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極東堕ち・5

 

 そこからは何事もなくアーナ、菊千代、ウラグナの三人は都市に数ある屋台街の一つに着いた。都市に中心に伸びる多くの大通り、そのいくつかには作りもまるで違う大小様々な屋台が両端に連なり、広いはずの通りに圧迫感を感じさせている。

 三人は各々が屋台で食事を購入すると通り沿いに隣接した広場に大きく陣取られた共有の食事スペースの端っこに座った。本格的な昼時ならば人がにぎわい場所取りも大変だったろうが、昼にしてはまだ時間が早いためかまだ周囲のの席に客はほぼおらず、広場はちょっとした貸しきり状態になっていた。

 ウラグナはパエリア、菊千代は骨付きラム肉と麦パン、アーナはナンを一枚そのままにウィスキーのボトルに口をつけていた。


 

「んあ? 都市長が死んだって?」



 ラム肉をテーブルに置かれていた粗末なナイフで切って口に放り込みながら、菊千代が言う。


「都市長ってあれだろ? 確か結構爺さんだったと思うけど」

「そうよ。90歳の大往生、寸前まで現役で活躍したんだから大したお爺ちゃんだったわ」


 鉄球棍を脇に置いたウラグナはスプーンに手を延ばしながら言う。


「私も団長の付き添いや警備の仕事で顔を合わせた事あるけど、人辺りも良いお爺ちゃんて印象だった。亡くなって聞いたとき、私自身も少し寂しかったわ」

「それって最近の事か?」

「二人が戻ってくる二週間まえくらいの事よ。都市でも大きな葬儀になって、団長も裏方雑用で協力したらしいわ」

「そうなのか……エリスもお前も大変だったな」

「別に大変ってわけじゃないけどね」

「しかし菊千代や私に早く戻ってきた事と都市長の死、何か関係があるようには思えんが……まさかその都市長、もしかして呪いで殺されでもしたのか?」

「いや姉さんそれは無いと思う。とても恨まれるような人ではなかったし」

「苦しんだ形跡は?」

「特にないそう。眠りながら穏やかに、だったそうよ」

「そうか……それが確かなら、呪いで殺害されたようには思えないわね。呪いなら私に検死でもさせたいのかと思ったのだがね」


 当てが外れたとアーナは酒瓶を大きく傾ける。

 ウラグナは久しぶりに見たその飲みっぷりに目をみはりつつ答える。


「もしかしたら団長はそれも考えているかもしれないけど、単純に都市の変事で人手が欲しかったのが本当の所だと思うわ。なによりこの都市も長年のトップがいなくなって色々と混乱や機能不全が起こっている。おまけにうちの団員は外に出払っちゃってて突然の都市からの依頼に対応するための人手も少ない状態」

「そこで少しでも近場に出ていた私たちに連絡が来たという事か。ただ私とそこの馬鹿で足しになるとは思えんがな」

「人の事言えるのかてめえは」

「とにかくそんな事情から二人にも早く戻って欲しかったのよ。私も都市の警備隊からの協力要請で他の依頼に対して動きが取りづらい状況だしね」

 

 肩を回しながらウラグナは軽い溜息をこぼす。冗談半分だが、残りの半分が本当に疲れも有るのだろう。

 

「あ、じゃあさっきのグリンメルスとか言ってた男どもも依頼主って事なの?」

「いや、そうではないのよね。グリンメルスは都市の武力の一つ、都市警備隊とは別の指揮系統の武力集団。警備隊が都市の盾なら、グリンメルスは剣といった組織なの」

「都市の剣、という割にはずいぶんと小悪党な役人のようにも見えたわね」

「元々武力行使を前提にした組織だから特色として血の気が多いのはしょうがないのよ。ただ問題なのは……」

「問題なのは?」

「……都市長が亡くなってグリンメルスが行動の範囲を広げているの。本来都市内の警邏は都市警備隊の主任務なんだけど」

「ふむ、都市の武力をもつ組織間で軋轢が生じているというのね」

「そうなるわね姉さん」 


 ウラグナとアーアの話を聞いていた菊千代はナイフで切るのが面倒になったのか、ラム肉の骨部分を掴みとりつつ疑問を口にする。


「軋轢って、なんだそりゃ? ただでさえ都市長が逝っちまったんだろ? ここら辺りの都市紛争はしばらく無いって聞いてるけど安全てわけでもねえ、ギクシャクさせてる場合なのかよ?」

