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プロローグ・2


「逃げてんじゃねぇぞ糞野郎が。ガキばっか殺した快楽殺人気が今さらビビってんじゃねぇ」


 怯える男の前を、荒れた狼のようにボサついた黒髪の男が部屋へと踏み入る。

 黒髪の男は美女と同じく東洋系の顔立ちをしていた。殺意を灯した両眼はまさに野生の獣のように見開かれ、怯える男を更に射すくめる。

 また魔女とは違い現代的な服装をしていた。

 ゴツいショートブーツにミリタリージャケット。下はカーゴパンツを履いてはいるが、和柄の腰巻がそれらの雰囲気をぶち壊しにしていた。

 またそのジャケットの右腕側には肩から袖口までを黒く、小さくも肉厚な鉄板が網目を作るかのように埋め込まれている。

 同じように黒鉄で固められた右手のみの手袋と合わさり、まるで極東甲冑の腕部を見るものに連想させる。

 だが、それよりも男の眼が最も注視したのは、警戒を要したのは別のものだった。

 

 それは二つの刀剣。

 

 まず目に付くのが背から見えている西洋風の剣。ただしサーベルではなく、両刃で幅広な長剣だ。鍔は僅かしか無く、刃の部分だけで一メートルと二〇センチ、柄頭も合わせれば一・四メートル程もある。相当に長大で重量であろうその剣はジャケットの左肩の後ろに取り付けた金具で固定し吊るしている。

 そして腰巻きに帯びているのは黒を基調とした鞘に収まる、一振りの極東の太刀(たち)

 無骨な西洋の長剣と極東の刀という正反対の二刀を持ち合わした男はじりじりと間合いを狭めていく。


「ひっ!」

「まずその女を放してもらおうか。そうすれば苦しまずに逝かす。放さないなら苦しく逝かす。傷つけたら苦しめてしばらく生かしてから苦しく逝かす。どうするよ?」

「……菊千代(きくちよ)。それでこいつが私を離すと思っているのか? 怖がらせてどうするんだ」

 

 魔女から菊千代と呼ばれた二刀の男は呻くように返した。


「ああ、だけど嘘は言えんだろ。依頼でそいつを殺しに来たのは事実だし。いや待て、だいたいこんな面倒な事になったのもお前が捕まったりしたせいだろうが!」

「なら私を見捨てると良い。そうした方が互いのためだぞ?」

「……意地の悪い顔で笑ってんじゃねえぞ、このアマがッ」

「て、てめぇら! かか勝手に話してるんじゃねぇ!」


 迷彩服男は叫び、粗末なサーベルを女の首に当てる。


「おま、おお前っ! この女殺されたくないなら道開けろ! 首掻っ切るぞ!」

「した瞬間お前の首も掻っ切るぞ糞野郎」

「私を傷つけたら苦しますんじゃなかったのかしら?」

「うるせえぞアーナ!」

 

 菊千代が魔女のような女の名を言いながら怒鳴った。そのまま二人は男を無視してギャアギャア言い合い続ける。

 迷彩服男の混乱が深くなる。


(く、糞ったれが、い、一体何なんだ?)


 なぜこいつらは普通に会話を、特に女の方は首に刃物を押し付けられて平然としているのか理解出来ない。

 この女は自身の事なのに、まるで切られる事に危機感を抱いていない。

 下手したら目の前の男よりも。いやむしろ、切られたいとでも思っているようにも見えてくる。

 男の心が加速度的に乱れていく。

 どうしてだ。どういうつもりなんだ? 何故、こうも平然としているんだ? 何故俺が死なないといけないんだ? 何故、何故、何故、何故!


「くっ、そおおおおおおおおおおおおおぉあああああああああああああああああああ」


 いとも簡単にサーベル男のすり減った感情が爆発する。

 同時にアーナから突き放し、


「あら?」


 どうしたとアーナが男へ振り向こうとするより先に、


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 


 踏む込み、魔女に向かって粗末なサーベルを斬りつけた。

 叫びと共に、振るわれた粗末なサーベルは女が咄嗟に振り上げた腕に深々と食い込んだ。

 グジュっと、剣から女の肉の感触が伝わった。

 

 女の身体の重みが。

 女の肉の柔らかさが。

 女の骨が軋むのが。

 

 殺傷というものが一つの快感として、男の手の平に押し寄せる。


「ここ、こうなりゃもう。こ、殺してやる。こここうなったら一緒に死ねや、アーナぁ」


 後先を放棄し、男はただ刹那の快感に呑まれてしまおうと刃を更に女へと押し込む。

 防がれた腕をこのまま斬り落とし、そのしゃぶりつきたかった首でも顔からも血を噴きあがらせてやって、そのまま―――


「名前は親しい人にしか呼んでほしくないんだがな」


「――――――――――――――――――――――――は?」

 

 男が顔を上げる。

 たった今斬りつけた女の横顔を見る。

 そして、目が合う。

 女は腕にサーベルをくい込ませ、女は死ぬどころか、平然とこちらを見据えていた。

 体の痛みとは違う。なぜか違う悲しみの色を滲ませて。


「これじゃあ足りない。こんなんじゃ全然、足りないのよ」


 アーナの抑揚のない一言に、男のなけなしのり聖は卵殻のようにあっけなく、一瞬で潰れた。

 女の言葉の意味など分からず、自身も意味の無い叫びを吐き出しながらサーベルを力任せに引き抜いた。

 深々と裂かれた柔肌から雨のように血がまき散り、血が周囲一帯を染め上げる。灰色の床が夕日の差し込んだように真っ赤に変わる。

 それでも周囲を染め上げた張本人は、倒れもせずに男を見やっていた。


「っ痛いわね。もうちょっと丁寧に抜けないものか?」

「な、な。なん、んなななななななななななななァあああああああああああああああああああ?」


 返り血で染まる男は剣を落として後退った。


「何、ちょっとした得意体質みたいなものよ」


 そんな男に、アーナは隠す事でもないと語りかける。



「呪術師と言えば、少しは想像できるだろう?」



「呪――――――――、」

 

 ブツリと、そこで男の声が途切れた。

 男がその言葉から何を想像出来たのかは分からない。

 ただ男がアーナの言葉を繰り返そうとした時には、男の下顎から上は斬り飛ばされてあらぬ方へと吹き飛んでいた。

 いつの間にか目の前に斬り込んでいた、菊千代の長剣の一撃によって。


「傷つけるなって、言っただろうが糞野郎ッ」

「……もう死んでるわよ?」

「わぁってるっつの」


 夕日と噴きだす大量の血が部屋を更に赤く赤く染め上げる中、二人は軽く言葉を交わした。


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