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呪いの世・19


「ッ!?」


胸の中の蠢きは燃え移った火のように一気に女の体のそこら中から同様に湧き出していた。

体中の切り裂かれた部位から、先の無くなった右腕断面からから、体中の傷のあちこちでも、そして足元の血だまりまでもが小さく、小刻みに蠢きだす。

 それは陽炎が大きくなるように急速に膨らみ、蠢く『ソレら』はその本質を現していく。


「ば、化け物がッ!」


 呪術師はそう叫ばずにはいられなかった。

 隠しようもないない恐怖と嫌悪を感じつつ、ウプアアウトはそれを見た。


 女の体の傷という裂け目から、黒い陽炎にも似た『膨大な群れ』が噴き出したのだ。


 ソレらは大量の蛆虫のようだった。ミミズにも見える細長い物もいればヒルにも見える小さな口を持つものもいる、黒い黒い虫の群体。、

 それこそごみ溜めを底からひっくり返したような見るからに汚らしい下卑た虫ども。人一人なら難なく呑み込めるのではと思える程の、尋常ではない湧き上がりだった。

 更には這い出たそれらは女の体の至る所を無遠慮に這いまわる。

 胸の風穴の中で湧いては蠢き、右手の傷からは先へ先へと宙を這いずっていく。

 血だまりからも、まるで地面からウジともミミズともいえる虫が一斉に這い出してきたかのように鎌首をもたげて踊り狂い、死骸の内部に潜り込もうとするように女の体を這い上り、傷口という傷口に、肌という肌の上を殺到する。

 女の身体を隅まで犯してやるとばかりに虫どもが進み、何重にもなって膨れ上がり、そして何かを形作り、まったく唐突に霧散した。


「……なんて気持ち悪いんだ、いったいどうしてこんな事を……」


 ウプアアウトは既に、そう呟くことでしか目の前の現実を直視できなかった。

 蟲毒の中のような光景が時間にすればほんの10秒にも満たなかったかもしれない。その地獄のような現象が霧散すると同時に、女の陶磁器のように傷の無い肌と、失った胸元と右手が何事も無かったように確かに、新たに存在していた。

 女の体に、傷は一つも消え失せていたのだ。



「…………ダメだったわね」



 静かな声を教会に響く。

 地獄をその身で晒した本人、アーナ・イザナミ。

 新たな右手を使いぱっくりと(ひら)けた胸元を撫でつつ、、女は顔を上げた。

 

 前髪を払い、再びウプアアウトに向けた顔からも傷が消えている。ただそこに浮かべる微笑みには、どうしようもない哀しみの色が見え隠れしているようだった。

 アーナは両手を奇術師のように広げて顔面蒼白のウプアアウトに語りかける。


「お恥ずかしい所をお見せしたわね?」

「…………いい加減にしろ。き、貴様は……」


 ウプアアウトは震える声で返す。吐いてもおかしくない蟲の地獄を見せられてもなお、必死の思いで問う。


「一体……お前は何なんだ?」

「言ったはずよ。死人を生き返らそうとしたらとことん呪われたって。それはただ呪術を使えなくなっただけじゃない」




「死んでも黄泉から追い返されるのよ」



 アーナはそう告げた。

 事も無げに。

 今までとと同じくためらうことなく。

 女は滔々と真実を伝える。


「今貴方が見た通り、胸を貫かれても腕を引き千切られても死ねない。首を刎ねても火あぶりにされても呪術で何かされても死にきれない。変な言い方だけど死んでも死ねないって事ね。途方もなく死が続く。それが人を生き返らせようとして、軽々しく呪いを使い潰した私への呪いよ」


 あっけらかんとしたその口調だが、そこには僅かな自虐がそれでも濃く、滲み出していた。


「あぁ間違っても不死なんて上等な存在じゃないわよ。いつかは死ぬだろうがそれがいつかは分からないって事さ。次に死ねば死ねるのか。あと千回死んでも死ねないのかも分からない。いくら私が死にたいと願っていても。それが私の呪いさ」


