005話 偽りからの真実!?
その日の夜は、流石に覚醒して間が無い言う事も有り、疲れを訴えた男はキャスが見守る中、眠りについた。
「キャスさん。僕、疲れたから眠らせてもらうよ。また明日会いに来てくれると嬉しいな。」
そう言って目を閉じると直ぐ穏やかな寝息が聞こえてきたので、キャスは男の顔に自分の顔を近づけ、その寝息が確かなものであることを確信すると、静かに病室を後にした。
「また明日・・・ね。オヤスミ・・・」
翌朝、出勤前に病室を訪ねたキャスは、昨夜の出来事が夢で無いことを改めて認識していた。
カチャリ・・・
「あ、おはよう、キャスさん。早速来てくれたんだ・・・」
丁度、朝食を摂っていたところを訪ねたようで、目の前で動いている男の姿を嬉しそうに見つめたのであった。
「おはよう。よく眠れたのかしら。食事が食べられるようになって良かったわ」
コトリ・・・
ベッド脇の椅子に腰かを掛けながらキャスは男の顔を見つめ、喜びを表現した。
「有難う。もうお腹ペコペコだったんだけど、思うほど食べられなくてね・・・」
流動食とはいえ、暫く昏睡状態だった人間がいきなりガツガツと食べることが出来るはずがない。と、ツッコミは入れずに和やかに頷いてみせるキャスの頬に涙がこぼれた。
「ん?僕、何か悪い事言った?何で泣いてるの?」
男が食事の手を止めキャスの顔をマジマジと眺めてきたことで、自分が涙を流していることに気がついたキャスは、ポーチから慌ててハンカチを出すと顔を擦った。
「な、何でも無いわよっ!貴男の元気な顔を見て嬉しかっただけよ!」
顔を拭き終えると、キャスは男を軽く睨み付け、そう弁解した。
「心配掛けたね。有難う。もう大丈夫だよ・・・これもキャスさんの御陰だね。」
そう言われて、抑えていた感情が溢れだしたキャスの涙は止まらなかった・・・
「う・・・ぇ・・・。よがっだ・・・ほんどうに・・・もう・・・どうなるかと・・ウェ~~~・・・」
食事を置いているベッドテーブルを横に避け、男はキャスの手を優しく握りしめた。
「そんなに泣かないで?僕はこうして元気になった。それで許してもらえないかな?」
キャスはその手を振り払うと思い切り男に抱きついた。
「フウェ~ン・・・ヤダニャ。こんなに心配させたんだから責任取りなさいよね。」
「責任?」
「早く退院出来るようになって私と一緒に暮らすのっ!!」
キャスに抱きつかれながら男は暫く目を瞑りながら答えた。
「そうだね、今の僕には何処に住んでいたのか・・・帰る場所も思い出せない。そこまで気を遣ってくれているキャスさんに甘えさせてもらって良い?」
ガバッと身体を離したキャスは、泣き顔のまま大きく何度も頷いて肯定した。
「良いに決まってるじゃ無い。貴男と私は付き合ってたんだから・・・そうよ。家に来るのは当然よね?」
誰に言い聞かせているのかわからない言葉であったが、そう言う事になるらしい・・・
「それと、さん付けはやめて・・・キャスで良いから」
「わかった。じゃあ、僕のこともタローで良いよ。貴男って言うのも他人行儀でしょう?」
その言葉にキャスは笑顔を見せ、再度涙を拭き取ると慌てて身だしなみを整えだした。
「あ・・・仕事、行ってくるニャ。また夜来るからね・・・」
慌ただしく病室を飛び出すキャスの背中をタローは優しく見送った。
***
「フフフ~ン・・・ララララ~。新しい依頼だよ~。今日は良いネタが入ってるよ~!!」
いつも以上に上機嫌のキャスに、同僚の女性が声を掛けた。
「ちょっと、キャス。上機嫌じゃ無いの。何か良いことあった?」
その問い掛けに、ニコリと笑ってみせるだけのキャスであったが、その上機嫌は勤務中続き、アルテの支店はとても活気づいた一日となった。
「おっつかれさま~~~~~!!また明日~~~!!」
退勤時間を迎えたキャスは、猛ダッシュでアルテを飛び出して行った。
「ちょっと、キャス!」
同僚の女性が呼び止めようとしたが、時既に遅く、そこに姿は見当たらなかった・・・
その様子を支店長は冷ややかに眺めていたのだが、そのことに誰も気づいていなかった。
ガチャリ!
