003 不運な事故!?
ザ〜・・・・
トゥラベスは雨。
街は、外出する人影も疎らに静けさを見せており、道行く人は、急ぎ足で雨から逃れるように気忙しく移動していった。
そんな中、ズブ濡れになりながら、病的で、みすぼらしい身なりの男が、虚ろな目でフラフラとどこかへ向かおうとしている姿を、幾人かの通行人や住民が目撃していた。
厄介ごとに関わりたくないのか、ただその動向を見つめるだけであったのだが、その男が、ある建物の前を通りかかった時、事は起こった。
「ふふふ〜ん。ラララ〜ン。ほほ〜。おっつかれさまでした〜!!また明日〜〜!!」
どんな天気も関係無しとばかりに、上機嫌に鼻歌混じりで、雨具のフードを深く被りながら、一人の女性がアルテ支部から勢い良く飛び出した。
ドンっ!!
ドサッ!!!
「いつつつつ・・・・。あ・・・ゴメンなさい。大丈夫ですか?」
扉から飛び出た女性は、勢い余って、丁度アルテの前を通りかかったその男に激突し、はじき飛ばしてしまったのであった。
女性は慌てて雨具のフードを下ろし、2メートルほど先に転がったその男に駆け寄っていった。
「う・・・」
倒れた男は、起き上がる気力も無いのか、気を失っているのか、微妙な反応を示すのみで、正常な反応は返ってこなかった。
「ちょっとっ!・・・誰か手伝って!」
女性は、慌ててアルテの中に向かって助けを呼ぶと、中から数人の冒険者らしき男達が何事かと外に出てきた。
「何だ?何を手伝うんだ?」
アルテ内から強面の冒険者らしき男が一人出てくると女性に声を掛けた。
「この人を中の医務室に運んで貰えないかしら?様子が変なのよ・・・」
「おいおい、キャスが人助けとは・・・この雨はそれでか?」
女性の名前は、キャスと言うらしく、冒険者達とは親しそうに言葉を交わしている事から、アルテの関係者であろう事が理解出来た。
「冗談言ってる場合じゃ無いわよ。急いで頂戴!今度良いネタが出たら優先して紹介するから!!」
「ハイハイ、キャスには世話になってるからな。その位お安いもんだぜ。オイ、お前も手伝え。」
男は、後から出てきた隣に居た仲間らしい男とともに、倒れている男を、アルテ内の医務室に運んでいった。
どうやらキャスは、アルテのこの支部で受付係をやっているらしく、支店長に事情を説明し、事の対応にあたる協力を得る事にしたので有った。
「有り難う。助かったわ。また何かあったら宜しくね~」
キャスは、手伝ってくれた男達に礼を言うと、医務室の扉を閉め、運び込まれた男の様子を改めて確認した。
「今日は不運だったな~。まさか、職場の前で事故るなんて・・・」
そう言いながら、男の顔をジ~ッっと観察すると、何処か見覚えのある顔であるような気がしてきた。
「ん?・・・この人・・・どこかで・・・」
暫く考え込んだキャスは、ポンと手を叩いて記憶の中に当たりを見つけた事を喜んだ。
「ニャ~ッ!・・・この人もしかして、プータローさんじゃないかしら?それにしては、以前お見かけした時と雰囲気が全然違うようだけど・・・病気か何か?」
目の前の風太郎らしき男は、骨と皮だけのように窶れ、顔からは生気を感じる事が無い程の表情であった。
前回会った時から考えても、暫く期間が空いていた事もあり、キャスの記憶の中に有る風太郎と、目の前に倒れている男が同一人物である確証を持つ事が出来ないでいたのであった。
「アルテカードは持ってないのかしら?・・・」
濡れた服を脱がすついでに、所持品をチェックしたキャスは、風太郎の下半身に目が釘付けになってしまった・・・
「流石に、此方も・・・。は、・・・違う違う・・・カード、カード」
気を取り直して探してみたものの、所持品は何も無く、身元を証明する事は出来ないようであった。
「困ったわね・・・多分、そうなんだろうけど、確認が取れないと連絡するにも・・・」
本人の基本情報は登録リストで確認出来るものの、最新の状態である保証は何処にも無かった為、アルテ会員とは連絡を取る手段にかなりの不安を抱えているのが常であった。
急患用の服を着せ、タオルケットのような布を上から掛けながら、キャスは後の対応を考えていた。
「いつまでも此処に寝かせておく訳にもいかないし、医者に連れて行くのも面倒が有るかもしれないし・・・う~ん・・・困ったニャ」
コン、コン・・・
医務室の扉がノックされ、支店長が様子を見に入ってきた。
「如何ですか?様子は・・・」
ベッドで横になっている男の顔を覗き込みながら、キャスに状況の確認を入れた支店長に、キャスは現時点の報告をし、今後について相談する事にした。
「そうですね、私としては、病院に放り込むのが手っ取り早く片付いて良いと考えますが・・・。どうやら、キャスは違う見解を持っているようですし、当事者である貴女の気の済むようにするのが良いのでは無いですかね?」
支店長は、一応、相談にのった体裁を取っているが、結局はキャスが決める事と、決断を回されたのであった。
「・・・・病院で見てもらう事にします。有り難う御座います。」
「いえいえ、それでは搬送の手配をしてきましょう。後の事は貴女の方で処理をして下さい。」
支店長はキャスに手を振りながら医務室を出ると、病院までの搬送の手配を【アルテからの依頼】という形で手早く進めた。
