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極東堕ち・11


「イザナミ。貴様は自分の忌まわしい所業を忘れてはいないか?」

 

 静寂を打ち切りヤユタは続ける

 

「忘れたつもりなら言ってやろうか? お前の……お前の行いのせいでどれだけの人間が苦しみながら死んでいったか。何万の人を殺し、人の営みたる国を滅ぼした。全てを壊した!それが貴様だ!」

 

 ヤユタの右手に力が入る。アーナの細い首を再び砕こうとでもいうかのように。アーナの息が詰まり、更に視界がぼやける。それでもアーナには鮮明に、そして強烈に、目の前に存在する亡国からの使者の言葉を耳にしていた。


 自分が追ってきた。(・・・・・・・・)

 今、アーナにはそう思えた。

 自分の罪が。

 自分自身の否定が。

 決して消してはいけない過去が。

 今ここに、ヤユタ・タケミカズチという姿で現れた。


 自身に残された最後の責任を思い出させる為に現れたとしか思えなかった。

 確かにアーナは死を願っていた。己の罪に対し、唯一の報いの方法がそれだけだと、確かにアーナは理解していたし実感していた。常に死に向かい、罰を受けながら歩いてきた―――つもりだった。


 が、それはいつの間にか違っていたではないか。

 知らない間にその思いは慣れに変わり、どこか薄まり、そして罪を忘れようとていたのではないだろうか。人を呪い殺した畜生のくせに。


(なんて、汚いんだろう。卑怯なんだろうか……わたしはやはり、あまりに汚い……)

 

 アーナ・イザナミは改めて思い知った。。

 自分というのがどれだけ汚わらしいのかを。

 多くの物を呪いに落としてしまったというのがどういうものかを。


「お前は多くの人の人生を捻じ曲げた畜生だ。多くの絶望と災厄を生みだした魔女だ。国という人の希望までも闇に追いやった魔女、それがイザナミ、貴様のはずだ。なのに……そんなお前が、何故、こんな町で――――」 

 


「何故、貴様は笑っていられたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!!」



 ヤユタの体の細胞全てをもって捻り出したような絶叫。

 溜めこんでいた怒りが、恨みが、憎しみが。アーナに向かって放たれていた。もしも神のように恨みに明確な力が在りそれで呪い殺せるなら、アーナは即座に死ねていたのかもしれない。ただ、呪術でもない声で人が人を殺せはしない――その代わりというように。


 ヤユタの左の拳が宙づりのアーナの顔へと飛ばされた。


 幾度も幾度も、幾度も、だ。

 グシャッ、グチャッと、肉と骨がぶつかる音が周囲に響く。

 ヤユタの左拳が連続で女の顔に打ち込まれる。その手にはウラグナの鉄球をも受け止めた右腕の呪術、『葦折りの腕』は発動されていない。只の腕力だ。

 対して殴られ続けるアーナの身には死なせない呪いがその内側に蠢いている。その呪いは死ねばその傷に瞬時に黒い虫が湧くが、逆に言ってしまえば死なない苦痛には呪いは湧き上がりなどしない。


 死なないなら傷なら、そのまま受けろ。

 死んだその時は、逃しはしない。


 下等な虫にまで見下されるような不死の呪い。それはまるで、死ぬまでの苦しむ量を増やすかのよう。

 殴られるたびに体を痙攣させながら、アーナの顔は潰され瞬く間に血に塗れていった。


「ガッ……ギャッ……ガハ!」

「国と人を! 滅ぼし逃げた人間! 笑っているなどッ! 俺は絶対に許さんッ!」


 宙づりにした女を殴りながら、面の下の口からは怨嗟が更に放たれる。

 次第に大振りになる殴打。

 力の限りの拳が女の顔を赤黒く変色させる。その一撃が目玉を潰しどろりとした液が血と零れる。歯が砕かれ血と共に飛び散る。殴られ続けた顔面の骨が遂には砕けて、そこで命に届く。


 そして呪いが噴きだしそれらを治す。


 砕かれた目から、鼻から、口の中の傷から、再び汚らしい呪いの虫どもがあふれ出る。顔を這いまわり、口からこぼれ出し、目と鼻穴からも虫が這い出し、纏い付く。

 それでもヤユタは殴るのを止めない。顔でのたうつ黒い虫くれなど意にも介さず殴り続ける。虫ごと女の顔を潰そうとするように。虫と一緒に女を汚してやろうとでも言うように、殴り続ける。


「すぐにでも死なないといけないお前が何故笑っていた!? 他の者と楽しそうに、そんなに普通に。過去を忘れたつもりか! それともそれで過去を背負っていたつもりか!? ふざけるな魔女ッ!! 祖国を死で覆った罪人が寝ぼけた事を考えるな。貴様に笑う権利も世界にいられる資格も何一つ存在などしていないんだぞ!」


 殴られるたびにアーナの顔から血と虫が飛び散る。血と潰れた虫の混じりあった液が飛び散り、女の顔は人のものではない程に潰されて、虫に治され、再び潰れていく。

 アーナは既に体も痙攣させられず、殴打による死と復活を繰り返すという生き地獄をその身に受け続ける。なおもヤユタはその拳を止めようとはしない。


「お前がしなければならないのはただただ死に続ける事だけだろう! 死ね死ね死ね死ねッ、ただ死ね、いますぐ死ねッ、いい加減に死ねッ! 国が滅んだのも全て貴様のせいなのだから! どんな理由があろうとも、貴様の生涯に残されているのは死だけだ。死んで死んで死んで!!! 死につくせッ!! この虫にも劣るば―――」

 


トンッ、と。



 一心不乱にアーナを殺していた男の右手に妙な衝撃が奔った。

 無心に怨嗟を吐き出していたヤユタにはこの衝撃が何か。直ぐには分からなかった。

 一瞬アーナが苦痛に堪え切れずに手を伸ばしてきたのかと思ったが、違う。彼女の手は力なく、離れた地面へと向けられている。ならば、何だ?



「…………アーナを放せ。そして離れろ」



 ヤユタでもアーナでもない。

 それは右側粉塵の中からの声。

 その声が届く直前に、ヤユタは自身の手首を深々と貫いた物が吹き飛んだ屋台等にあっただろう包丁だと認識するが、


「離れろっていってんだろ鳥野郎オオオオオオオオオオォッ!!」


 その時には声の主たる男から、吹き飛んだ屋台から拾ったらしい大小様々な包丁とナイフ計八本がヤユタ向かって一斉に投げ飛ばされていた。

 ヤユタの右膝を、右股を、右腹を、右脇を、右肩を、右腕を、投げに投げた凶器の群れが真横から標的を刺し貫いた。



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