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某日のちびこ1

 がたがたごっとん。

 馬車がゆれまーす。

 ごとごとがったん。

 乗り心地は、あんまりよくないでーす。



 こんにちは。ちびこです。イブキ・ナスタティ・ソールっていう、ちゃんとした名前があるけど、今はちっちゃいから、ちびこでいいです。



 がたがたごっとん。

「すまないね、ちびこ。本当は、チトセと一緒に行きたかったろう?」

「しょーね。でも、こえはおちごとだかやね、っちぇ、ちーちゃがいっちぇた。だかや、だいじょぶ。まかしぇて、あとしゃ。わゆものは、わたちがぼっこぼこにちてやんよ!」

 しゅしゅ、と拳を前に突き出して、シャドーボクシング。



 わたしだって、リッテ商会の一員だもん。1人でお仕事、できるもん!

 今日のお仕事は、アトさんと一緒にこの国のお城に、近衛兵とやらの視察に行く。

 と言うより、近衛兵をぼっこぼこにしに行く。理由は知らない。



 アトさんの名前は、スチューアート・パララディ・ルーベンス。辺境伯という位にある、この国の割と偉い人、らしい。わたしはよく知らない。

 アトさんは、リッテ商会のお仕事がスムーズに進むよう、色々と手を貸してくれているそうだ。だから、できる限りアトさんのお願いは聞くようにしなくちゃいけないんだって。



「いや、悪者ではないんだがね」少々、困っているだけで。

 ちょっぴりたれ目のアトさんは、困っていると言っても困っているように見えないのが難点だな。

 偉い人だけど、ちっとも偉そうにしない、とっても優しいお兄さんだ。

 そんなお兄さんを困らせる人がいるなんて、許せない!

「だいじょぶ! あとしゃんをこまやせゆわゆいやつは、わたちがぎったんぎったんにちてやゆからね!」

「ぎったんぎったんって……パワーアップしているじゃないか……」

 きのせいでーす。



 馬車に揺られて、がたごとがったん。大きな門をくぐって、さらに小さな門をいくつかくぐって、着いたところは、闘技場みたいなところだった。

「お。ちょまった。ちゅいちゃの?」

「ああ、そうだね。ドアを開けてくれるから、それまで待っていなさい」

「あい」

 わたしが頷くと、馬車の外から「着きました」という声がして、ドアが開いた。

「ちょお!」

 わたしはジャンプして、馬車から降りる。御者の人がびっくりしてるけど、気にしなーい。

「ちゅえてきてくえて、ありやとね!」

「どういたしまして」

 わたしはオトナだから、ちゃんとお礼が言えるのだ。えっへん。



 おっきいね、って御者の人に言ったら、この闘技場は普段は兵士の訓練に使われているけれど、御前試合と言って、王様がご覧になる試合をする事もあるそうだ。

 試合かあ……こう、わたしの魂がうずくね。わきわきと。ただ、今日は何にもしていないのか、熱気のようなものは全く感じられない。残念だ。



「おはようございます、ルーベンス辺境伯。わざわざお越しいただき、恐縮です」

「おはよう、コーラン隊長」

 アトさんが、マントのおっちゃんとお話してるけど、わたしは関係ありませーん。

「行こうか、ちびこ」

「あい」

 アトさんが手を差し出してくれたので、それを握って一緒に歩く。アトさん、紳士ですな。

 マントのおっちゃんに案内されて、闘技場の中へゴー! 



「ほわあ……ひりょいね」

 広いけど、むき出しの地面って言うのがなあ。風が吹いたら、土埃がすごそうだ。

「一度に百人単位で訓練させるとなると、最低でもこれぐらいの広さは必要になる」

「ほほー」

 まあ、そうかも知れないな。個人戦ならともかく、団体戦ともなると隊の連携とかも必要になるだろうし。模擬戦なんかもやるそうだ。



 この広い中、今は30人くらいの人が、真剣で立ち合いをしていた。

 年は、マリエお姉ちゃんくらいの子から、マントのおっちゃんくらいまで、幅広い世代が揃っているみたいだ。

 全員、お揃いのブドウ色のマントを身に着けている。背中には、レイピアをクロスさせた紋章が、山吹色の糸で刺繍されていた。マントの下は、好きな恰好をしていいみたい。膝までのブーツの色もズボンの色もみんなバラバラ。訓練だからかな?