程なく、風太郎と思しき男と、キャスは町中にある病院の一室に収容され、状況が安定するまで入院と言う処置を取る事となった。
アルテからの紹介と、キャスが身元保証人となった事で、【名称不明】の患者ではあったが、スムーズに治療を受ける事が出来た。
「先生、どんな感じですか?」
診療を終えた医師に、キャスが尋ねると、医師は首を振りながら簡潔に答えた・・・
「うむ、かなり衰弱している上に、頭に大きな衝撃を受けた事で予断を許さない状況かの・・・。今夜が一つの山じゃろう」
「ニャッ!?そんな・・・」
医師の話を聞いたキャスは、オロオロと病室の中を落ち着き無く動き回った。
「これこれっ!病人が横で寝て居るというのに、落ち着きなさい。心配なら一晩付ききりで様子を見て居ればよかろうて・・・。」
見かねた医師は、キャスに助言を行うと、看護師に後の事を託し病室を出て行った。
「私は待機室に居ますから、何かあれば声を掛けて下さい。」
看護師は、キャスに一通り入院に関する注意事項などを説明し、待機室へと移動していった。
「ぬ~・・・思わぬ事態です。まさかこんな事になるニャんて・・・」
キャスは、病室のベッド脇にあるソファーに座りながら頭を抱えて唸った。
「それにしても・・・本当に、誰なんでしょう?元気になってくれれば良いのですけど・・・」
点滴を受けながら静かに寝込んでいる男の顔を確認するように覗き込みながら、キャスは自分の予想が外れている時の事も考え始めていた。
ランプの明かりがユラユラと部屋を照らしながら、窓の外では夜の深まりを感じさせるように野鳥の鳴き声が静かに響いていた・・・
「・・・・メ、・・ナ。迎えに・・・」
男がうなされながら何かを呟いた声に、キャスは驚き、慌てて男の口元に耳を近づけ、次の言葉を待った・・・
「迎えって、何?何処に?」
「・・・機人・・・ボディー・・・」
そこまでで男は再び意識を失った・・・
キャスは慌てて待機室に声を掛け、様態の確認を依頼すると看護師が直ちに病室まで同行し、脈や呼吸などのチェックを行ってくれた。
「大分落ち着いてきているようです。薬が効いているのでしょう。このまま静かに休ませてあげて下さい。もう大丈夫・・・明日の朝一番にあらためて診察しましょう」
看護師の言葉にキャスの表情は明るくなった。
「良かった。この人は助かるんですね?有り難う御座います」
病室を出ようとする看護師に一礼し、男の顔を眺めているキャスは実に嬉しそうであった。
その夜、キャスは徹夜で看病し、朝一番の受診を待った。
受診の結果、医師より「後は日にち薬じゃ!」と太鼓判を押された事で安心し、一端アルテに顔を出す事にしたので有った。
アルテに出勤したキャスは、支店長に状況を報告しながら後日の対応を協議した。
「それで?貴女としては、どうしようと考えてますか?」
支店長室のソファーに腰をかけていた支店長は、キャスに質問をした。
「正直悩んでいます。何と言っても身元不明者ですので・・・」
両手で自分の顔を挟みながら、目の前にあるテーブルを見つめながらキャスは言葉と続けた。
「現状では、まだ動ける状態でないので、暫く入院してもらうつもりです。それまでに様子が掴めればその状況で対応しようかと考えています。」
支店長は顎に手を当て、軽く目をつむると頷いた。
「現状ではそれしかないですかね。何か困った事があれば遠慮せず相談してください。」
実際、身元不明者で意識が戻らない以上、アルテとは言え出来る事は限られていた。
「有り難うございます。つきましては、勤務時間の調整をお願いできればと・・・」
キャスは、支店長に頭を下げながら状況の変化に対応しやすいよう、自分の勤務調整を依頼した。
「そのぐらいの事はお安い事です。具体的な事は現場で調整してもらいましょう。」
そう言うと、支店長とキャスは部屋を出て業務へと戻っていった。
***
(その日の昼頃)
「ねえねえ・・・男拾ったんだって?どんな感じ?」
アルテの受付で働いている同僚の女性が、興味津々の顔つきでキャスに擦り寄ってきた。
「拾ったとか人聞きが悪~・・・事故よ!事故!」
キャスは両頬に空気を目一杯溜めた顔になりながら横を向いて拗ねて見せた。
「ゴメンゴメン。でもさ~・・・ただの事故ってわりには、何かソワソワしてない?」
同僚の女性は、ニヤニヤと面白いものでも見るような目でキャスの顔を覗き込んで来た。
「あ、当たり前でしょう?生死を関わっている事故で自分が加害者側になってるんだから・・・」
キャスは両腕を激しく振りながら必死に否定して見せながらも、ムキになっている自分を不思議に思うのであった。
(私ったら、何かムキになってない?)
「はいはい・・・わかってますよ。キャスは意外と身が堅いって・・・モテるのにね~もしかして男に興味が無いとか?」
ケタケタと笑いながら、明らかにからかっているであろう同僚は実に楽しそうだ。
「まったく・・・人で遊ぶんじゃ無いの。どうせ寂しい独り身ですよ~」
キャスはプイと横を向きながら、ふと病室で横たわっている男の顔を思い浮かべていた。
(なるべく早く仕事引き上げて、様子を見に行かなくっちゃ)
キャスの顔が寂しそうに曇ったことと、昼の休憩が終わったことで、遊びは此処までと、同僚女性はキャスを置いて営業スマイルへと切り替え受付カウンターへと向かっていった。