呪いの世・20
真上からの黒手の群れ。
その攻撃にアーナは瞬時に回避に移る。
たった一本でも身体を抉り殺す威力を誇る黒手が再びアーナに襲い掛かる。
「くそ! 全く芸のないッ!」
アーナは全力で射程圏外に抜けだそうとするが、黒手の雨はその間を与えず、アーナとその一帯に降り注いだ。
「――ッ! ガハッ!」
黒手の雨にアーナの姿がかき消され、悲鳴だけが響いた。
「馬鹿な女が」
が、なおもウプアアウトはその手を緩めない。
地面に落ちた黒手達が跳ね上がり、その手の向きを変える。豪雨は曲がり、それは空へ向かう濁流に変化する。
アーナの全方位から再度黒手が突撃。血だらけのアーナは反応は出来ても身体が動かない。容赦なく、何十もの黒手がアーナを下から嬲った。
「ッッッ!!」
肉の引き千切れる異質な音が教会に響き、女の体が穴だらけとなる。
丁度人の手が入る大きさの穴が手のひらに、腕に、ふとももに、腹に、脇に、胸に、肩に、首に――顔に現れる――――が、
そこからは呪いが噴き出す。
死に至る傷口から黒い蛆虫とミミズともい言える土虫共がアーナの傷から這い生まれ、狂ったようにのたうって女を汚す
下等な虫風情にさえ慰み者にされたような後には、女は死から引き離される。
黒いそれらはものの数秒で霧散し、アーナの体は元に戻る。
「忌々しい!」
ウプアアウトが心底吐き捨てる。黒手を再びアーナに向ける。
「穢れた女が生にしがみつくなど。私を悩ますな! 苦しめるな! さっさと死ね!」
死ななかったアーナが再び黒手を避け始める。
「意外に人間らしいわねウプアアウトさん。小心者と言って悪かった。貴方は非常に人間らしくて、」
「黙れ! 黙って死ね!」
ウプアアウトは最後まで聞かずに、さらに黒手を殺到させる。
黒手の群れが散り散りになりあらゆる方向から標的に迫る。アーナはそれを巧みに掻い潜る。
舞踊のようにも見える動き。もちろんこれは『元』禁術師である者の経験と能力があってこそだ。幼少時から膨大な呪術を行使してきたアーナだからこそ、呪術の気配を感じる勘とも六感ともいえる感覚は未だ廃れていない。それらを用いてこそ全方向からの黒手にも紙一重で反応するという荒業が可能としている
「この化け物女がああああぁッ!」
が、それに限界があるのは今までの闘いの流れからも明白だった。
背後からの一本の黒手が、アーナの左脇を苦痛と共に服ごと削ぎ落とす。
「ぁぐっ!」
「苦しむ暇があるならもう楽になってしまえッ。だいたい貴様がどう考えようとも関係ない、貴様の命は私が終わらせてやる! 貴様の役目などもうそれしかないのだから!」
ウプアアウトは激昂からか、その口を大きく裂いた。
「そうだ死ねッ! お前にあるのはそれだけだッ」
黒手の群れは幾度も幾度も轟音をあげて女を殺害していく。ウプアアウト自身さえも驚くほどの感情の高ぶりと傷の激痛に吐き気を感じながらも殺意を言葉に代える。
「さぁ死ね!」
女への殺意をあらん限り叫ぶ。
「死ねッ! 死ぬんだ!!!!」
女の死を心の底から願う。
「死んでしまえ! 今すぐ消えろ! 虫共と一緒に朽ち果てろ!!」
「……ぁあ、私もそうしたい……」
「ならばもう死んでしまえッッ!!」
目の前の女の生を否定する、無価値と断ずる咆哮が黒手の轟音と共に教会になおも響き続け、
「死ね死ね死ね死ねッ! 死んでしまえ!! お前のような呪われすぎた女など既に価値もなければ生を望まれてもいない! そう貴様が生きる事などこの世のただの一人も――」
「望んでるに決まってんだろおぉぉがああッ!!」
それ以上の大声の断言がそれを打ち消した。
「ッ!?」
それは男の声。
それが聞こえたのは背後の崩れた入り口から。
それをウプアアウトは咄嗟に首だけ回し、そして見た。
一人の男が、ウプアアウトの懐へと入り込もうと突っ込んできていた。
両手で西洋の長剣を担いで駆け込む男を目にし、体中で土虫が湧いたアーナは憎らしそうに呟く。
「思ったより早かったか……菊千代め」
「貴様はっ!?」
「お前がアーナに死んで欲しくてもなあッ!」
轟音に紛れて詰め寄った菊千代は一気に剣の間合いにまで駆け込む。
両の手で握られた長剣が真上に振り上げられる。
ウプアアウトが咄嗟に体を向けて迎撃しようとする。
が、その瞬間。
体の急激な動きに呼応し、肩の傷が吠えてしまう。
「ぎッ!?」
激痛が体と心に襲いかかる。それは蹂躙していた女に負わされた唯一の傷。
刹那だけだが意識がちらちく。
動きが止まる。
黒手の操作が遅れてしまう。
そしてその一瞬があっけなく、命のやり取りを決定づける。
「アーナ自身がもう死にたいって言ってもなあ!!」
菊千代が叫びながら突っ込む。
突っ込んだそこには無防備な呪術師の背。
そして近寄るなと懇願するような呪術師の眼。
菊千代は真っ直ぐその眼を見返し――言ってやる。
「俺はあいつに、生きてて欲しいんだよ!!」
一切の躊躇はなかった。
菊千代は遠慮なく、自分の大事なものの為だけに剣を振るう。
「じゃあな呪術師ッ!」
「待ッ――――」
一閃が奔る。
その直後。
一人の呪術師は声ごと首を断ち切られていた。
深く、深く。刃が眼前の肉をものの見事に引き裂いた。
高く、激しく。呪術師の首から血が吐き出された。
凄絶とういうには力なく。
終幕というにもどこかあっけなく。
倒れ落ちる呪術師の手からは、黒水晶が零れ落ちた。