「ヤッホ~!元気~?」
息を切らせながら病室へ飛び込んだキャスは一目散にベッドの横まで駈けてきた。
「あ、キャス。お疲れ様。元気だね~・・・キャスが・・・」
男は上体を起こしてキャスを迎えた。
「私じゃ無くて、タローのことでしょう?まあ、顔見ればわかるけどニャ!」
こうして会話出来ることがキャスにはたまらなく嬉しくて、現実を直視しようとしていない自分に気づくことも無いようであった。
「今日の診察の結果では、明後日には退院出来るだろうって・・・」
タローは和やかに話しかけた。
「え?そんなに早く?大丈夫なの?ちょっと聞いてくるニャ」
驚いたキャスは、状況確認の為看護師の待機室へと足を運んだ・・・
「彼の退院が明後日と伺ったんですけれど、間違いないですか?」
看護師が頷きながらキャスの方へと歩み寄ると、
「間違い在りませんよ。先生から、恐ろしいほどの快復力で明日には歩けるようになるだろうとの事でしたので、様子を見て明後日となりました。私達も驚いていますが、良かったですね。」
状況が確かだと言う事が理解出来たキャスは、看護師に一礼すると再び病室へ戻り、タローと話をした。
「明後日の退院で間違いないって・・・ビックリね。タローってどんな身体してるの?」
マジマジとタローの身体を見つめるキャスは、干からびていた時の全裸のタローの姿を思い出し、赤面した。
「何変なこと考えてるの?キャス・・・?」
目を細め、キャスに問うタローの視線を感じ、慌てて手を振った・・・
「や、ちがっ!何でも無い・・・ニャ。兎に角良かった。じゃあ、明後日休み取って迎えに来るから。あ・・・部屋片付けないと。今日はこれで帰るね。またね~!!!」
アタフタと病室を後にしたキャスの姿を微笑ましく見送ったタローの視界に巡回中であろう看護師の姿が飛び込んできた。
しかし、その看護師の目は冷たくキャスを追っていたようであったが、タローは特に気にせず布団にくるまるように潜り込んで身体を休めた。
***
「さあ!さあ!新しい依頼だよ~!早くしないとすぐ無くなるよ~っ!」
アルテ内にキャスの元気な声が飛ぶ・・・
「おいおい、いつも以上に元気が良いな・・・。キャスの奴、一体どうしたんだ?」
ラウンジのテーブルで、好条件の依頼を待っている冒険者の一人が、仲間の男に声を掛けた。
「さあな~・・・何か良い事でもあったんじゃねえの?歩いてたら金を拾ったとか?」
冗談めかしに肩を竦めながら話を返したその男の頭越しに、別の答えが返ってきた。
「そんなしょぼい事じゃないわよ~!?まあ、アンタ達には何の価値も無いだろうけどね~」
依頼書をボードに貼ったキャスが、和やかに微笑み、男達に手を振りながらカウンターへと戻っていった。
「・・・明日雨降るかな。」
冒険者二人は、お互い明日の依頼は受けないでおこうと頷いて苦笑いをしていた。
昼食に時間になり、キャスは急遽、明日の休暇願を出した。
「あら、キャス・・・急にどうしたの?シフトの変更なんて珍しいわね。」
同僚の女性は、キャスの休暇願を受理し、シフトの組み替え手配を行いながら質問をした。
「明日、日中に外せない用事が出来たので・・・ゴメンね。急に・・・」
両手を顔の前で合わせ、拝むようにキャスが答えると、同僚の女性は軽く首を振りながら言葉を添えた。
「良いわよ。キャスにしては珍しいと思っただけで、特に問題がある訳じゃ無いから。」
「助かるわ。明日だけはどうしてもね・・・」
キャスは、笑顔で手を振りながら場を後にした。
***
「明日、移動するようです。」
支店長室の物陰で立っていた影は、静かに報告をした。
「他に変わった事は?」
窓の外を眺めている支店長は、顎に手を当てながら呟いた。
「詳細は依然不明です。明日以降は此方でも状況把握しにくくなります。」
