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呪いの世・11

 

 第一に少女だ。

 成り行きだとはいえ今更見捨てるという選択肢は菊千代にはなかった。

 手を出してしまったからには最後まで面倒を見る。何より心は完全に怒りに満ちていた。理由は言うまでもなくアーナの勝手とあからさまな挑発にだ。

 激情に心を焼かれ、今はどんな些細な面倒にも噛み付かずにはいられないだろう。はっきり言って少女が邪魔だろうと、こうなったら意地でも生かしてみせる。

 心の底からの天邪鬼(あまのじゃく)状態の菊千代。それはヤケクソに近く、気絶した未来ある少女を殺したくないなんて真っ当な考えではなかった。アーナに対しての只の意地。それに尽きる。

 もちろん相手はそんな菊千代の勝手な激情など知りもしない。足音も菊千代のすぐ近くにまで迫ってきている。今すぐにでも先の曲がり角から出てきても可笑しくない。

 町からの依頼だと悟らせてはいけない。

 見つかった状態では娘を町に連れても行けない。

 なによりあの性悪に、すぐにでも追いつかないといけない。


「くっそぉあれこれ面倒くせぇなあもう!!」


 菊千代は少女を地面に寝かせると、アーナが倒した迷彩服の兵士に近づく。

 そして強引に、その顔に巻かれていた包帯のような白い布を剥ぎ取った。

 頭全体を目を除いて巻いていたのだ、思った通りかなりの長さがある。二メートルはあるだろうか。

 それを手にしたまま菊千代は背の長剣を引き抜き、腰の太刀の横、ベルトの間に無理やり長剣をねじ込む。そして意識のない少女をおんぶし、足音とは逆方向にダッシュ。

 直後、曲がり角から兵士の先頭が姿を見せる。

 先頭の兵士は倒れた仲間、走り去る菊千代を見てすぐさま悟り、仲間に叫んだ。

 


「敵だ! 仲間を殺されてる! 殺せえええ!」



 シンプルかつ分かりやすい絶叫に、後続の兵士たちにもすぐ状況が知れ渡る。

 おそらく方々にいた兵士も続々集まってきているのだろう。何十人もの兵士の群れがぞくぞくと合流し、菊千代に迫ることになった。

 追われる菊千代。その足を必死に前へと出す。 

 腰に無理に差した長剣の先端が地面に当たる。

 ガリガリと金属と地面が擦れる音をさせながら菊千代は逃げる――――反撃する為に。

 

 全力で走りながら、菊千代は手もせわしなく動かしていた。

 左手で背中の少女が落ちないよう支え、右手で剥ぎ取った布を体に結びつける。背中の少女が落ちないよう固定する。

 その間にも、背中には数多の殺気が浴びせられる。

 無駄な手間を取っている菊千代に、兵士たちは各々武器を抜いて逃げる襲撃者への殺意を固める。

 両者の間隔はみるみる(せば)まっていく。


「んむっ! むむむむ!」


 菊千代は布の先を口でくわえたまま、片手で一気にバツの字に巻きつけ先端同士を左脇の前で結び合わせた。

 少女を背中で固定すると、すぐに菊千代は腰の長剣に手をかけ無理やり引き抜く。両手で柄を握り直し、やっと準備は完了する。戦闘の備えが。

 走りながらも深く一呼吸。

 手の内の長剣の持ち手、その柄巻の感触を確かめる。

 同時に戦闘の追っ手のとの間合いを横目に計ると、菊千代は即、行動に移った。


「遅くなったが―――それじゃいくかぁ!」


 菊千代は腰を切って一気に方向転換。百八十度回転を行いながら、先頭の兵士とその間に眼が合う


「っ!?」


 突然の菊千代の振り向きに、先頭の兵士が素で驚いてしまう。

 菊千代は剣を抜いていたが子供を背負った状態でこうもすぐに攻勢に出ようとするとは思っていなかったからだ。

 多勢の虚を突く。

 集団戦における常道。

 菊千代の戦術を優秀にも即座に悟った先頭の兵士だったが、その目からは色が消える。

 優秀故にわかったのだ。このタイミングは、もう間に合わないだろうと。

 菊千代は欠片も容赦しなかった。

 腰を真後ろに捻り、肩に担ぐようにした長剣を振り向きながら振り下ろす。勝手に間合いに駆けこんできた先頭の兵士を狙って。一挙のままに。

 兵士は悪あがきに仰け反るような体勢をしようとするがもう遅い。

 

 遠心力と加速を得た長剣、その切っ先が兵士の脳天に食らいついた。

 

 刀身は人の頭の中へと楽々と、無遠慮にも入り込んでいく。

 布と頭皮を容易く食い破り、頭蓋骨を難なく砕き、あっさり柔らかな脳漿にまで達する。

 無慈悲な斬撃は優秀な兵士を只の死体という存在へと変えていく。

 兵士は自分が死体になる一瞬を経験する。剣を頭から食らうという方法で。この時、兵士はまだ意識があった。脳に剣が入り込むという人生最後にして最悪の経験を味わっていた。

 斬撃の衝撃が内から外へ、兵士の目玉が血と共に大きく飛び出す。

 しかし菊千代は、故意に(・・・)、そのまま真っ二つにはしなかった。

 斬撃中の刃筋を微妙に曲げる事で、刃を頭の半ばで食い込んだままにしてしまう。勢いはそのままで、だ。

 結果として、兵士は体ごと真下に引きずり倒された。

 顔半ばまで長剣を食い込ませたまま、無理やり土下座をするように、刃に掴まれ地面へ突っ込んでいく。

 全力で叩きつけたトマトのように、地面に当たった瞬間に生臭くも濃厚なその実と肉汁は、周囲にど派手に飛び()ぜた。


 人の頭が、これでもかと炸裂した。


 長剣が地面に激突する轟音も周囲に響き、追っていた兵士達は咄嗟に急ブレーキ。

 飛び散った自分達の同僚。その突然すぎる惨劇に息を呑み、後ずさる。

 仲間の血肉を踏みたくも触れたくもないというように。

 本能的に、元凶の菊千代から距離を離したいというように。

 無論爆心地を作り出した菊千代は爆ぜた血肉を真正面から浴びていた。

 血というよりも、人の一部だろうと推測できる肉と皮の欠片をその身に受けながら、菊千代は初手の成功を認識した。

 

 菊千代の生き残る為の最低条件。それは一手目で集団の勢いを止められるかだった。

 圧倒的な数の差による圧殺を、首の皮一枚で回避したのだと内心で安堵する。

 

 菊千代は顎から上が吹き飛んだ死体から目を離し、様子を伺う兵士達へじろりと、下から上へ睨みつける。

 至近距離での迫力一杯の斬撃、それは兵士たちの足を止め、菊千代に視線を向けさせた。

 鎖もない猛獣が次にどうするのかを警戒する観客のように、菊千代の動きに全員が警戒を向ける

 多勢の士気と空気は呑んだ。菊千代は確信し、次の一手も多勢に渡さずに自らで切る。

 

「……ったく。子連れで斬り合いなんて何の冗談だろうな。子守は仕事の内容には入ってねぇってのに」

 

 菊千代は血と肉片がこびり付いた長剣を持ち上げる。

 ネチャ、と。

 粘着質な音と立てて、死体との間に血の糸を垂らす長剣の切っ先。それをお集まりいただいた兵士皆様に向け、曲芸団の剣士は宣言する。


「とにかく片っ端から斬り伏せる。あんまりグロいシーンは見世物だとしても教育に良くねぇからよ。子供が目覚める前には終わらせてもらうぞッ」


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