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極東堕ち・1


 これはアーナと菊千代が初めて『がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』に訪れた日の事。

 二年前の、死ねない女の一場面。



「それで? ここなら私の求める死に場所が得られるっていうの?」

 


 窓から差し込む朝日を横目に入れ、アーナは目の前の男にそう尋ねたのを覚えている。

 それに対し、目の前の団長の男はこう返した。


「やぁまぁ『がらくたの(ラビッシュ )曲芸団(サーカス)』はそれなりに多種多様な仕事の依頼がありますからね。危険な仕事なら嫌でもやって頂く事になります。傭兵の相手、呪術師の無力化、鬼や悪魔を狩るなんてのも駄目元で来たりします。いやぁ見世物を生業にしているからか、死ぬようなことも気軽に頼んでくるんですよ。まったく、世も末ですよ」


 ホントにそう思っているのか。

 男は異様に軽くて陽気な口調でアーナに捲くし立てた。


 世界が呪われ乱れたご時世と言っても、初め見た時この男の格好は相当にイカれていたと思ったのをアーナは覚えている。

 男はほっそりした体に馬鹿みたいに派手な柄スーツとネクタイをしていた。オールバックの金髪には何本か青や緑やオレンジといった髪の線があり、異様に整った顔には意匠を凝らした色眼鏡。

 まさに道化 (ピエロ)のような派手さ奇抜さ、怪しさの塊といえた。

 が、それでも異様に整った顔立ちやのおかげなのか、奇天烈ながらもすぐには悪印象を与えない。怪しさが紳士面しているような、そんな男だ。


「まあだからこそ『がらくたの(ラビッシュ)曲芸団(サーカス)』なら無作為に戦場を回るよりも効率的に危険地帯の特定が出来るという事です。そうした危険度の高い依頼は優先してアーナさんに回していく。それがここに入団して頂いた場合の報酬の一部という訳ですね?」

「そういうことになるわね」

「なら話が早い! 僕としてはもちろん快諾ですねこれは! さっきのお連れの、えっとキクチヨさんでしたっけ? 目的はどうあれ、あなた達のような腕利きに団員になってもらえるとは心強い限りですから」

 

 怪しい紳士は嬉しそうに手を差し出す。

 しかしアーナはその手に応えず、黙って男を見つめたままだった。


「? アーナさん?」

「…………」

「何か気になることが、まぁ、ありますよねハハ。確かに今はまだ名ばかりのサーカス団でやってる事は無節操な荒事が主な状態です。見世物小屋以上に怪しいものですから。ですが、」

「怪しいと思ったのはそこじゃない」

「え?」


「私が怪しいと思ったのは貴方の思惑だ。団長、エリス・アーガイルさん」



 アーナは感じた疑念をそう本人に、エリス・アーガイルにきっぱり告げた。


「噂から私と菊千代に辿り着き、そして勧誘してくる。なるほど確かに大した耳と手の長さだ。だが、それだけ手が長いなら耳の方は悪かったという事も無いだろう?」


 ぽかんとするエリスにアーナは続ける。


「私が死なないということ。その私の過去にも、少しは耳が届いているんじゃないのか?」

「……ええ、まあ。ある程度は調べさせてもらいました」


 エリスはおほんと、わざとらしい咳払いを挟みつつ、続ける。


「アーナ・イザナミさん。出自は呪術大国として近年最も栄え安定し、そして数年前に突如その国全てが呪いに没したと言われる極東の亡国の生まれ。繁栄したといってもこれは、最近のものはアーナさんのおかげということですよね?」


 エリスの調査記録にアーナは無表情に肯定する。ただ首肯し終わると同時に、その口の端だけが邪悪に吊りあがった。よく調べたなとでも言うように。

僅かに気圧されるエリスだが、そこで止まらず言葉を続ける。


「……俗に『極東堕ち』 そう呼ばれるこの災害で極東は滅亡。人だけでなく土地にも様々な呪いが発生したため人が住むには適さない土地になったと聞いています」

「そう、私が呪いを国に撒いた。一つの術に失敗したため、いやそれが引き金で今までの呪いの代償が噴き出したとでも言おうか」

「一つ、失礼かもしれない事をお聞きしても?」

「なに?」

「どういった……その、呪いを行おうとされたのですか?」

「人を蘇らせようとした」


 おずおずといったエリスの問いに、アーナはあっさり答え、そして語った。


「始まりはいつも通りの呪術兵器としての行いだった。呪術兵器として、国から一つの呪いを行う事を決定された。それは『反魂』という、科学が健在の時世でも不可能とされた禁忌だった。確かに死んだはずの人間をそのまま蘇らせる。それを呪いで叶えようとしたのさ。国の有能な王子を蘇らせるために」

 