「馬鹿が、都市長がいなくなったからだろう」

「だからそんな時こそ足並みそろえるもんじゃねえか?」

「現場一筋のお前のようなものにはそう感じるだろうが組織の上のものにしてみれば、現状は組織間の優位性を確立するチャンスとも言える。グリンメルスというのが独立性の強い組織だというのならばそれこそ都市の中枢での自分たちの立場を強める好機と捉えてもおかしくない」

「たぶん姉さんのいう事が近いんだと思う。元々グリンメルスは都市長たちの議会直轄と言うこともあって警備隊とは毛色の違う組織。両方とも仲は元から良くはなかったけど、それでも都市長の下で協力してた」

「そんな重石が無くなって、都市内での組織対立というわけか。成程、小規模ながらも戦力のある怪しいサーカス団などこのイザコザついでにどうなってもおかしくない。エリスも頭が重い事だろう」

 

「姉さんそんな他人事みたいに……まぁ大筋はそんなところかな。そんな時に人では足りないから団長もご自身も動きまわっているわけなの」

「へぇええ、そうだったんか……んまあ俺とかは他の団員とあんまり会った事ねぇから、人手が無いとか言われても正直実感ねえがな」

「ふむ、そこは菊千代と同感かもしれんな」

「……姉さんも菊千代ももう少し身内と交友深めた方が良いわよ?」


 ウラグナが呆れたという調子で言い、食事を口に運んだ。

がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』本社には団員用の部屋も設けられていてウラグナはそこで生活している為、他の団員と関わる事も多い。

 しかしその他の団員は町の借り部屋や自身の家、そもそもこの町で生活せず仕事を受けにくる以外は流浪している者も少なからずおり、そうした団員が他の団員との繋がりが薄いのは普通の事でもあった。

 アーナと菊千代も海岸線沿いのアパートメントをそれぞれ部屋としており、菊千代が顔の分かる団員はウラグナも入れて数人。アーナに至っては一人もいないんじゃないかと菊千代は考えていた。


 欠陥だらけの派遣曲芸団の、それが今の所の日常だった。



「他の団員の事ぐらい知ってて損は無いわよ。その気になれば本社の名簿で連絡ぐらい取れるんだからね」

「安心しろウラグナ。私はそこまで他人に興味がないからな」

「いや姉さん。それは自身満々に言う事ではないんじゃ」


 ウラグナの返しに菊千代も同意する。


「ウラグナの言うとおりだなアーナ。そんな事は胸を張って言うような事じゃねぇ、って何だウラグナ! なんで武器に手をのばしてんだ!?」

「こんのスケベがッ、あんた胸って。セクハラは止めろって言ってるじゃないの!」

「だぁから何かセクハラだ!? お前のの頭の方がこっちゃ心配になるわッ」

「ふむ……そうだぞ菊千代。今のはセクハラだぞ」

「アーナ、まあとりあえず乗っとくかみたいなノリだけで場をかき乱すな って、あ!おおい待てウラグナ、こんなところで振り回すな怪力娘! って、いや本当に待て待て待ってぇええ!」


 鉄球などもう御免だと、菊千代が必死にウラグナに謝る。

 アーナはそれを見つつテーブルの酒瓶を手にしながら、声を殺して微笑むのみだった。

 ただいつもの陰のある含み笑いとか違う、それは素直な笑みだった。アーナ自身意識したわけではないが、必死な菊千代と怒り状態のウラグナが互いにこちらを見ていないからこそ浮かんだ笑みだった。



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