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極東堕ち・7

 

 エリスは周辺の座席に目を回す。

 そこは多くの人が忙しなく歩きあう大きな広場。屋台街に寄り添うように広場に設けられた食事スペースだ。


「みなさんは、どこですかねえ」

「外で食事をしようと仰っていましたが、もしかして最初に本社の前ですれ違った方々をお探しで?」

「やぁそうですね。せっかくなら食事ついでにすぐに顔合わせとしておいた方が良いと思いましてね

「……それは、非常に在り難いですね団長。心より感謝します」

「あはは、大仰ですよ、 それで、と…………お、あそこですかね!」

 

 エリスは共有スペースの端っこの席に向かい進んでいく。

 他の席から少し離れたそこでは、人の頭以上の大きさの特大鉄球を振り上げる少女とそれを必死に制止する男。そしてそんな光景をニヤニヤと眺める女性の三人がいた。


 鬼気迫る雰囲気(周囲にはそう見られて人々が離れていっていた)の三人に、エリスは大きく手を振り歩み寄る


「やぁまぁ三人ともぉ」

 

 それを耳にし、三人は声の方を向く。

 振り下ろした鉄球を途中で止めるウラグナ。鼻先ギリギリに鉄球が当たり青ざめる菊千代。酒を片手にアーナの三人が口々に言う。


「あ、団長! 遅いですよ、また菊千代がセクハ」

「だから違うっていってんだろ過剰娘」

「意外に早かったなエリス―――おや? 隣の人は先ほどの代神者殿か?」


 三人が見ればこちらに来るエリスの隣にもう一人、ほんの少し前に会った灰色マントの男がその一歩後ろにいた。

 そのままエリスとマント男は三人のテーブルの前にまで歩み寄ると、エリスが手を広げ満面の笑みを浮かべる。


「そう先ほど皆さんも少しお会いした新しい団員さんですよ! ちょうど良いから三人にも紹介しようと思いましてね。彼もそうしたいと言ってくれたので!」


 それに対し菊千代がそれって、と呟きながら、


「その代神者さん本当に『がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』に入るって事か?」

「そうですよ! まぁ代神者といっても裏方のお仕事をしていただく予定ですがね。ではまずこちらの新たな団員さんのお名前ですが、」


 そうエリスが言おうとすると、隣のマントの男はエリスの前に手を出し、遮った。

 そしておもむろに、フードの下から見えない口を開く。


「団長。自己紹介は自身でやらせて下さい」

「あ、そうしますか。それは申し訳ないです」

「いえ、どうも」


 エリスが席に座る三人に背を向ける。既存団員達の四人が同じ方向を向き、新たな団員となる代神者の言葉を四人は待った。


しかし。



発せられた言葉は、四人が全く予期しなかった言葉で始まった。




「お久しぶりですアーナ・イザナミ。憶えておいでですかな?」




 四人の思考が一瞬、確かに止まる。

 無理もない。

 男はまだ会話もしていないアーナのフルネームを何の前触れもなく言い放ったのだから。

 

 いや、名前だけならこうはならなかっただろう。

 仮にも人材派遣の曲芸団。

 個々人は都市内外問わず仕事を行っている。ならば知らぬ所で名が広がるのも分かる。

 それだけならまだ思考の停滞などという愚を四人揃ってなど犯さなかったかもしれない。


 だが男は言っている。


 憶えているかと。


 静かな声で、死なない女に尋ねている。

 


 驚く四人を無視して男は続けた。


「そちらは何もお変わりないようだな……本当に変わっていない。全く、死なない身体とは、便利なものなのだな」

 

 あっという間に男の口調からは慇懃さがボロボロと剥ぎ落ちていった。

 その代わりというように、その声にはとある感情がこめられていく。

 エリスが未だ怪訝に感じる間に、いち早く菊千代はそれに感づく。肌に馴染んだ気配にやっとだが反応する。

 その感情は敵意と殺意。

 何かを進んで害しようとする者が持つ狂気の気配。

 復讐戦といった戦場で肌に刺さるほどに感じた、絶対の殺しの場で満ちるもの。


(ヤバイッ―――)


 菊千代が椅子から腰を浮かせるが、



「しかしおかげ見つけられたぞ。忌まわしい禁忌術師をなッ!」



 マント男はいつの間にか手に持っていた『呪具(じゅぐ)』を四人のテーブルの上に無造作に放っていた。菊千代が察知し、彼が椅子から斬り込もうとしたより一歩先に、投じられた。

