電力開発
多くの世論を無視するような政府の電源政策に対抗する、全く新しい発電構想がまとまった。しかも初期投資はほんの僅かで、発電のための燃料はゼロ。まさしく夢の新技術だ。
この技術の有効性には与野党の区別なく賛同者が多くいた。業界の顔色をうかがうことにかけては天才的な政府要人でも、同調する者が半数を超え、いよいよ実証実験にとりかかることになった。
はるか崖下に海を見下ろす乎民家風の建物が、大脳生理学を研究している三宮博士の研究所だ。博士は長年にわたり大脳が発する電気信号、つまり脳波の研究に没頭してきた。博士の研究は、脳波を人為的にコントロールできないかということだった。近年、その研究に目途がつき、ふっと吾に返ったのだった。
社会が円滑に営まれることを願っての研究だったはずなのに、他人を意のままに操る研究もあると気付いたのだ。そこで博士は、研究成果を抹消してしまった。
穏やかな隠遁生活を始めたばかりの時に、原発事故が発生した。施設のみならず、広範囲に立ち入りを制限せざるをえない大惨事だ。しかし、多くの人が迷惑を蒙ったにもかかわらず、政府は盲目的に原発再稼動を推進した。それを知った博士は、自分の研究が活かせないかと考えたのだ。
脳波は微弱な電気の流れである。それを取り出して集めれば、化石燃料も、放射性燃料もまったく必要なくなるではないか。そう考えた博士は、研究室にこもりきりで開発に没頭し、取り出すことに成功した。
博士は、微弱すぎる信号をメモリーに貯え、外部に送電する装置を考案したのだ。
公募で選ばれた被験者にチップが埋め込まれ、実験が始まった。
起床、朝食、出勤、勤務、退勤、帰宅と、日常生活の中で膨大な信号を我々は発している。それを集めてみると、ばかにできないほどのエネルギーであった。
一方で、集められた信号を増幅し、電力に変換するチップも考案された。
そこで解析されたのは、感情によって発するエネルギーの強さが違うということであった。詳細なデータ解析によると、通勤時に大きなピークを迎え、仕事中はほぼ安定して高い値を示すということである。退勤時は通勤時にくらべると若干低めで、帰宅してもまだ一定の高さを保っていた。それを更に解析して、怒りの感情が非常に強い信号を発することを突き止めた。
二年に渡る実証実験で、わが国の電力政策は大きく方針転換をした。風力や太陽光といった自然エネルギーを奪う方法ではなく、国民自らが発電機となったのであった。
隣国はその技術をほしがった。激高しやすい国民性だから周辺国に売電することも可能だろう。またその隣国も技術をほしがった。しかし政府は技術提供を頑なに拒んだ。青筋をたててねじこんできても拒み続けた。
すると両国は、理不尽な制裁を課すと声明を出したので、国内発電量はピークを突破した。
今日は皆既日食だ。はるか昔に地球で眺めた日食などとは全く違う、光のページェントだ。そろそろ始まるころだなと、かぐやは遮光眼鏡を取り上げた。
真っ黒な空間にギトギトとしたオレンジの幕がかかっている。その中心に眩い太陽が輝いている。今回は十年に一度、地球の中心が、太陽の中心と重なるのだ。
かぐやは、ワクワクしながらその時を待った。
月からの照り返しを受けて白っぽい地球が太陽を隠してゆく。遮光眼鏡の中で太陽が呑み込まれていった。
太陽が完全に隠れると、地球は土気色に色褪せた。が、しっかり見えている。
かぐやは眼鏡をはずして、天体ショーに見とれていた。
と、地球の一部が異様に輝いた。しばらくすると、その隣にも光が広がり、ちょっと離れたところにポツポツと小さな明滅を見た。四つ、五つと数えたものの、かぐやはメールに気を取られて忘れてしまった。