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呪いの世・13


 黒い腕の大群が、女一人に殺到する。


「ッ!!」

 

 咄嗟にアーナは顔の前で腕を交差させる。アーナのいる空間めがけて黒い手が矢の速さで突撃する。 

 目の前の女が憎々しいと言わんばかりに指関節を歪めて腕の群れが突っ込んだのだ。

 アーナ一人を狙うというよりその周り全てを吹き飛ばそうとする、

 黒手による絨毯爆撃。

 その衝撃が教会内で大きく響いた。

 黒手の激突により石の床に亀裂が入り、何メートルも土が舞い散る。土砂の粉塵同様、標的のアーナも突撃の衝撃のままノーバウンドで吹き飛ばされて真後ろの壁へと激突した。


「がっっは!?」


 アーナは床に倒れこむ。

 視界が歪み、体の隅々に至るまで激しい鈍痛が覆った。それでも立ち上がろうとと手足に力を入れるが、立てない。その場でもぞもぞ動く事しかできない。


「まるで蛾だな。羽をちぎられた。哀れな蛾だ」


 舞う土煙の向こうからウプアアウトの声がした。

 呪術師はゆっくりとした歩調で部屋の中心まで移動する。


「そして今更逃げる事など出来はしないぞ。貴様はここで引き裂かれる事でこの水晶への餌となってもらうのだからな。呪術師を殺そうとしたのだ。文句はあるまい?」


 目だけを動かし、アーナは晴れてきた土煙の向こうから再び姿を現したウプアアウトを見やる。ウプアアウトは部屋の中心程まで歩み寄る。まるでアーナの近づく手間を省いてやろうとでもいうように。

 ウプアアウトの右手は頭上にかざしたまま。その手には黒水晶が掲げられ、その黒水晶からはドス黒い手が樹木の枝枝のようにウプアアウトの周りの空間に揺れ、その指を動かし続けている。

 空中で苦しそうに指をもがかせる死者の手の数、少なくとも四十以上。


「さて。特にお嬢さんが言うこともないなら、安心して死者の元へ逝きなさい」

「……なるほど。貴方のその力、只の伊達というわけでもないらしい」

「へらず口か? 喋りたいなら安心しろ。彼の岸には永久に時がある」


 アーナがようやく身を起こそうとするが、


「妬みを顕せ。目の前の女を汝らの手で引き裂け!」


 それより先に黒水晶が応える。

 ウプアアウトの煽りに反応し、その周りの黒手が一斉に宙を駆けた。

 その手が、手の群れが、その呪術の塊が、殺到するのは目の前の女。

 壁間近で立ちあがったアーナを粉砕しようと一斉に突撃する。


「――――ッ」


 声を上げる暇もなかった。

 ドッゴオオ! っと。

 教会に再び盛大な激突音が反響する。

 アーナを中心とした地面が爆発したように吹き飛ぶ。本堂を区切っていた壁の三分の一が黒手によって完膚なきまでに粉砕させられる。とんでないほどの力の濁流だった。

 人間一人など肉塊どころか血の一滴も残すまいとするような圧倒的な破壊力を持った死者の黒手が、教会の一角を軽々と削ぎ落としてしまっていた。


「……あっけなかったなお嬢さん。まぁ良い生贄にはなったと感謝しよう」


 そう満足そうに、殺害した者へ賛辞を贈るウプアアウト。

 が、それは正に、早計といえた。



「フフ。なるほど……なるほど、なるほどね」



 黒手の破壊による爆心地から、一人の女の声が返された。

 ウプアアウトには最初、何の声か分からなかった。単純に聞き間違いかと思った。

 だがその声は確かにしたものだと数秒してから理解し、それを耳にした事で、ウプアアウトの顔に初めて動揺が浮かぶ。


「……なんだと?」


 納得できない事柄の発生に先ほどまで感じていなかった不安が胸の奥で湧き上がる。


(どういう事だ?  何故、黒手の一撃を受けて生きているだと?)


 強固な石作りの壁さえ難なく破壊する一撃だ。とても女一人が防ぎきれるものではない。

 それは黒手で数多の人を手にかけたウプアアウトが誰よりも知っている。何より呪術といってもこれほどの大威力を扱えるのもウプアアウトは自分以外には知らない。どんな防護手段にも阻まれた事が無い呪術だ。

 誰であれ、この力の前では死ぬしかない。そうウプアアウトは確信していた。

 そうでない理由などないのだ。そうでなければおかしいのだ。


(…………それなのに)


 土煙と黒手が延びるその先からはウプアアウトと対峙するような人影が現れる。

 黒衣を纏った女だ。腰の辺りで革ベルトを何重かにしてきつく締めつけている。夜光虫のような微かな光りを放つピアスとネックレス。

 そして宝石以上に輝くは、凶星(まがつぼし)のような妖しい双眼が、ウプアアウトの姿を捉えていた。


「その呪術。大量の人の断末魔とも言える苦しみを利用している。人を苦しめて殺し、その最後の怨嗟の念をその水晶内に強引に宿す。怨嗟を物体に憑依させる強与呪術(ごうよじゅじゅつ)。そして制御出来ようはずもない大量の人間の荒魂に黒い手という形を模させて暴れさせる。暴れ馬に鞭打って、荒ぶり進む方向だけを指し示している訳だ」


「っ!!」

 

 粉塵と突き刺さる黒手の間から踏み出した一人の女。

 それは不吉を女の姿で描いたような者、アーナ・イザナミ。

 

 見れば右腕は肘から少し伸びたところで先が無くなっていた。

 黒手によって強引に引きちぎられてしまったからであろう。体中至る所が抉れてズタズタ。黒衣は血に濁っている。

 それでも魔女はそこに立っていた。

 黒手の一撃を凌ぎきり、未だ呪術師と向き合い、血に塗れていても、今までと変わらぬ妖しい微笑みを浮かべていた。


「そしてその呪いは貴方だけの身では到底押さえ込む事が出来ない。だから街々からの生贄を集めて水晶に抑え込む燃料を集めている。生贄で怨嗟を抑え込んで、生贄の苦しみもまたその水晶に飲ませて力を高める、いや呪いが募ってしまい、またそれを抑える為に生贄。定期的な生贄失くしては破綻する自転車操業の強与呪術。そんなところかしら?」


「……何故、そんな事が分かる?」


 ウプアアウトが問いただす。

 呆然と、その目は驚きが滲む。

 あれだけの傷でアーナが立ち上がった事に、ではない。そんなものは既に眼中になかった。

 目の前の女が何故立っているかなどこの際どうでも良かった。

 頭の中を埋め尽くすのは何故、この女は自身の力の正体を、『死者の黒手』と名づけた呪術の核心をここまで的確に、あっさりと言い当てたのかというただ一点。

 考えられる可能性は――


「女貴様、呪術師か!? いや、だとしても『死者の黒手』について何故そんなことが分かる? 見たこともないはずの他人の呪術をそのように分析するなど出来るわけが、」

「似たものを見たことがあるとしたら?」

「なに?」

「それだけじゃない。ありとあらゆる人の呪いの所業を見た事あるとしたら? 自分でも意識的に思い出せないほどの呪いを見てきたとすれば―――これぐらいの(まじな)いのロジックは想像できると思わない?」

「……女、やはり呪術師か」

「半分正解かな――」

「はんぶんだと?」



「――禁忌術師。呪術より下卑た術を行使する者。それがかつての私のお仕事さ」



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