呪いの世・9
「ふぅ、それで菊千代。どうやって仕留める?」
「あぁ~~、別に依頼者から急かされてはいないんだ。最悪今日と明日くらい様子見ても良いだろうしゆっくりでいいだろ。だいたい呪術師さえ潰せば終わりだし、夜中に忍び込むのが一番だ」
「なんだ、今すぐ正面から突破しようと言うと思ったのに」
「『お前じゃないんだから』そんな危ない事するわけねぇだろ」
残念だな、とアーナは呟き、酒に口をつける。
その姿に望遠鏡から目を離した菊千代は奇妙な違和感を覚えた。珍しく、本当に残念そうだ。
「……呪術師に気になる事でもあるのか?」
「多少ね」
「どれだけ強力な呪術を使うか、楽しみだってのか?」
ストレートな菊千代の言葉。それにアーナは珍しく困ったような表情を僅かに浮かべるが、
「だとしたら菊千代。お前はどうするつもりなんだ?」
ニヤリと、すぐに不敵で挑発的笑みへ戻して問い返した。
アーナは菊千代を探るように見つめる。
何か試すように。そして楽しむように。
菊千代もまた、その目を離さなかった。じっと、二人は見つめ合ったまま動かなかった。
残念ながらそこにはロマンチックという空気は皆無だ。
アーナからは挑発的な、対し菊千代は攻撃的な雰囲気をぶつけ合い、第三者がいれば目を逸らしたくなるようだ。
しばらくして、菊千代の口がゆっくり開いた。
「…………お前の何をしようとしても、それは俺のやりたい事には関係ねえよ。勝手にしろよ。俺も勝手にするだけだ」
菊千代のその目には変化がない。そこでアーナはふと気づく。
よく考えれば、この傭兵崩れが攻撃的などはいつもの事。早い話が常と全く同じ目で、アーナを見ているのみだなのだ。
アーナは目を少し閉じて、小さく笑う。
愚かな動物でも見るように、無邪気な顔で笑ってみせる。
「アハハ、互いに互いの望むままを。そんな感じだったかしら」
「そんなところだ」
「まったく、お前は馬鹿だなぁ。菊千代はホントに馬鹿だ」
「黙れ性悪。自覚はしてるが、お前には言われたくない、断じて。そういうのは思っても飲みこんでおけっての」
「それは無理だな、私の見える範囲にいる限り、私は菊千代が馬鹿にしかみえないもん。それに私が腹に溜めるのは、酒の分しか空きがない」
「勝手に言ってろアル中がっ!」
強引に話しを区切り、菊千代は再び望遠鏡に目をやり話を本筋に戻す。
「とにかく、動くのは夜だ。帰ったらエリスに美味いもん食わせてもらわねぇといけねぇし。真面目に頼むぞ」
「私はいつも真面目だぞ。貶められた神様が酒を飲めない呪いだけは世界にかけなかった事を日々感謝しているしな。とりあえず。夜まで何する菊千代?」
「そりゃまぁ監視とかして後は、」
「暇だし私は寝るかな」
「待て。なんでお前がそんなおいしい役なんだよ。さっきからずっと視ているのも俺だからそろそろ交代だろ」
「お前の言うとおりだ。おやすみ」
「肯定しといて寝てんじゃねえよ! ちょっとはお前も、って何すでに寝息かいてんだアーナてめえ! さっきまでの暴言はどこいった!」
大声にならないよう菊千代は努めて小さく叫んだ。
その時、菊千代の耳がピクリと反射的に動く。
「――――ん?」
戦いに身を置く男の耳が反応する。アーナではない。別の誰かの声が聞こえた。
アーナもそんな菊千代の反応に気付いたのだろう。パチっと目を開いて体を起こす。
その手は傍らの酒瓶に瞬時に延びるが菊千代はツッコまなかった。どこまでアル中なんだと思っただけだ。
菊千代は背の長剣に右手をかけ、周りを見やり聞き耳を立てる。
まさかすでに目標に気づかれていたのか。
そして今の声は先手を打った相手の兵士なのか。
打ちっぱなしのコンクリしかないこの階には特に隠れる所はない。なら声の出所は下の階か。それとも上か。
菊千代の意識は周囲に、そして右手の剣に集まっていく。
そうして警戒している中、再び声が聞こえてきた。
「――――て。―――るんじゃない――」
下。
それはビルの外からだ。
二人はそっと窓から下を覗く。
ビルの下。町の大通りとは違い出店も人影もないそこを二人の男が歩いていた。
手にはそれぞれ槍。顔は包帯みたいな白い布で目元以外隠れている。一人は迷彩服でもう一人は軽装の西洋鎧という装備だ。間違いなくウプアアウトの一味だ。二人の男はそのままビルの下を通り過ぎようとしている。どうもこちらに気づいた訳ではなかったらしい。
ふむ、とアーナは息を吐く。
菊千代も黙って長剣から手を放し目も離す。
ここであの二人を仕留めても何の意味もない。逆にそこから警戒でもされたら本末転倒だ。そう菊千代は黙って過ぎるのを待とうと即座に決める。
と、そこで。
アーナがあっ、と何かに気づいたように呟いた。
「? どした?」
菊千代の問いにアーナは下の男たちを指差す。
再び壊れた窓の縁から男達に視線を向ける菊千代。
アーナが何を気づいたのか。それはよく見てみるとすぐに分かった。
男の一人、右側を歩いている鎧の兵士が脇に妙な物を抱えていた。槍を持つ左手とは逆の右脇から、何かがブランブランと揺れている――――手と足だ。
「……おいおい嘘だろ?」
そこで菊千代が男の抱えるモノに気づき、外れクジでも引いたように呻いた。
それは少女だ。
しかも異様に見覚えのある、チャイナ服を着た少女だった。。