 テーブル上に投げ置かれた物は手の内に収まるほどの大きさの、土で形作られた人形。

 藁人形に赤黒い粘土で肉付けしたような紋様付きの土人形。

 だが、その片足投げ出された衝撃でか砕けて破損している。

 突如テーブルに放たれた壊れた土人形。そう四人が認識した次の瞬間、



 前触れなく、土人形が爆発した。



 紫の炎が舞う。

 紫炎の爆発がテーブルを木っ端にし、爆風は周りのテーブルや椅子、石畳をも吹き飛ばす。

 衝撃波と黒い煙が広場の周囲を飛散し埋め尽くした。


 爆弾人形。


 それはほぼ確実に呪術による物。

 白昼堂々の爆発と粉塵が舞い、


「「くそったれ!」」


 そこから二つの人影が飛び出した。


「呪術の爆弾! 昼間っからふざけたモン使いやがって嘘つきが。何が代神者だよ!」


 大通りの真ん中に出てきた一人は様々な刀剣を身に帯びた人物、菊千代。その脇には黒衣を纏った魔女、アーナが抱えられている。

 その菊千代の隣で立ったのは共に脱出し、既に鉄球を構えたウラグナだ。

 足元には引きずりながらも助けた彼らの団長、エリスを乱暴に後ろに投げ飛ばす。

 ウラグナは鉄球を槍のように突き出し、


「初手で私たちを完全に殺す気での攻撃。容赦ないわね」

「容赦なんてする気もねえんだろ……上等だッ」


 突然の爆発に憩いの広場が狂騒へと一瞬で変化していた。

 爆発の薙ぎ払われた周辺の人と物。同時に紫の火と衝撃に襲われ絶叫する人々。

 先ほどの菊千代達のように呆然とする人も多くいたが、それを許さないとでも言うように、粉塵の中から更に土人形が数体、広場のあちこちに飛来する。

 奇怪な紋様の突いた不出来な人形たちは力なく宙を移動し、そのまま何もなく地面へ落ちる。堕ちた衝撃で手足や頭が砕けてしまい、

 

 僅かの間をおいて、人形が新たな爆発の元凶となる。


 無作為に、広場で爆発が続いていく。

 そこに居た人々は、まるで訳も分からず突然の爆発に対して必死に背を向け逃げていく。



 そんな中で、菊千代とウラグナは粉塵の中を油断無く睨んで出方を窺う。

 そして特に目くばせしたわけでもなく、二人はほぼ同時にここから撤退しようと思考するが、


 そんな二人とは異なり、菊千代の後ろに下ろされたアーナはふらりと立ち上がる。

 

「姉さん危ないから、団長みたいにもっと後ろに」

「―――なんで、おまえが、」

 

 それは絞り出したような声だった。

 アーナは呆然とした表情で粉塵の奥を見つめる。そこに普段の不吉な笑みは無い。ただ目を見開いて、そこにやどる筈の光りは虚空に消えてしまっているようだった。


「姉さん!? どうしたの?」

「なんで……」

「おいアーナ! 下がれやお前!」

「……」


(っち、何だってンだこんな時に!)。


 少しずつ薄れる灰色の煙。その中心から、声が届く。


「がらくたなどと名乗っている組織の戦士にしては良い動きだな。しかし、一瞬で楽にしてやろうという慈悲が効かないのもまた、がらくただな」


 見下すような声を投げつけながら粉塵から現れた偽の代神者――いや、呪術師は灰色のフードを頭から外す。

 が、素顔は見えない。

 そこにあったのは木彫りの面。表面は生肌を剥いたように紅く塗られており、彫られた紋様は鳥の顔を模しているようだった。(くちばし)が牙のように大きく鋭い鳥の顔をした、異形の仮面。

 菊千代が探る様に目を細め、


「ガルーダ、とか言うのとは何か違うな…………そりゃ(からす)の面か?」

「教えておこう、八咫烏(やたがらす)の面だ……自己紹介の途中だったな。改めて、名乗っておこうか」


 八咫烏の面の下から、仲間になるはずだった『呪術師』は曲芸団へ告げる。



「名は、耶由侘――――ヤユタ・タケミカズチ」




「そこの禁忌術師を殺し尽くす為に、堕ちた東の果てよりこの曲芸団へ辿りついた。今は無い―――とある亡国の生き残りだ」




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