極東堕ち・2
そして現在。
『がらくたの・曲芸団』という人材派遣会社はそのときの一瞬と変わらずに、とある港湾都市に存在できていた。
南海に面したその都市には西洋中世的な趣をもつ建築物が中心に立ち並びが、港付近は科学時代の遺産の近代建築、また東方地域や大陸中央文化の寺院といった建築物も溢れる、呪界でも有数の人口を誇る、多文化都市だ。
『がらくたの・曲芸団』はそんな都市の中、海と都市中心を見渡せる丘周辺の雑居ビル群の中に居を構えている。
現時点で団員数は三十人にも達しない小組織であるが、その奇天烈なサーカス団の名は周辺都市国家に広く伝わるものとなっている。
本社は変哲もない雑居ビル。レンガで組まれた西洋風の佇まいで、パッと見た印象は酒保やホテルだ。
ただその入り口の上にはでかでかとした看板には『アーガイルと愉快な人材派遣会社! がらくたの・曲芸団!』と虹のような鮮やかさな文字が書かれており、改めて何のことだか分からなかった。
その最上階。
「コレが今回の戦利品ですかぁ~~~ほぁ~~~」
派手なスーツに虹のような髪をオールバックの男は、手に持った黒水晶を窓からの日の光に掲げ、どろどろと淀んだ中身をしげしげと見つめていた。
男の名はエリス・アーガイル。
人材派遣会社『がらくたの・曲芸団』の設立者にして団長を務める男だ。
彼がいる部屋は団長室なのだが、やはりというか少々風変わりな部屋となっている。
階を丸々ぶち抜いた広い部屋の真ん中には高級そうなソファーや机、壁一面の本棚には古今様々な本と大陸様々な酒瓶が置かれている。反対側の壁にも棚が壁位置を占めており、そこには奇天烈な置物、更には奇術で使うような人形、ナイフ、仮面等が無造作に並べられている。
更に窓際には頭からのど笛に五寸釘を刺された盲目の小鳥が入った鳥かご等があり、書類の束が高く積まれたまま執務机と、そこは中々に団長の部屋っぽさと必死に強調するようだ。
応接室と奇術部屋とを混ぜ合わせたような、夜中に灯りが無ければ子供は決して入らないだろう、そんな部屋だ。
そうした奇怪な団長室には現在、エリスの他にもう一人の姿がある。
「エリスの情報通りで助かったわ。私と菊千代だけで仕事もさせてもらえたし余計なトラブルも特にな
く、ソレを手に出来た。団長へのせめてものお土産だ」
ソファーに座って数多くある酒瓶の一つを掴みとった女。
トランプのジョーカーさながら、不吉を絵に描いたような黒衣の美女。
団員の一人であるアーナ・イザナミだ。
過去に禁忌の呪術行為である『反魂』を行い、失敗し、国一つに呪いに堕とし、自身もいつ終わるかも分からない死を繰り返すこととなった女が、そこにいた。
彼女はテーブルに置いたロックグラスに上物のウイスキーを注ぎ、それを一息で呑み込む。
エリスはアーナの対面のソファーに座り、水晶をテーブルの真ん中に置いた。
「僕は呪術といえば伝獣くらいしか使えないですが、何でしょ? 見てるだけでも無性に怖くなってきますねこれは」
「それが普通さ。はっきり言ってその水晶は攻撃呪術としては一級の力を持っていると私は思う。それを造り、使用した呪術師を私と菊千代だけで倒せたのは幸運以外の何でもなかったわ」
「そんなはっきりと。依頼が本当に呪術師だったら自分ならどうにか出来るって言ったのはアーナさんですよ?」
「考えが甘かったよ」
悪びれもせずそう言い、アーナは再びグラスに酒を満たす。
「よもや生贄を使用していると言っても、名も聞かない呪術師がこれほど強い強与呪術を使ってくるとは、思ってもいなかったわね」
エリスは先ほどまで軽い気持ちでそんな物を持っていた事に背筋を震わした。
「えと、暴走とかはしないですよね? 大丈夫ですよね?」
「いまのところは。しばらくしたら不味いだろうけど」
「え!? しばらくっていうのは?」
「元々生贄まで使って制御して術者への呪いも肩代わりさせてたんだ。それがなくなれば、周りを呪いだすのは当然だろう」
「いやなんて危ないもの持ってきてるんですか! お土産になってないですよッ!」
「だからってそのままには出来ないだろう」
適当な風にアーナは言いながら酒を飲み干すと、アーナは怯えるエリスから水晶を取り上げる。
「安心しろエリス。鎮める前に見せてやろうと思って持ってきただけだ。これは私が時間をかけて鎮める」
「? アーナさんは呪術使えないんじゃ」
「何も呪いを使うわけじゃない。周りに呪いを振りまこうとするだろうこいつから、呪いが底つくまで相手をしてやるだけさ」
「……それってつまり」
「私が生贄の代わりになって鎮めるのさ」
違う銘柄の酒を注ぎつつ、アーナは平然と対処案を言う。
「なに、そう難しい事じゃない。周りに私しかいなければ他に被害は出さないで済む」
「そうかも知れませんが……はっきり言ってそこまでする必要があるんですか?」