 アーナはエリスから目を離し天井を眺めながら過去を自ら暴いていく。

 その顔に先ほどの邪悪な笑みは無い。ただただ自虐的な、自らへの軽蔑だけを表現する微笑みが写るのみだった。


「しかし私は失敗した。人一人を生き返らせようとした呪いの代償は、女一人の体だけでなく万の人間が住む国を覆うだけの災厄として呪いを溢れ出させた。多くの人や物に、私は不幸を与える元凶になった。森は腐った。水は澱みに満ちた。人は病に襲われた。全てが狂い、罪もない次世代には人の姿も満足に作れず死産する事が当然ともなった。東の果ては、女一人の過ちが堕としたんだ」

「…………それが、『極東堕ち』の経緯ですか」

「ああ、なのにその原因となった私はこうして死に損なっている。まったく舐めた話だよ」

「国から命令なら貴方だけのせいでは、」

「いいや私自身もその男を自分の為に生き返らせようとした。国を利用したのはある意味私さ。弁解のしようも権利もない」

「……そう、ですか」


 アーナのはっきりとした断言に対し、それ以上エリスは口を挟まなかった。

 そんなエリスをアーナが再び目を合わせる。自虐な笑みから一転、再び邪悪な笑みを向ける。


「そうだ―――それでだエリス・アーガイル。話を戻し、もう一度聞こう」

「? 何でしょうか?」

「この私の過去、国を貶めたなのにのうのうと生きるこの畜生を、何故入団させたいと思える? おそらくこの世界で最も恨みを買っているであろうこの私を」

「それは、」

「なにより、私はもう死にたい。死にたいんだよアーガイルさん。はっきり言えば私は死ぬ為に貴方の見世物小屋にきているんだぞ? そんな存在は組織にとって害悪でしかない。分からない程馬鹿でもあるまい?」

「なるほど…………やぁまぁ確かに超ド級なワケアリさんではあるようですが――」

 

 困ったように頭を掻くエリス。

 その仕草もまた演技の様にアーナは感じるが、次のエリスの言葉はアーナには予想外な返答だった。



「――失礼ながら質問で返しますが、それが何だというんですか?」



「……は」

「アーナさんに問題がある。だとしても、それは私の問題ではないんですよ」


 両手を大きく広げにっこりと。そう笑って問い返した。

 まるで本当の道化(ピエロ)のような、舞台上から語るように言う。


「やぁそうですね。入団してもらう前に、何故ここがガラクタのサーカスなのかを理解してもらう必要があるようですね。私の目的はアーナさんと同じ真摯に一つだけです。自分の求める最高のサーカス団を作ってみたいからなんですよ」

「……サーカス、だと?」

「名前だけだと本気にしていませんでしたか? 人材派遣は確かにしています。本業と言っていい。ただ私の最終目標はこの呪われた世界で唯一無二のサーカス団を作ることです。誰も知らないような人物、誰もが噂で知るような怪人、そうした唯一無二の存在と私自身がまず会いたい。他のどこにもない曲芸団を私の手で生み出したい! このガラクタのような私の手で! それが私の目的なんですよ」

 

 目を輝かして熱っぽく語る道化は、本心からそう言っているのだろうとアーナには思えた。

 舞台の上の道化臭い身振りは相変わらずだが、その声には自分の夢を誰かに語りたいという本心が隠せていないようだった。


「世間からすれば壊れた集団だと思われるでしょう。壊れた思考とも。まさにその通りです! もっといえばここにいる者の性格、生き方、過去。そして未来! そうした物が現在の本人やその未来に、さらには周囲にどういう影響を与える事になったとしてもですね。そんな事は私にも他の者にも特に拒絶できる事でも文句を言う事でもないんですよ」


 奇妙としか言えない。

 怪訝な表情をみせるアーナを前にしても、気ままで純心な子供のように破綻した夢を語る青年、だがその姿はアーナには、どこか年老いた猫の持つ歪んだ好奇心と老獪さも見え隠れするような影を過ぎらせる。

 沸き立つ若さと熟成したような歪んだ好奇心と、どちらが男の本質なのかは道化の化粧の様に読みづらい。 


「誰もが文句などあろうはずもない! なぜなら初めから致命的な欠陥のある人間しかいないんですからここには! 曲芸団の一員としての実力があれば良い訳です。どれだけ大きな欠陥があろうとも、私が望み、そして本人もここにいる意思があれば大歓迎なんですよ。次の一瞬にはここは無くなっているかもしれないサーカス団。だけどそれで良い! ここはそうした隠さないマイナスを持ったガラクタみたいな人々が集まり成り立つ、末期の世界の人材派遣会社なのですよッ」



 言いっ切った! エリスはそう表現するかのようにくるりとその場でターンする。

 芝居がかった360度の回転を行い、そしてガラクタ蒐集に命を燃やす道化の手が、死なない女に再び差しだされた。


「改めて歓迎しますよアーナ・イザナミさん。下でお待ちのキクチヨさん。この一瞬のみに()って、次の一瞬には存在しないかもしれないガラクタ達の曲芸団へようこそ。貴方のお望みどおりに此処が終着かは貴方達に委ねます。どうなるかの結果を、私も楽しみに見物させてもらいます」



 再び差し出されたその手を握ったのも良かったのか、実は未だに判断出来ていなかった。



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