「全員、止め!」

 おっちゃんが大きな声を出すと、素振りをしていた人たちがぴたっと動きを止めた。あらかじめ、知らせてあったのか、全員がささささーっとこっちに寄って来て、整列。

「いかかですかな? ルーベンス辺境伯。わが国トップクラスの猛者揃いですぞ」

 小鼻を膨らませて、おっちゃんがふふんと得意げに胸を張る。

「彼らの実力をご覧いただければ、貴殿の懸念事項も春の霞ごとく吹き飛ぶというもの」

「そうかい?」

「もちろんですとも」

 むふー、って鼻息が聞こえてるぞおっちゃん。



 得意げなおっちゃんと違って、アトさんの困り顔には変化なし。

「まず、最初に言っておかなくてはならないのは、私は文官畑の人間でね、兵の良し悪しは全くと言っていいほど分からないのだよ」

「何と! しかし、ルーベンス辺境伯の兵と言えば、勇猛果敢で知られているではありませんか。なのに、辺境伯は兵の良し悪しを見抜けぬとおっしゃられる?」

「それは、部下が優秀なだけだよ。ただまあ、安心してくれたまえ。私なりに、優秀かそうでないか、秤にかける準備はして来たからね」

「はあ」

 おっちゃんは、何やら戸惑い顔。アトさんの言う、秤が何だか分からないのだろう。整列した兵も、皆、首を傾げている。



「ちびこ、すまないが、一つ彼らに胸を貸してやってくれないかね」

「あい! おまかしぇありぇ」

 そのためにわたしが来たんだもん。まっかせなさーい。やる気満々ですよ。

 ばっちこーい!

「は!? 辺境伯、本気ですか?!」

「ちょ……子供相手に何を──っ!?」

「ふははははは! かくごしりょー! いくじぇ、いくじぇ、いくじぇ~!!」



 5分後。



「おーとのこにょえへーとやりゃは、なんじゃくだな」

 おいおい。いくら何でも、これはないだろう。

 全員、ワンパンで動けなくなるってどうなんだ。

 わたしはため息をついて、肩をすくめた。

 30人ほどの兵たちは、全員、地面に転がって縮こまり、ううと唸っている。



「な、な、な……何たる……っ!」

「コーラン隊長、私の不安は吹き飛ぶどころか、ますます濃くなってしまったんだがね」

 アトさんの心配は、こいつらの弱さだったのか。

 体力、実力はもちろん、胆力でもアウト。君ら全員、スリーアウトだ。退場! って、言いたいところだけど、そういう訳にもいかないんだろうな。しょうがない。



「おい、こりゃ! おまえたち! なんだ、しょのじゃまは! おまえたちは、おーしゃまもまもゆのがしごちょだりょ! しょこでうじゅくまっちぇ、うーうーいっちぇたりゃ、おーしゃまは、まもえないじょ!」

 体の後ろで手を組み、兵隊さんたちの側を右へ、左へ行ったり来たり。



「たて! けんをとりぇ! かまえりょ! おまえたちは、しょれでも、いのちをまもゆたてなにょか! しょんなんで、いのちがまもりぇゆとおもちぇゆのか! へんじはどーちた! なんのはんげきもできにゃいまま、わたちに、ぼこらりぇて、くやちくないにょか! おまえたちは!!」

 返事は、ない。相変わらず、うーうー、唸ってるだけだ。全く、情けない!



「うちのむりゃのひとたちにょほーが、まだちゅよいじょ!」

「あそこは、特殊だと思うけどねえ」

 その通りだとは思うけど、アトさんの独り言なんて、聞こえなーい。お耳を両手でふさいじゃう~。



「まあ、とにかく、ご覧のとおりだ、コーラン隊長。ちびこに手も足も出ないようじゃ、深魔の森の攻略なんて到底なしえない。魔族を制圧し、大陸の西側に進出するなんて、夢のまた夢だね。諦めたまえ」

 ん? たいちょ?

「な……な……何たる……」

 振り返ると、マントのおっちゃんは石像みたいに、かちんこちんになっていた。猛者揃いだって、自慢してたもんねえ。それが、5分持たないって……。本当に猛者なのか、おっちゃん。



「あなたの口から陛下にはお伝えいただきたいが、国策として深魔の森の攻略に着手されるのであれば、我が領はユァシルより独立させていただく」

「んな!? へ、陛下のご意思に逆らうと仰るのですかっ?!」

「たとえ陛下のご意思であろうとも、このような有様では、深魔の森の攻略など愚策以外の何物でもありますまい。集団自殺幇助など、御免被ると申し上げているのです。万が一、魔族との全面戦争になれば、我が領が前線となる。私は領主として、何の義もない戦に、領民を巻き込む事などいたしかねる」



