なんだよ仕事ってのは? 良いねぇ、トランプなんかより楽しそうだ」
蛇犬の言葉に上機嫌に手を広げて聞くエドガーだが、その顔は仕事の内容など聞くまでもなく分かっていると言っていた。目は歪み、『殺人』の愉悦を求めだす。
それも当たり前の事ではあった。何故なら彼らは戦闘、戦争、暗殺を生業とする戦闘屋なのだから。仕事の内容など聞くまでもない。ただ、血を流す行いをするのみだ。
そしてこの集団の舵取りにして蛇皮の犬の伝獣を通して喋る男、御陵田長政は三人に向かって口を開く。蛇犬の歪な人の声が工場内に放たれる。
『なに、いつも通りに人を斬るだけよ。今回は標的を攫ってから殺す。簡単だろエドガー?』
「ハハ、確かに! 標的はどこの奴だよ?」
『それがまたありがたい事に今回はお前らの寝床の目の前の都市に暮らしているらしい』
「そりゃまた良い! 毎度のように遠くまで行く苦労はないわけだ」
エドガーはそう言って小さく笑う。獰猛なトカゲのようないやらしい笑い方だ。
ただ大男の黒人、ジャカルジットはそんなエドガーを無視し仕事の質問をする。
「しかし長政、攫うっていうのはどういう事だ? その場で始末した方が早いだろう。何故、わざわざ連れ去る必要がある?」
『それが依頼者からの注文だからよ。標的以外の周りの人間は極力巻き込まないで殺すという注文だ。まずは攫い、ここで丁重に始末させてもらう』
ふとエドガーが笑いを止め、不思議そうな顔をする。
「なんだそりゃ? 周りを巻き込むなっていう注文は、まぁわからんでもねえがよ、だからってそこで殺さない理由にはならなくないか? その場で殺っちまっても一緒だろ」
「……エドガーのいう通りだ」
呟くようにサタジットも同意するが、
『それが本当に出来るならなぁ』
蛇皮の犬はシュンと耳と尻尾を垂らして億劫そうに首を振ってみせた。
「あぁ? 御陵田の旦那、どういうことだソレ?」
『なに、今回の標的はそう簡単な相手じゃないって事よ』
「簡単じゃないだぁ? それってあっちも戦闘屋だとか呪術師とかって事か?」
『近いが、そうでもねぇんだよなぁ』
「じゃあ何だってんだ?」
話が見えてこない事にエドガーにイラつきがよぎる。それに対し蛇皮の犬は謎々の答えを披露するような口調で言った。
『つまりだお前ら。今回の標的は今までとはまるで違うって事だ』
『――標的は『死なない女』アーナ・イザナミという名前の女だ』




