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プロローグ

開いて頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

 

 小汚い夕暮れが差し込む廃ビルの階段を、薄汚れた迷彩服を身に着けた貧相な男が全力で駆け登る。


「はぁ、はぁっ!」


 その荒い息は疲れからか、それとも恐怖のためかは判然としない。

 いや、おそらくはその両方なのだろう。

 ただその青い目には明確な怯えは見て取れる。そんな濁った目の為か、男は階段を踏み外す。


「くそっ!」


 いや、割れ砕け、裂け目から雑草まで生えるそこはもう階段とは言えないのかもしれない。

 荒廃した街の荒廃しきった廃ビル。

 いつ倒壊してもおかしくないビルの上へ上へと駆け上がり、既に最上階の十階近くまで来たのだろうか。

 代わり映えするのは外に見える夕日の位置だけで汚い階段も壁も一階から何一つ変わらない。

 夕日の光と空虚だけが染み込んでいるような瓦礫の山を忌々しげに見上げ、男は手に持った粗末なサーベルを杖代わりになお階段を登る。剣尖が傷む事さえ既に思慮の外だった。

 軍隊のような迷彩服を身に着け、右手には西洋風のサーベルという歪な服装。

 そんな世間で、『ごく一般的な格好』の男は必死に逃げる。

 迫り来る恐怖の存在から。

 その時、


「おい。左手を放してくれ。汗っぽくて気持ちが悪い」


 今まで黙っていた女の声に男は焦ったように振り向いた。

 腰まで届く黒髪をした女がそこにはいた。男は自分がずっと引っ張って来た事さえ忘れていたらしい。

 

「いや離すのは普通無理か。でも手をわざわざ握らんでもいいだろ? せめて手首とかにしてもらえないかな?」

 

 男に引っ張られるその女は、妖しいとも感じる美しさを帯びていた。

 長い黒髪は首の後ろで一つに纏めている事でその白く少し汗ばんだ首筋を露出させている。迷彩服の男はこんな状況でもその首元に舌を這わせたくなるような欲望を感じてしまうが、当然そんな暇は無い。


「大丈夫逃げやしない。一緒が良いならついていくよ。ただほら、私の格好じゃこんな岩山みたいな階段はきついんだ。だからもう少しゆっくり、な?」


 首を軽く傾げながらそう訴え、女は白い手を広げて自身の服装を男に見せる。

 女の服はその髪と同じくひたすらに黒いワンピースのようなものだ。修道服と言っても良い。それを腰の辺りで穴だらけの革ベルトを使ってきつく、何重にも締め付けている。本人は意識していないようだが、このおかげで豊かな身体のラインがこれでもかと強調されていた。

 黒髪から時折見える耳には深い青色の石かガラスかで作られたピアスが見え隠れし、胸元にもピアスより大ぶりな深い青石のネックレスが輝いている。

 が、上も下も基本が真っ黒な格好であまり目立たない。真っ暗な夜海を少しでも照らそうとする夜光虫のような儚さだった。

 

 そうして女の印象は修道女と言えなくもないが、もっとふさわしい言葉があるだろう。

 

 魔女、だ。

 もしくは魔物か。

 大げさにも死神か。


 

 明らかさまな美しさに男の欲望を掻き立てられるが、不思議と不吉も覚える禍禍しい女。

 ――そしてその全てが決して例えだけでもない事が、たちの悪い女だった。



「とにかくゆっくり登ろう。そう簡単にはあいつに追いつかれはしないさ」

 

 小さく微笑み、そう女は妖しくも優しい声色で男をなだめようとするが、突如。

 それをかき消そうとするような怒声が階下から響いた。


「止まれえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 憤った、それだけで迷彩服の男を殺そうとしているような殺意まみれの怒号。


「ひいいっ!!」


 当の男はその声だけで本当にショック死しそうになる。

 対して女は呆れたように首を横に振った。


「やれやれあいつ。いくら標的とはいえあんな声ではかわいそうだろうが。少しは、」

「黙れ! おお、お前と話してる暇なんて無ぇんだよッ!」

「あぁ、なら良いが。とりあえず手を、」

「うるさい! くそ、くそ! 畜生! こここ、こっちに来い!」


 男は登るのを止め強引に女を奥の部屋へと連れて行く。恐怖に支配され何も考えられず、打楽器のように歯を鳴らして逃げ惑う。

 が、その階には何もない。逃げる道も隠れる場所も。

 すでに飛び降りられる高さでも無くなっている。周りにはここと同じく今にも崩れそうな廃ビルが立ち並んでいるが、飛び移れる訳もない。

 この階は完全な行き止まりだ。

 ここにいたら殺されてしまう。

 慌てて階段に戻ろうとするが、すでに遅かった。

 そこにはギラギラとあからさまな殺意を振りまく男が一人、階段の前に立っていた。


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