「えー、あとしゃ。こにょひとたち、しんまにょもりにあちゃっくしゅゆちゅもりなにょ?」

「そのようだよ。ちびこはどう思う?」

「じょーだん、かおだけにちてよ。わやえないよ」

 わたしは、顔の前でぱたぱたと手を振った。確かに、わたしは強い。それは認める。



 でも、わたしが住んでいるルドラッシュ村の大人だって、ここまで酷くない。いってえええ、って村中駆け回ってるレベルだ。

「と、言う事だ。忠告はさせてもらったよ、隊長殿。では、ちびこ、帰ろうか」

「あい。ちぇ、ちゅまんにゃいにょ。もうおわりか」

 こんっと、転がっていた小石を蹴飛ばしたその時だった。



「皆、立て! 逃げろ! ロックサーペントが、逃げ出したぞ!!」

 なぬ? ロックサーペント、とな?

 声がした方向へ顔を向ければ、ちろちろと舌を出し入れしながら、でっかい蛇がこっちへ向かって来るのが見えた。



 岩の名前を持つ通り、黒っぽい灰色のごつごつした皮膚を持つ、大きな蛇だ。その胴体の一番太いところは、わたしの体と同じくらいのサイズがあるだろう。おまけに長い。

「くっ! 立て! 早くしろ! ここは私が食い止める! お前たちは逃げろ!」

 すらっと腰の剣を抜き、マントのおっちゃんが決死の表情でロックサーペントの前に立ちはだかる。

 唸っていた兵士さんたちは、必死になって身を起こし、この場から逃げようとしていた。

 はて? この人たちは何をこんなに必死になっているんだろう? 身を隠す場所が豊富な深魔の森で出会ったのならともかく、こ~んな野原みたいなところで出会ったなら、ロックサーペントなんて、何にも怖くないじゃないか。



 まあ、確かにロックサーペントが吐く毒液は怖いし、全身筋肉みたいなもんだから締め付ける力もすごいし、素早いけど。

 毒液の有効射程範囲は狭いし、後は噛みつく、巻き付く、くらいしか攻撃方法を持ってないじゃないか。



 つまり、どういう事かと言いますと、わたしくらいになりましたらですね、

「ちーちゃのおみやげにしゅゆ!」

 てててーっと走って行って、

「なっ!? 待て! 危ない! 戻れ!!」

 おっちゃんが叫ぶけど、無視、無視。



 くわっ! と蛇が牙をむいて毒液をぶっかけてくるけど、

「ほいさ!」

 サイドステップで避けて、軸足とは反対の足を持ち上げて回転。

 蛇と距離はあるけど、何、大丈夫。持ち上げた足をそのまま、かかと落としの要領で振り下ろすっ!

 速さは力だ。わたしが下ろした足は周りの空気も巻き込んで、いわゆる衝撃波のようなものを作り出し、蛇の頭を縦に真っ二つにする。



「よち。あとしゃ、もっちぇかえっちぇ、ちーちゃに、かばやきちてもやおう!」

 知ってるか~い? 蛇のかば焼きは旨いんだぜ~?

「か、かばやき? 持って帰る……のか?」

「もってかえゆよ! これは、わたちがやっちゅけたんだかや、わたちの! おっちゃには、あげにゃいんだかや!」

 マントのおっちゃんにあっかんべえをして、わたしは蛇をずるずる引きずる。



「ちーちゃのかばやき、たのちみねえ、あとしゃ!」

「そうだねえ」

 くっくっくっと笑っているアトさん。何が面白いのかはさっぱり分からないけど、どうでもいいや。

 今から、晩御飯が楽しみで~す。



 そうそう。後から聞いたんだけど、あのロックサーペントは、兵士さんたちの実力を見るための試験に使う魔物なんだって。

 それで、あの人たちは、かろうじて1人でロックサーペントを倒せるくらいの実力しかないんだって。

 そんなんで、よくぞまあ、深魔の森に挑むつもりになったもんだ。無理無理。深魔の森じゃあ、ロックサーペントなんて、ちょっと強い雑魚ってレベルですよ~?



 王都とルドラッシュ村との実力基準に差がありすぎじゃね? って、アトさんに言ったら、

「それが一番困ってるんですよ」

 アトさんは、トホホ顔で肩を落とした。

「しょっか。かばやきたべて、げんきだしちぇ?」

「ありがとう……」

 アトさん、お疲れさま。


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