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極東堕ち・3


 ウラグナ・ミドルルスは『がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』の団員で十代半ばの少女だ。

 快活そうな猫目が印象的な女の子で、長い金髪を頭の上でお団子状に纏め上げている。

 またその華奢な体には細かな鎖を隙間なく繋ぎ合わせたチェーンメイル、またの名を鎖帷子と呼ばれる防具を身に纏っている。

 が、それは防具というには薄く、肩口から先もないので細い腕が出ているし下も太股までの長さしかなく(そこから膝下までのブーツの間のあどけない生足は初々しく、それでいてエロい)、防具というより鉄製のワンピースと言う方が正しいかもしれない。


 服が奇抜ではあるが可愛らしい快活そうな少女だが、そんなウラグナの仕事内容は武力を用いた防衛任務が主となっている。


 大抵は団長であるエリス・アーガイルのボディーガード。

 または本社警備。

 更に状況によっては都市警備連隊へ出向しての都市防衛。治安維持。要人護衛、物資護衛等々といった事を担う曲芸団でも図抜けて優秀で安定した人材たる守護者(ガーディアン)――――なのだが、



「死ねえええぇ!! こっんの傭兵崩れがぁ!」



 現在の彼女は破壊者(デストロイヤー)と言った方が良い。


 深い蒼色の猫目を怒りに燃やし、ウラグナは両手で握った己が武器を振り上げる。

 それは鉄製の棒に人の頭の倍程もある漆黒の鉄球を取り付けた棍棒。

 鉄球部分があまりに大きなその棍棒を目の前で尻もちをつく男に狙いを定め、思いきり振りおろす。


 それに対し石畳の尻もち男は、 



「ああああああぁあああ!! 止めろ止めろ止めろおおおおおぉ!!」



 絶叫しながら間一髪で横に転がり、鉄球の一撃を必死に避けた。


 ボッゴォ! っと、黒金(くろがね)の大玉が趣ある石畳を粉砕し、そこに半円形の綺麗な凹みを作り出した。

 鉄球と同じ大きさ、形のクレーターが生み出される光景に、通りの通行人達は驚いてウラグナと男から急いで離れる。


「コラなんで避けてんのよ! 道を壊したらまた団長が都市側に怒られるでしょうが!」


「このガキが! ならお前がそんなもん振り回さなかったら良いだけだろうがッ」

 

 片膝立ちで起き上がった黒髪の男はそう怒鳴り返す。

 右手は背の両刃の長剣の柄に伸ばし、更に左手は腰の極東仕立ての刀に手をかけての臨戦態勢を取りつつ。

 

 男の名は菊千代。


 死を望む魔女、アーナ・イザナミと共に行動する『がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』の団員である。


 現在菊千代とウラグナは本社前で警備の任についていた……のだが、


「良いか? 落ち着いて聞けよ。大体俺はな、鉄の服を生身にそのまま着続ける奴もそうはいないから単純に『その鎧の下ってどんな服着てんの?』って聞いてみただけで、」


「セクハラだァああぁ!! だからそれセクハラだっつってんでしょがスケベヤロー!」


「どこが!? いや待てストップ! そ、そんな鉄球突きだして突進してくんなァァ!」


 破城槌とも錯覚させるウラグナの鉄球突き。

 少女のものとは思えない怪力から繰り出す破壊力と異常な突進力を前に、菊千代は抜くのは間に合わないと即断し、両手を得物から離して死に物狂いの回避へと切り替える。


「だから避けんなっていってんでしょ」


「ふざけんな! お前セクハラの基準が低すぎるわ!」


 菊千代は怒鳴りながら籠手を着けた右手を今度は後ろ腰の剣鉈の柄へと寄せる。

 さすがに大鉄球の一撃がまだまだ飛んでくるかもしれない状況で、避けるにしろ受け止めるにしろ空手のままは怖すぎるという自衛本能からだ。


 が、


「同じ団員相手に刃物に手を伸ばすなんて正気なのあんた!?」


「どの口で言いやがるっ!? 鉄球をもって攻撃してきた奴の言えることかお前!?」


「セクハラしたでしょ! 言葉の暴力よ!」


「正真正銘の暴力働いてる奴が言うんじゃねえっての! もっと普通に考えろ極端娘!」


「普通に? 人にそう言っといてどうせアンタは言いながらエロい事考えてたんでしょ。はぁ~~全くこれだから男は。そんな事ばっかり考えて、頭の中は年中無休でお花畑状態ですかコノヤロー……ぁ、名前の頭も花なだけに」


