プロローグ・3
『やぁやぁ無事に仕事は片付いたようですね! どうもお疲れ様! そして申し訳ないですね。敵討ちなんて嫌な依頼を回してしまって。いくらキクチヨ君の腕が良いと言っても前回が町の畑のお手伝いでその前が葡萄酒造りのアシスタント等だというのにいきなり殺しですもんねぇ。差がありすぎて気分が悪くもなるでしょ。おまけにもう一つそっちで仕事を片付けて来てもらわないといけないとは本当に頭が下がります。こちらに帰ってきたら報酬だけでなく僕個人からのお礼とお詫びとして何か贈りますよ。何が良いかな?』
夕日は既に陰り出し、最後の陽光がビル内を一際赤く照らす中、生臭い廃ビルの中では陽気な男の声が長々と響いた。
壁に寄り掛かっている菊千代からではない。
声はビルの縁に止まる、夕焼けをバックにした『奇妙な小鳥』から発せられていた。
『やはり食べ物かな。質のいい牛を手に入れたところなんですよ。あ、他の団員も呼んで宴会というのはどうです? きっと楽しい! おっとアーナさんは牛食べれましたっけ?』
流暢に言葉を紡ぐ赤い小鳥には目が無かった。
抉り出されているのだ。その中には何もなく、奥の肉の壁が見えるだけ。空洞だ。
更には頭のてっぺんからから喉笛を細長い釘が貫通し、釘の先端は小鳥の足元まで届く始末だ。
とても生きていられる状態ではない。
しかし小鳥はまるで気付いていないかのように喋り、おまけに人間顔負けに身振り羽振りまで交えていた。
対して真っ黒な装束を纏う女、アーナはその禍々しい雰囲気とは裏腹に凛とした声で、
「私の心配までするとは、相変わらずねエリス。伝獣の作りの酷さも含めて。とりあえず私の心配は大丈夫さ。それにこんな仕事で礼や詫びなど必要ない」
目のない小鳥に微笑んだ。
この小鳥、名を伝獣という。
『呪術』の力で遠くの相手と会話する為の存在。
それを通じて菊千代とアーナと会話する、エリスという名の男にアーナは言う。
「極上の酒を渡してくれればそれでいいさ」
「結局貰うのかお前っ」
「むっ、自分が下戸だからと喚くな菊千代。まったく、これだから傭兵崩れは」
「え、いや別に飲めないから言った訳じゃ、」
「すまんなエリス、菊千代が我が儘を言って。相当極上なのが良いらしい」
「何で俺になってんだよ!」
菊千代の叫びにエリスは笑いだし、合わせて小鳥も羽でパンパンと拍手した。
『やぁやぁ君たちは相変わらず良いコンビですね』
アーナが顔を押さえる。
「そんな酷い事言わないでよエリス。泣きそうだ」
「いや泣くなよ。嘘泣きでも傷つくっての」
「嘘で泣ける程私は器用じゃないんだぞ……?」
「マジ泣きとか嘘だろう! 嘘だろオイッ!?」
「お前みたいな人格破綻者と一緒にされれば泣くにきまってるだろう」
「破綻者とかそれだけは言われたくねえッ! お前が人の事言える立場かッ!」
「もちろん」
「即答かよッ!?」
まったく、そう菊千代はぼやいて壁から離れる。
部屋の真ん中で大の字で倒れる頭部がほぼ無い死体へ歩み寄ると、それが握っていた粗末なサーベルを取り上げた。
「……先端がアレだが、まあ使い捨てでなら使えるか」
刃を吟味し、菊千代は片手でサーベルを横に振る。
空を切る音がし、傷ついた先端が伝獣へと向けられる。
「どっちにしろエリス。俺らへの御褒美っていってもまだ先だろ? まだこの街には依頼がある」
『……やぁ、はい。キクチヨ君の言う通りです。連続で申し訳ないですが』
「元々そっちのほうが俺らのメインだろ」
『はい、今日は休んで、依頼者には明日にでも顔合わせをお願いします。細かい事は現場のお二人に任せます』
「ふふふふふッ」
顔を伏せて、アーナは可笑しそうに笑う。可笑しそうに、そして不気味に。
「……何、気味の悪い笑い方してやがるお前は?」
「いやなに、お前達なら、私の笑いの意味ぐらい分かるだろう?」
笑うアーナが顔を上げる。
整った顔、その口の端が三日月のように吊り上がっている。
心底嬉しそうでいて、それでいて見る者に不気味にしか映らない笑み。
美女の邪悪な笑みに、菊千代と伝獣が嘆息する
『アーナさんにこういうのも失礼ですが、死に急ぐような事は控えてくださいね?』
「心配するなエリス団長。菊千代の言う通り次が本命。団員として団長がまわしてくれた仕事は一人であろうと遂行しようと努めるさ」
「一人じゃねえっつの、俺もいるだろ」
「獣は一人とは数えんだろう?」
「せめて人間扱いはしろやお前はッ!!」
『ハハハハ! け、獣!? 獣って! プハハハ!』
「どこツボるポイントあった!? おい団長さんよぉ!?」
ギャーギャーと騒がしく喋る二人と一匹。
汚い死体だけが、その会話を静かに聞き続けていた。
これは呪いの物語。
世界に呪われた女と、己に呪われた男の物語。
プロローグまでを連続で出させてもらいました。
本編、また近々上げていこうと思います。