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Alive Kill  作者: 芳乃ユラ
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達観追想

年端も行かぬ幼女が一人で歩く。曇り空は彼女を心を表しているようにも見える。


「お姉ちゃん……。」


振り返り呟く。しかしそこに姉の姿はなく、言葉は虚しく霧散する。涙を堪え、幼女はただ前へと進むしかなかった。





「これで大丈夫よ。」


十一日目の朝。みゆきが蓮華(れんげ)の制服のボタンを修復してくれた。みゆき曰く『裁縫セットは持ち歩くもの』らしい。


「…………。」


蓮華は黙ってそれを受け取って着替える。終始無言のままの蓮華は見ていていたたまれないが、みゆきはどう話し掛ければ良いか分からずただ見守るしかできなかった。

蓮華の着替えが済むとみゆきと共に外へと出る。玄関前では絞助(こうすけ)が待機していた。


「もういいのか?」

「ええ、出発しましょう。」


三人は再び食料を求めて歩き出した。





生憎と今日は曇り空。いつ雨が降ってきてもおかしくはない。そんな天気もあってか三人の間に会話はなかった。しばらく歩くと、誰かがこちらに向かって来ているのが見えた。シルエットからして小学生くらいの女の子だ。


「あら、誰かしら?」


少しずつ近づいてくるそれは、近くで見るとやはり幼女だった。左目に医療用の眼帯をしている。


「あ、あの……。」


幼女が話し掛けてきた。昨夜のこともあり、絞助とみゆきが身構える。


「お姉ちゃんを探しているんです……。一緒に探してもらえませんか?」


それに答えたのは今まで黙っていた蓮華だった。


「……私は蝶野蓮華。君、名前は何ていうの?」

「え……あ、あの、鬼塚(おにづか)京子(きょうこ)って、言います……。」

「おに、づか……?」


蓮華にはその名字に聞き覚えがあった。しかし思い出そうとするが、記憶にモヤが掛かってうまく出てこない。するとみゆきが口添えをしてくれた。


「鬼塚ってアレじゃない、ヤクザを締めてる組のトップじゃない。」

「そうなの?」

「『鬼塚組』って聞いたことないかしら?私の耳には良く入ってきたわ。なんでも、趣味で銃やら刀やらを収集してるとか。あくまでも噂だけどね。」

「へえ〜……。」


蓮華はよく分からなかったがとりあえずの返答はしておく。


「頼もしい護衛とかもいるらしいじゃない。その人たちに頼めばいいはずよ。京子ちゃん?」


みゆきは突き放すような目つきで京子を睨んだ。京子は反論などせずただ目を逸らす。代わりに蓮華が口を開いた。


「……一人にはしておけないよ。お姉さんを探すことは出来ないかもしれないけど、一緒にいるくらいならいいでしょう?」


同意を求めるように絞助とみゆきに目配せしてきた。絞助は決めかねてみゆきに振る。


「……どうする?」

「私はどちらかと言えば反対よ。だって私たちに利点がないもの。こんな切羽詰まった状況で子守りなんて願い下げよ。」


みゆきはあくまでも京子を受け入れようとはしなかった。それに対して蓮華が反論する。


「みゆきちゃん……人を助けるのに、理由なんていらないはずだよ?」

「…………。」


媚びるような眼でみゆきを見る蓮華。みゆきは頭を抑えながら嘆息した。


「あーはいはい分かったわ。連れて行けばいいんでしょ?でも良いこと?そのお姉ちゃんとやらが見つかるかは保証しないから。それでいいかしら?」

「あ、は、はい。」


京子が慌てて反応する。蓮華の視線が絞助に移ったが、絞助は無言で頷くしかなかった。





人気のない住宅街へと入り込む。曲がり角で見えにくくなっているが、小さな駄菓子屋を見つけた。木造建てのかなり古い作りになっている。絞助が引き戸を開けると、中に男性が一人居た。


「だ、誰だお前ら!?」

「安心してくれ。俺たちは危害を加えるつもりは……。」


絞助がなだめようとするが男性は最後まで聞かず、自ら窓ガラスへ突っ込んで外へと出ていった。


「……まあ、なんていうの?こっちが人数多いからビビったんじゃないかしら?うん、そう思っておこう。」


みゆきが絞助にフォローするが、要らないとばかりに絞助は首を横に振った。

駄菓子屋らしく腐りかけではあったが、一応は口に入れることはできる菓子類が並ばれていた。非常時であるが故に全員ものともせずに頬張る。しかし京子だけは違っていた。


「…………。」

「どうしたの?食べないの?」


京子がチューインガムを握りしめたまま外を見ていた。蓮華が促すが気づいていない。


「雨……。」


ボソリと呟く京子。蓮華も外を見てみると、確かに雨が降っていた。かなりの雨量だ。


「…………。」

「…………。」


アスファルトを叩き付ける豪雨の音は二人の沈黙を誘う。





食事も終え、雨により移動が出来ずにいる四人はジッと雨を眺めていた。静まり返った雰囲気に耐えられなくなった最初の人物はみゆきだった。


「ねえバナナ野郎。」

「あんだよ。」


目線はそのままで面倒くさそうに返事をする絞助。みゆきが続ける。


「こういう時、気を利かせてなんか面白い話でもしてみなさい。なるべく爆笑するやつ。」

「面白い話ぃ……?」


言われて頭を捻らせてみる。そんなものがパッと思いつくはずもなく……。


「布団が吹っ飛んだ、とか。」


絞り出されたのはオヤジギャグだった。みゆきが白い目で絞助を見る。


「呆れた、まさかそんなつまらない駄洒落(ダジャレ)が出てくるとは思わなかったわ。バナナ野郎も大したことないわね。あなたに話を振った私が馬鹿だった。ああ嫌だ嫌だ。これだからバナナ野郎って呼ばれるのよ。」