「うっぜぇええよ! 上手くねえんだよ別に!! 何だその咄嗟に上手いコト言ってやったみたいな顔はッ!? 調子乗るなよお団子娘!」


「なッ、べべ別にそんな事、くそぉチンピラめ。本当のお花畑に(いざな)ってやろうかぁッ!」


「うお馬鹿! だから、て、鉄球をそんな軽く振り回すなぶべっは!!」


 避けれず剣鉈の防御ごとぶっ飛ばされた菊千代はダウン。そこにウラグナが止めの一撃を見舞おうと、大きく鉄球を振り上げるが、



「ちょ、ウラグナさんぶぼぉお!?」



 真後ろで押しつぶされるような悲鳴が上がる。

 驚いてウラグナが振り向くと、そこには振り上げ背後に向かった鉄球に顔面を強打された彼らの守るべき団長、エリス・アーガイルが顔面を押さえて悶絶していた。


「だだだ大丈夫ですか団長!?」


 慌ててウラグナがエリスに駆け寄る。鼻を真っ赤にした涙目のエリスは痛みからか、異様に高い声で、


「だ、だいじょうふだいほうふれす。とひかくもう、もう喧嘩はやめてくらはい」


 何とか仲裁に入る。

 ふらふらと立ち上がる菊千代など忘れてエリスに必死に謝るウラグナ。そんな慌ただしさとは対照的に、本社玄関からゆっくりとした足取りで一人の魔女、アーナが短い階段を下りてきた。

 

 アーナはウラグナと起き上がる菊千代を交互に見る。そのままウラグナの前まで近寄ると、さも残念そうな声を出す。


「何だウラグナ。まだ菊千代の奴が動いているじゃないか」


「おい待て。俺にどうなって欲しかったんだアーナ」


「人の意思を省みない頭の可笑しな男に文字通りの鉄槌をくだして欲しかっただけさ」


「誰が可笑しな男だよ!」


「えっ…………違った、のか?」


「やめろその本気で驚いたような顔は。断じて俺は違う」


 アーナと菊千代が言い合っている内に、エリスはへこみかけた顔をさすりながらも、場を収める。


「やぁまぁとにかく。お二人とも喧嘩は止めてください。本社の前で無料パフォーマンスするにしてもちょっと気前が良すぎですから」


「す、すみません」


「いやエリス、俺は別に」


 言いかける菊千代だが、ギロリッ!、とウラグナが今まで以上に強い圧で睨んできたので不承ながらも頭を下げる。


「いや……すんません団長」


「そう言ってもらえてよかったです。それよりどうですか、お二人もお昼休みといきませんか? これ以上本社の前で目立たれても僕が困っちゃいますので」

 

 そう言いながらエリスは周囲に目を配る。

 周りでは歩き去りながらも遠巻きに二人の喧嘩を横目にみる野次馬だらけだ。


「んあぁっと、そうだな」


「も、申し訳ありません団長」


 団長からの言葉に菊千代とウラグナは再びぎこちなくも頭を下げる。二人とも、悪いのは横のこいつだ、と言いたげであったが。


「やぁまぁ、とにかくこれで区切りましょう。さ、では四人でお昼にいきましょ!」


「あ、待って団長」


 ウラグナが頭を上げる。


「ん、どうしましたウラグナさん?」


「確か今日は入団希望者の人物が昼頃に来る予定じゃないです? ほら、三日前に来た灰色のマントの代神者です」


 それにエリスは、あっ、と声を漏らす。

 完全に忘れていたと表情が他三人に言っていた。


「しまったそうだった。ごたごたが続いてて忘れてました」


「んあ? ごたごた?」


「私たちがいない間になんかあったのかしら?」


「えぇ、まぁうちでというより都市レベルでの話ですけどね。どちらにしろ私たちみたいな立場の弱いサーカス団には色々大事でしてね」


「なるほど団長殿も気苦労が多い事だ。それにしても代神者が入団希望か。なんとも珍しいわね」


「やぁまぁそうですね。基本代神者って組織には無縁そうですもんね。しかし困ったな。何時来るか分からないし……うぅ~~~~~~~~ん~~~~」


 エリスは心苦しそうにしばし唸ると――――ポン、っと手を叩いて決める。



「よし! とりあえずご飯に行きましょう」



「え、良いんですか団長?」


「まぁ来られたら待っててもらいましょ。それより今はシ―スーです」


「あ、今日はスシ屋台は休みですよ。多分定休の日です」


「え、そうだったんですか? ……しょうがない、適当に屋台市場で決めましょうか」


 そうエリスが行こうとするが、


「なぁエリス」


 その肩を菊千代がつついた。


「はい?」


 菊千代はつついた人差し指でそのままエリスの背後を指差す。


「灰色マントの入団希望者って、あの人か?」


 四人の視線がエリスの背後に向けられる。十メートル程離れたそこには通りの真ん中で立つ、灰色のマントを頭から羽織った人物が四人に体を向けていた。

 かなり身長が高く、百九十センチはあるだろうか。菊千代はもちろんエリスよりも高い。

 羽織った灰色のマントはボロボロになるまで使い込まれ、それを頭から被っている為四人には顔が見えなかった。マントの下からでも分かる角ばった体つきから、この人物はおそらく男だろう。


「…………あぁっと貴方、この前来て頂いた入団希望の方ですか?」


 エリスはマントの人物に問うた。

 どこか遠慮しがちな言い方。

 既に昼食への出鼻が挫かれた市これ以上思い通りにいかないのは嫌だなぁ違って欲しいなぁ、という切実な願いがまたしても如実に表情に出ていた。

 

 ただ、そんな団長の希望も虚しく、マントの人物はコクリと無言で首肯する。



「……三人は先にお昼に行って下さい。僕はこの方と少しお話してから向かいますから」



 灰色マントの代神者と本社に戻るエリスの背中はほんの少しだけ寂しげだった。


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