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極東堕ち・8


 聞くや菊千代はヤユタに向かって突撃した。


 刀身だけで一メートルを優に超す長剣を背から引き抜き、右肩に担ぐように構え敵たる呪術師へと最短距離で間合いを詰める。

 動き出すきっかけは簡単だった。

 不意の一撃も、異形の面も、呪術師の名も、菊千代がすぐさま斬り込む理由には含まれてはいない。間髪入れずに駆けた理由はヤユタのほんの一言。


『そこの禁術師を殺す』


 この言葉だけだった。


(呪術を使う前に潰すッ!)

 

 アーナを殺す気なら、もうそれ以上の理由は必要ない。問答無用で排除するだけだ。

 ただしかし、そんな曲芸団員の考えなど、相対する呪術師には想定通りの行動でしかなかった。

 菊千代が斬撃の間合いに入り込むより先に、


「素早いが剣士、それは悪手だ」



 呪術師ヤユタは強襲の虚も突かれず、ボロマントのしたから土人形を投げ打った。

 マントの下から出された右手から二体。

 投げた時の力の入れ加減で砕いたのか、既に片手と片足がそれぞれ欠けた土人形が突進する菊千代の正面へと放たれた。


「またそれか!」


 菊千代が突進の軌道を横に変え避けようとする。

 が、破損した土人形は菊千代の数メートル前で紫に光ったと思った瞬間、再びの爆発を巻き起こした。

 人形二体分。

 単純に、初撃の二倍の爆発が巻き起こり、爆風を避けきれなかった菊千代は十数メートル離れた煉瓦の壁まで吹っ飛ばされた。


「ぐっっ、あ!?」


 背中から壁にぶち当たり、菊千代の肺から空気が搾り出される。

 が、反射的に構えた長剣の幅の広さで僅かに爆発を受けたのか、菊千代目の前が明滅して意識が途切れそうにはなるが意識を保てた。

 必死に、獣ようにすぐさま体勢を整えようとする。

 それに対しヤユタは更に土人形を片手に二体ずつ、計四体をマントから取り出し、下手投げに菊千代へと投げ打つ。投げる際、指に力を込める事で土人形にひびが入り、手から離れた時には人形の手か足は砕かれた状態へ。

 

 隠す気も無い。それが起爆のスイッチだった。


 投げられて数秒、呪術の人形は次々と紫の光を灯した矢先に周囲に爆炎を撒き散らした。


「う、おおおおお!!」


 菊千代は揺れる視界のまま壁沿いを必死に駆け出す。

 迫りきた人形の爆撃を背を叩く。が、足だけは不恰好でも止めない。爆発から逃れるように、同時に斬り込む隙を見つけようとヤユタを見据える。

 が、ヤユタもその場で律儀に止まっていない。足を少しずつだが動かし、菊千代に相対するよう動いている。

 これは投擲の拍子を縫って菊千代に斬り込まれないよう、その動きを正面から捉えようとしているのだ。

 事実菊千代は近づけない。

 投擲の拍子をずらし、菊千代を投擲の後手後手へと追いやっていた。


(近づけない……ッ)


 絶え間ない爆発から辛うじて避ける菊千代。そこにヤユタは更に追撃を加えようとするが、その動きがぴたりと止まった。


 察知したのだ。

 菊千代とは反対方向から。押し殺した殺意が自身に近づいたのを。

 

「やるな小娘」

「ちっ!」


 ウラグナの舌打ちがヤユタに届いた。

 ヤユタが振り返った目の前の上空。その三メートル程の空中には、人の頭ほどもある鉄球を振り上げたウラグナが気配なく飛び掛かっていた。


 ヤユタはその事にギリギリのタイミングで察知はしたが、


(だけどこの距離じゃ爆弾なんて無理よッ)


 ウラグナが闘志を宿した笑みを浮かべ、落下と共に鉄球を振り下ろす。

 両手で鉄棒の端を持ち、弓なりに反らした体の反動も乗せた力任せの一撃を叩き込む。


「砕けろ!」


 が、


「拒否だ!」


 異質な轟音が周囲に反響した。

 それこそ金属同士が思い切りぶつかったような耳障りな激突音が周囲に響く。

 目の前の事態に、アーナは空中で瞠目した。

 

 あろうことかヤユタは、アーナの一撃を頭上に振り上げた左手一本で、仮面の寸前というギリギリのタイミングでも受け止めてみせていた。

 

 鉄球の衝撃に呪術師の腰は落ち、踏ん張った両足から石畳にひびまで入るが、同時に鉄球の一撃は止まり、その頭蓋には達していない。


「なっ!?」

「ぐっっむ。大した、一撃だ。この『葦折(あしお)りの腕』でも支えるのが精一杯とは。驚かされたぞ!」


 ここでウラグナは理解した。

 鉄球の衝撃で腕の服が破れ露わになり、そこから見えたのだ。

 

 鉄球を受け止めた左腕。指先から肩口までの血管という血管が大小余さず腕から浮き出しているた。

 そして何より異常なのは、浮き出した腕の血管全てには、奇怪な緑色の紋様が内から滲み出したかのように刻み込まれていた。

 異形に満ちた呪術師の左腕。それが鉄球の一撃を掴みとり、そのまま力ずくで鉄球を捉え続ける。


「しかし。それでは私は砕けなどしな、」

「なら素直に斬り殺されろッ!」


 ヤユタの背後に回り込んでいた菊千代が吠える。

 長剣を大上段に構え、ヤユタを両断すべく斬撃の間合いへ一足飛びで入り込んでいた。

()った!)


 菊千代が確信と共に長剣を振り下ろそうとする。

 その直前、


「阿呆が!」


 ヤユタが体全体のバネを使い反転。奇怪な左手で鉄球を掴んだまま、それを握るウラグナごと振りかぶり、菊千代目掛けて投げつけた。


「「うッ」」


 菊千代と空中のウラグナの目が合う。

 このまま振り下ろしても斬ってしまうのはウラグナだけ。そう察した菊千代は振り下ろそうとした切っ先を咄嗟に大上段のままで止める。

 が、それにより菊千代の体はその場に居着く(・・・)

 体の動きを、自ら殺してしまう。

 

 そこに、空中で投げられてどうしようもないウラグナが真正面から激突した。


 盛大に、二人まとめて地面を転がる。もみくちゃになってヤユタから遠ざかっていく。

 そんな菊千代とウラグナに対し、呪術師は新たな土人形二体を放る。

 二人が必死に態勢を立て直そうと四つん這いに体を止めるが、その目の前には、土人形。


「菊千代逃げッ」「ウラグナッ!」


 互いの名が叫ばれる。

 直後だった。

 呪いの人形は二人の至近で、情け容赦なく爆発した。


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