影の返答に、支店長は頷きながら
「その点に関しては、何か手を考える事にします。報酬は後ほど・・・ご苦労様でした。」
影は静かに部屋を後にした。
「もう少し様子を見る事にしますか・・・」
支店長は複雑な思いで空を眺めていた・・・
***
翌日の早朝・・・
「うむ、問題は無いようじゃな・・・。これなら日常生活程度なら大丈夫じゃろう。」
「ただし、激しい運動は暫く控えて、自分で調子を確認する事じゃ!」
退院に向けた診察を終えた医師は、本人と迎えに来ていたキャスに結果を伝えた。
「有り難うございます。いろいろとお世話になりました。」
タローは深々と頭を下げ礼を言った。
「一応、退院とするが、記憶が戻らない以上、経過観察が必要じゃ。定期的に受診に来るようにな。」
今後の方針を伝えた医師は次の診察へと向かった。
病室を出る医師の背中を見送ったキャスは、タローに笑顔で話しかけた。
「それじゃあ、家に案内するニャ!」
「なんか緊張するな~・・・。キャスの家か~~~~。」
タローは、ゆっくりと立ち上がり、身支度を終えるとキャスと一緒に歩き始めた。
二人は看護師の待機室に声をかけ、病院を後にするとキャスの家の方角へとは向かわず、商店の建ち並ぶ方へと歩みを進めた。
「ちょっと買い出ししてから戻りたいから付き合って・・・。疲れたらすぐ休憩するから。」
「良いよ。元々どこにキャスの家が在るのか知らないし・・・。普通に歩く分には問題ないと思うよ?多分・・・」
キャスの声がけに笑顔で答えたタローの足取りは、確かに病人であったとは思えないほどしっかりしていた。
程なく商店街に到着すると、キャスは衣類、日用品、食料の順でタローのグッズを買い揃えた。
「随分たくさん買ったね~。キャス!僕も少し持つよ・・・」
背中と両腕一杯に買い込んだ荷物を眺めながら、タローがキャスに声をかけた。
「こ、この位・・・。だ、大丈夫ニャ!病み上がりの人に荷物持ちなんで・・・」
親指を立てて問題無いと発言したものの・・・
自分でも買い過ぎたと気づいたときには時すでに遅く、フウフウと半ば息を切らせていたキャスであった。
「やっぱり少し持つよ。キャスが倒れて家に着かなかったら困るから・・・」
タローは、キャスが背負っていた荷物と、片腕の分だけ荷物を受け取ると笑顔で言った。
「本当は全部持ってあげたかったけど、そうするとキャスと手を繋いで歩けないからね・・・」
片手でキャスの手を握り、移動を促した。
「あ、有り難う・・・。嬉しい事言ってくれるじゃない。それじゃあ、行きましょう」
キャスは、ほんのりと頬を染めながらタローと手を繋ぎながら、自分の家に向かって歩き始めた。
暫く歩くと賑やかなエリアから外れ、落ち着いた住宅街へと景色が変化した。
「ここが私の家だニャ!さ、どうぞ・・・入って!」
住宅街の一角に在る小さな庭付きの平屋戸建てがキャスの家らしく、タローは門の前で全体を眺めていた。
落ち着いた赤色のレンガで作られた建物はキャスのイメージからかけ離れた印象を受けた。
「へ~・・・ここに一人で住んでるの?」
建物を見た後、不思議そうにキャスの顔を眺めなるタローに、キャスは苦笑いしながら答えた。
「へ、変かニャ?家族とは離れて一人で出てきたから、一人暮らしなんだけど・・・」
「いや、一軒家で一人暮らしって凄いな・・・って思ってね。」
「そお?一人で住んでみると以外に寂しかったのよ?でも、今日から二人暮らしになるから寂しく無くなるかな~」
頬を染めながら、門を開け、玄関へ向かうキャスとタローの姿を、少し離れた場所から二つの影が見つめていた。
「あれは?」
「まさか・・・ね?」
二つの影は、様子を探るように静かにキャスの家へと向かっていった。