極東堕ち・9
石畳の大通りに爆音と粉塵が再度起こる。
石畳の破片が飛散し、人の逃げた屋台や家々の壁に激突し、煙は再び周囲を舞う。
煙が発生して数秒。そう感じたが、実際はもっと長いのかもしれない。
エリスは手出しなど出来るはずもなく、目の前の戦場を見つめていたが、もうもうとした煙の中から、悠々と鴉の面をした男が歩み出てきたのを視認し息を呑む。
「…………ウラグナさんと、キクチヨ君は」
「直撃だ。死んだよ」
「――ッ!」
「所詮は大儀も何もない傭兵共だ」
ヤユタはエリスに近づきながら、正しくはその後方に竜アーナに近づきながら感情もなく言い放った。
「ヤユタ、さん……あなたは……」
「不義理を行い申し訳ない団長殿。ただ私の目的はそこの禁術師だけ。何も言わずどいてくれないか? 邪魔するなら叩き伏すしかなくなる」
「…………それは、困りましたね」
エリスは苦笑しながらも一歩前へ。ヤユタとアーナの直線上に入るように動く。
それを見ても、ヤユタは歩みを緩めない。エリスとの距離はすでに二十メートルもない。
(警備隊が来るまで、なんとか僕で時間を稼げますかね……)
呪術師の止まらぬ接近に、エリスは背中に嫌な汗をかきつつも、どうにか自身にある唯一の打開策を考える。
「ここにきたのも、どこかでアーナさんの噂を聞かれたという事ですか」
「その通りだ。いくら殺しても死なない者がいる。どこの戦場や裏稼業でも聞くありふれた話だが、それらをしらみ潰しにして来ただけの事だ」
「また怖い事をされますね…………一つだけ、お聞きしても良いでしょうか?」
「何をだろうか、団長殿?」
「いえ、こんな事言うのも可笑しいかもしれませんが……改めてウチに入るつもりはありませんか?」
互いの距離、僅か十メートルも切ったところで、ヤユタは足を止めてくれる。
「冗談にしては性質が悪いと思うが?」
「あながち冗談でもありませんよ。なにせ、」
ちらりと、エリスが土煙が舞うヤユタの後方に目をやる。つい最後の攻撃。二人の団員が吹き飛んでしまったその場所を。
「大事な団員が二人もいなくなってしまいましたからね」
「そうした当人を勧誘する意味が分からないが」
「それはそれですよ。どちらにしろウチは慢性的な人手不足ですからねぇ。何より、僕は貴方が嫌いではない。僕が入って欲しいと思っただけのことです」
「なるほど。団長、お前は小賢しいクズの類のようだな」
「やぁ手厳しいですね、しかしどういうものがクズと仰るのか、ヤユタさんのご意見を伺いたいですね」
「聞いてどうする」
「ちょっとした興味本位からですよ。教えて頂けると、僕も今後の糧になるんですけどねぇ」
「そうか……そうだな、そうゆうことなら」
言うやヤユタの右手が動く。ボロマントの下から手を出し、その手には新たな土人形が握られている。
エリスが身構えるが、そこに先ほどの物との差異に気付く。
取り出された土人形、それは先ほどまでの赤土のような赤黒い人形ではなく、炭でも混ぜ込んだような黒色の人形だった。
(ちがう? 色だけではない。だけど……なら一体何がさっきと違う?)
エリスが答えを出せぬ間に、ヤユタはその手の黒い土人形を砕いた。
今までのように砕いて投げるではなく、その手の中で直接、握りつぶしてみせる。砕けた人形がポロポロと指の間から落ちてゆく。エリスに見せつけるように。
エリスが怪訝に思う次の瞬間。
ヤユタの後背、その三か所から耳を破壊するような轟音が鳴り響いた。
「tッッッ!!?」
突然の爆音にエリスは咄嗟に体を縮め耳を覆う。
轟音。それは先ほどまで間近で起こっていた爆発音と同じだったが、規模がまるで違う。気づけば町並みの間からは異常な量の砂煙が噴きあがっている。
エリスが周囲を見る。目の前で起こった三か所の砂煙。そして真反対の方角でも三か所の砂煙。つまりは計六か所の位置から轟音が響いたのだ。
「これは………」
「この都市の交通の要所。議員施設。正門等の防衛箇所。こんな所とは比較にならない重要箇所に配置していた『爆奴』共をいま起爆した」
呆然と周囲を伺うエリスに、ヤユタは静かに告げる。
「これで答える時間程度は稼げるだろう」
「……また、派手な事をされますね」
顔に出そうになる苦渋を苦笑いにまで薄めて、再びエリスはヤユタに向かう。
呆気にとられる間に互いの距離は既に五メートル。もう逃げる事も叶わない。
「ヤユタさん。先ほどのクズという話ですが」
「あぁ、私の答えを言おうか」
「いえ、その前にもう一つ尋ねます……無関係な都市の住民を巻き込む爆弾テロを行う事は、僕的にはクズな行為になってしまうと思うのですが、どう思います?」
「お前のように自分の団員を殺した男を、足止めだとしても勧誘するようなクズよりはマシだろう」
そう言い、ヤユタはエリスの三メートルほどで止まる。ボロマントで体も腕も見えず、その下では爆弾人形を構えているのか、二人を投げ飛ばした奇怪な腕を構えているのか、エリスには判断がつかなかった。
そして対するエリスは菊千代やウラグナのような剣術も怪力もない。呪術も一般的な伝獣といった簡単なものが扱えるだけで戦闘的な呪術は使えない。ここでアーナへの道を開けない事は、同時に死という簡単な答えに辿り着く事になる。
(これは、どうしますかね……)
エリスは己が死地にいる事を実感しつつ、なお考える。何とかこの状況を好転させようと頭を絞るが、目の前の呪術師はそれを物理的に押しつぶすように迫り着ている。
そしてそれを察してなのか――――エリスが次の行動に移るより前に、アーナはその横へと歩み出た。
「アーナさんッ!?」
「エリスは下がっててくれ」
驚くエリスを手で制し、俯いていたままのアーナは自身を追ってきた男、ヤユタも前へと対峙した。
エリスが閉口し、その動向を見守る中、アーナとヤユタは互いに一メートル程の距離を取る。アーナは顔を上げる。
「久しぶりだな……ヤユタ」
アーナは小さく、そして悲しそうに笑った。
どこか泣くのを我慢するかのように。
それは、いつもの不敵に微笑む彼女らしくもない、あまりに弱弱しい笑みだった。




