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極東堕ち・10


「やっと会えたな……アーナ・イザナミ。」


 ヤユタは鳥仮面の下の口から小さく、そして重々しい声を出す。

 先ほどエリスと話したときとは僅かに違う、岩のように無機質で感情のない声で。


「あぁ本当に久しぶりだイザナミよ。極東の呪いを総べた者よ……俺の事を覚えていたのか」

「覚えていたさ……まさか、お前が生きていたとは、な……しかも一介の兵士だったお前が……呪術まで、持って」

「目的の為に祖国の呪術を身につけただけだ。人の移し身たる土人形に銃火器に宿る神の呪いを写しとった我らが国の主力呪術兵器『(ばく)()』。そして体の壊死をさせながら最大限の身体強化を行う『葦折りの腕』……お前には言わずとも分かるだろう。全て貴様が代償なく行使したこともある呪いだからな。全ては目的を、使命を果たす為――――お前のやらかした呪いから生き逃れた俺だけの使命の為だッ!」


 直後だった。

 ボロマントを押しのけヤユタの左手が動く。

 ウラグナの鉄球の一撃をも受け止めてみせた『葦折りの腕』という呪いの左腕が、アーナの首へ横薙ぎの手刀を放った。

 余りにも簡単に、それでいて耳障りな肉の下で骨が砕ける鈍い音が起きる。アーナの首の骨は抵抗も出来ずに砕ける音が、周囲に鳴る。

 

「クズがッ!!」


 砕けた首を視点に、女の体は地面へと叩き落とされた。


「アーナさんッ!」


 エリスが咄嗟に駆け寄ろうとするが、


「邪魔だ」


 ヤユタが間を詰めながらの左の掌底が飛ぶ。

 エリスは鈍い音と共に鳩尾へ豪腕の一撃を受け、軽く数メートル飛ばされる。あっさりと地面へと倒れこみつつ意識を刈り取られ、エリスの動きは完全に止まる。

 ヤユタはそれを横目にしつつ、視線を足元に転がるアーナに向ける。

 完全に首の骨が折られていた。壊れた人形のように、首は妙な角度に折れ曲がり、体は仰向けであるのに、顔は地面を向いていた。

 

 普通ならばこれで女の命は終わりだった。男の復讐は完遂された。

 


――――――が、やはりそれは起こる。




「…………さすがは呪いにまみれた女。この程度ではやはり死なないかッ」


 ヤユタは心の底から蔑むようにそう吐き捨てる。

 石畳に転がったアーナ。その首から、じわりっと肌から滲み出すように何かが燻り、同時に女の肌を食い破るように『ソレら』は爆発的に現れた。

 ソレは影とも黒い靄ともこの世の怨念ともいえる、蛆ともミミズとも芋虫ともつかない土虫の姿をした呪いの群れ。呪いそのものである汚らしい虫くれ共が、女の青ざめた首の皮を食い破り、溢れて狂ったように踊り出でる。

 ぶちゅ、ぶちゅと、女の首で虫共が咀嚼音を鳴らすかのように悶え続ける。蠢き、汚し、犯すように、女の負傷を糧に不愉快な程にのたくりまわる虫くれ共。そしてその蹂躙に呼応するように、地面に向けられていた頭部は、通常の仰向けの向きへと動いていく。


 虫どもの狂乱はほんの数秒、それでも見る物に余りに長い狂乱を行い終えると、虫どもはあっけなく黒い霧になって消え失せる。


「――――うっ」


 そして呻きと共にアーナの息が吹き返す。

 体内から滲み出た虫どもはまるで白昼夢だったかのように風化していく。消えた後の首は、自然な角度で元通りになり、虫が汚した跡など欠片も見当たらなかった。


「化け物が」


 それらすべてが終わるのを待っていたかのように、ヤユタは体重を乗せた蹴りをアーナの体に次々と打ち込んだ。鉄槌のような蹴りを真上から打ち込まれ、アーナの背と肺に潰れるような痛みと衝撃が走る。


「がッ! ぎ!」


 アーナが苦悶に顔を歪ませるが、ヤユタは一切加減も躊躇もしないで蹴り続ける。


「やはりこの程度じゃ! 死ぬわけもないか! くそ、舐めた存在だよお前はッ!!」


 ヤユタは真上から振り下ろす蹴りを言葉と共に幾度も幾度も放つ。何回かで肋骨が砕け、その蹴りが今まで以上に女の体に深く突き刺さる。アーナが痛みに目見開くが、それでも蹴りは止まらない。何発も何発も何発も、腹といわず肩も手も顔にも鉄槌のような蹴りが打ち込まれる。


「がッ!? がっは!!」

「はぁッ、はぁッ……糞が」


 ヤユタの蹴りが止まり、今度は右手一本でアーナの首を掴み、そのまま宙づりにした。血を吐くアーナは力なく吊りあげられ、ヤユタを見つめる。

 抵抗せず吊り上げられるアーナを、ヤユタはそのまま見上げる。


「……汚れた女だ。ただこうして見てもだイザナミ、お前は何も変わっていないな。皆が憧れ、国の最深部で国に人の尽くしていた時のまま。外見は誰よりも美しいままだ」

 

 先程までとは裏腹に、静かな声色でヤユタは言う。その言いようはどこか色褪せない思い出を懐かしむようだった。

 未だ周囲では砂煙が舞いあがり都市の各所でも一斉爆破での騒音が続く中、首を握られた女と握った男は、仮面越しとはいえ静かに互いを見合う。

 ただ吊り上げられたアーナは息もまともに出来ず、その意識が遠のきそうになりながら、『ある思い』を感じていた。



(――――――――――――あぁ……)

 


 歪な静寂の中で、アーナは自身の内側から一つの感情が心にも体にも広がっていくのを感じていた。

 いやそれは、改めて痛感したといった方が正しいとも思えた。



(――――あぁ――――そうだ。私は、そうだったじゃないか)



 ひたすらにどす黒く。

 微動だにしていないようで、胸の中で暴れ狂いだす。

 岩の様に重いくせに、炎のように体の中で暴れまわり、体の芯から押しつぶそうとするもの。

 

(そうだ。私は、死なないといけない存在じゃないか――――)


 それは単純に罪悪と言われる業火。自分がどれだけの罪を犯したか再認識するという、あまりに愚かで罪深い気づきだった。


更新止まっており申し訳ありませんでした。また少しずつ続けていきますので、見てくれる方はまた宜しくお願い致します。

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