「このまま放置しろと言うのか?」
「正直それでも良いと思いますよ。討伐した呪術師の忘れ形見までアーナさんが後始末してあげる必要があるんですかね? それこそ誰もいない山奥にでも捨ててしまえば良いのでは?」
「呪いはそう簡単に消えるものじゃない。人の断末魔ってのは、そうそう消えてすっきりできるものじゃないのさ。ただ放置しても静まるのには何年、いや何十年かかるか分からない」
「まさか。いくら何でもそんな年数続く事は無いでしょ?」
「恨み荒ぶる魂に時間の感覚なんて意味ないさ。数で説明しきれる科学ではなく、割り切れない感情こそ呪い、そしてそれを弄り身勝手に振り回すのが呪術だ。そしてその力の強さは、天におられる神が保障してくれている。まったく、不合理な世にした物さ」
「……名前の知らない人々の最後の心を鎮めてあげるのが、アーナさんの願いだと?」
「そんな大層なものじゃない。ただ私がそうしたいだけだ。お前には迷惑はかけないさ」
「この団にいる以上迷惑なんて気にしないで良いですが……というかキクチヨ君がきっと止めますよ」
「ふはッ、知った事か」
にやりと。明らさまな意地悪い笑みをアーナが浮かべる。
「あいつが苦しもうと、勝手に傍にいるあいつのせいさ。私のやることに口を出させんし、奴の事を気にする必要もない」
「まったく、こればっかりはキクチヨくんに同情しますよ」
お手上げとばかりにエリスは左右に手を投げ出して見せた。
と、その時、ゴォンッ! と窓の外から突然の破砕音が部屋に響いた。
「「ん?」」
ビリビリと窓ガラスが振動し、アーナはグラスを口から離して小さく首を傾げた。
「何かしら? 殴りこみかな?」
「そんな物騒な……やぁまぁ、多分ですけど」
そうして聞き耳を立てると下から。二人の男女の声が微かに聞こえた。その声はどちらも聞いた事のある声だった。
悪い予感が当たったばかりにエリスは大きなため息をついて呟いた。
「やっぱりキクチヨ君とウラグナさんですね。確か二人には入り口で警備を任しているはずなんだけど……」
対象的にアーナは面白そうに笑った。
「アハハ良いじゃないかエリス。ほら、もう怒鳴り声が聞こえるだけだし気にする事じゃないわよ」
「町の方々にもやっと受け入れてもらえたのに、また苦情がきますよこれは」
珍しく口をへの字にしてエリスがぼやくと、アーナはグラスになみなみに注ぎなおしたウイスキーを苦労多き団長の前に差し出した。進められたエリスはそれを一息で胃に流し込んだ。
「ふう、どうも」
「貴方の部屋のお酒よ。お礼するとしたら私でしょう?」
「なら美女から頂いた事に対してにしますかね」
エリスは胸に手を当て紳士然に頭を下げる。
(とことん芝居がかった男だな……)
対しアーナは心の中でそう呟いた。
この団長と出会い、未だに考えの読めない怪しい変人であるが、アーナは彼の事を多少は信用は出来るようになった。
道化の見た目通りのお祭り騒ぎが好きな酔狂。
そのうえ自分のサーカス団を作るとのたまう、早い話が人間蒐集が生きがいだとも言えるその思想はとても善人とは言えないだろうが、少なくとも、陰気な悪行はしないだろう男だ。
一刻も早い死を臨むアーナだが、最後に関わりを持つなら同じ畜生や外道でもこうした酔狂と関わっていたい。それくらいの願いは望んでもよいだろうと思っていた。
勿論そうだとしてもアーナのやる事は変わらない。
今すぐ死ねるか。もう少しして死ねるか。その二つの事だけが、人に死を振り撒いた自分の根幹を支えているのだから。
アーナはグラスを口元に寄せて度数の強い酒を一口に呷る。
「相変わらず朝からアーナさんも飲まれますねぇ」
「なに、いつ願いが叶っても良いように、すこしでも身を清めているのさ」
「もう十二分に清められていると思いますがね」
「ほぉ、ならばまた体を虫共に汚されるまえに、次こそ逝けると期待しよう。団長のお墨付きを頂いたしな」
「う、しまったな、余計な事を言いましたかね僕は。でも契約違反は止めて下さいよ?」
「違反?」
「自殺は駄目って約束ですよ」
「あぁそれか、安心しろ、もう自殺は『飽きたよ』……そこは安心してくれ。とりあえず今度の仕事は戦闘にしてもらおうかな?」
「まずいな。また変な口実を与えたってキクチヨ君に怒られちゃうかもしれない」
悲劇の主人公さながら、エリスは大げさに頭を抱える。
と、ここで再び大通りに面した窓が震える。二度目の破砕音が響く。
その音が合図のように、アーナとエリスは出入り口へと体を向ける。
「さて、そろそろ二人を止めないとマズそうですね」
「玄関まで行くならついでにご飯でも食べに行かないか? ちょうどお昼だ」
「あ、そうしますか。僕はスシをたべたいですかね」
気軽に言いつつ、二人は団長室を後にした。