 終わらない死。

 許されない輪廻。

 それが人を蘇らそうとした者の成れの果て。


『兵器』とした扱われた人生の中で唯一、自分を『人』として接してくれた男を、自分が愛した男を蘇らせようとした罪だった。


「…………」


 ウプアアウトはしばらく何も言えなかった。

 さすがに理解の範疇を超えすぎているのか。一つ覚えの黒手も出せずにウプアアウトは立ち尽くした。


「それでも今、私が立って歩く目的は一つさ」


 石像のように動かないウプアアウトにアーナが再びしゃべりかける。


「死ぬ為に歩く。いつか死ぬ為に。一日でも早く終われるように。それだけの為に、私は今を歩いている。そしてその最後くらい自分のしたいようにしているだけさ。べつに珍しくもない。この呪いの世界ならありふれているだろう、呪われた者の終わりへの願いさ」


 女はその顔に微笑みが浮かべる。

 整った顔での美しい笑みだが、その笑みはまるで命を感じない。

 生気を、生命を望まない、人の死に顔を連想させる。

 


「まぁそうゆう訳だから。私を殺してくれる気なら貴方はそれなりに覚悟を決めた方がいい。結構骨だと思うからね。諦めるならその水晶を渡してくれると助かる。力さえ無くなれば依頼の達成とする事に出来るだろうし。さぁどうする呪術師? ウプアアウト? 選択してくれ」

「……………………」



 ウプアアウトは答えなかった。

 というか未だ何の動きも起こしていない。

 恐怖を塗りたくった顔でアーナを凝視したままだ。

 アーナの話が耳に入っていたのかも怪しかった。これでは一人で身の上話しただけのようで、アーナは少しだけ恥ずかしさを覚えそうだった。

 

 そう思っていた時。

 ウプアアウトの唇が、微かに動くのを見た。



「――――――――――――――――ね」


 とてもアーナに聞こえる声量ではなかった。

 それでもぶつぶつと何かを言い続ける。

 それはアーナに言葉を返しているのではなく、自分の為だけに口走っていた。


「?」


 その声にアーナは耳を傾ける。

 しばらくすると、それは次第に大きくなり、アーナの耳へと届いてきた。

 彼女自身が、両者が望むだろう言葉が響く



「――――ば――ね――――らば――ね。な――ばしね――――――ならばここで死んでしまえッ(・・・・・・・・・・)!」



 呪術師は黒水晶を掲げる。

 杭に喰い破られた肩の穴の激痛をかみ締めながらも。両手で水晶を無理やり支える。

 瀕死の獣のように、今までとは別人のように叫び散らす。


「望み通りに!ここで死んでしまえェえええええええええええええええええええええええ!!!!」


 黒水晶に仄かな灯りが戻り、同時に何十もの黒手が黒水晶から噴き出す。

 夥しい黒手が大蛇の群れの如く空中を這い上がり、教会の高い天井にめがけて飛び上がった。

 呪術師ウプアアウトは、死なない禁忌の呪術師に、己が恐怖を掻き消すかのように激情のまま宣言する


「死なない? それは凄い! 結構な呪いだなこの売女(ばいた)めが! だが種が分かれば恐れる事はない! 望み通り、この私が、私の力で死ぬまで殺してやるッ! 死にたがっているなら目障りな抵抗などせず! おとなしく木っ端となれ。腐った呪いの残骸がッ!」

「死ぬのは構わないが、ただでは死ねないな。あからさまな自殺は止めると団長と約束していてね。最後くらい好きに生きさせてもらうさ、死に際の悪あがきとして」

「ぬかせ!!」


 教会内からの悲鳴にも似た叫びを上げながら、

「引き裂けェええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 総勢四十、その全てを使った黒手の豪雨が、一人の女へと再度降り注いだ。


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