「…………。」


散々の言われようだが反論できない。自分でも言ってしまったあとで面白くないと思ったからだ。


「ねえ蓮華。あなたもそうは思わないかしら?……蓮華?」


みゆきが蓮華を見やると、蓮華は肩をワナワナと震わせていた。


「蓮華?どうしたの?あの日なの?ブルーデイなの?」

「ぷっ……く……。」

「ぷく?」

「ぷ……あっははははは!!」


次に出てきたのは大きな笑い声だった。腹を抱えて悶絶している。


「布団が……吹っ飛んだって……あはははは!!お腹痛い!」

「あ、えーっと……。わー面白い。鮫島くんって笑いのセンスあるのね。ウケるー。」


慌てて取り繕ってみゆきも蓮華に合わせる。しかしその口調は明らかに棒読みだった。言葉だけで目も笑っていない。


「あはははは!あは、あははは!」


不気味なほどに笑い続ける蓮華。狂気にも似たそれは絞助とみゆきにとってあまり良いものとはならなかった。まるで、何か壊れてしまったかのようで……。


「…………。」

「…………。」


まだ雨は降っていた。





絞助が気付いた時には既に日が昇っていた。昨夜はあまり深い眠りにつかなかったせいか、いつの間にか眠っていたらしい。結局あの後、雨が止むことはなかったので、結果的に駄菓子屋で夜を明かすことになったようだ。その雨は眠っている間に止んだようで、今は快晴だ。


「ん……。」


確認がてら周囲を見渡す。雑魚寝だがすぐそばにみゆきが寝転がっていた。そして蓮華は……。


「いない!?」


半分しか開いていなかった眼がパッチリと開く。店の中をくまなく探してみるがやはりいない。それに、あの京子という幼女も姿を見ない。絞助が慌ててみゆきを起こす。


「おい羽鳥、起きろ!」

「むにゃ……なによ、夜這い?」

「寝ぼけてる場合か!いいから起きろ!」

「騒がしいわね……あら?」


ふと自分の隣に手を置く。そこに人の温もりはない。


「蓮華がいないわね。私の隣で寝ていたはずなんだけど。」

「探したが見当たらないんだ。」

「……ああはいはい、そういうことね。なるほど、状況は分かったわ。でもまあ、私に任せなさいな。こういう時のために用意してたのがあるから。」


みゆきは慌てず騒がず、自分のポケットからあるものを取り出した。




時は絞助が起床する数時間前に(さかのぼ)る。夜中、雨が小振りになったのとほぼ同時に京子が蓮華を揺さぶっていた。


「蝶野さん……蝶野さん……。」


他の人に気づかれないように小声で蓮華の名を呼ぶ。


「ん、あれ?京子ちゃん?どうしたの?」

「お姉ちゃんを……見ました。」

「え!?ホント!?」

「シーっ!静かにしてください!」


京子は焦っているような雰囲気で蓮華を制止する。蓮華も、みなを起こさぬよう京子に合わせて小声になる。


「……で、どこで見たの?」

「さっきお店の前を通った……ような気がするんです。」

「気がする?確証はないってこと?」

「はい……。」


京子は力なく頷いた。しかし蓮華は京子の肩をがっしりと掴んで真っ直ぐに京子の瞳を覗き込んで力強く言った。


「大事なお姉ちゃんなんでしょ?一緒に追いかけよう。」

「あ……はい。」


なぜだか京子は乗り気ではなかった。





同じ時刻の、とある精肉工場では一人の女性が拘束されていた。両腕は縛り吊るし上げられ、衣服はMMEを除くとほとんど着ていないに等しい。さらには目隠しまでされている。


「ハァ……ハァ……ハァ……。」


精神的に限界が近いのか、息づかいが荒い。そんなことを知ってか知らずか、拘束した張本人が話し掛けてきた。


「よう麻夜(まや)。気分はどうだ?」


そこにいたのは凌司だった。麻夜と呼ばれた女性は心底憎悪を向けて返した。


「……はん、あんたのおかげで最悪よ。」

「そうかいそうかい、そいつぁ良かった。」

「私のことより、妹はどうなってるの?手を出したりしてないでしょうね?」

「ああ、あいつか。お前を人質に取りゃ言う事聞くかと思ったんだがな。なかなか強情だったんで少々痛めつけたぜ。」


凌司の手にはサバイバルナイフが握られていた。そしてその先には人の目玉が突き刺さっている。乾いたその瞳はもう何も映していない。


「!!あんた……私が言いなりになるから妹には手を出さないって……!」

「おうおう、その表情と声色よ、俺が欲しかったのは。落ち着けよ、殺しちゃいねえから安心しろ。まあ、あの痛みに泣き叫ぶ声はもう一度聞きてえがなあ……。」


凌司は工場内の天井を仰いで思い出す。あれは稀に見る天性のいじめられっ子だ。思い出しただけでよだれが止まらない。


「あ、そうだ。イイことを思いついたぜ。ヒヒ。」


凌司は微笑みながらサバイバルナイフから目玉を引き抜き、麻夜に近づく。心臓の位置に突き立てられたそれは命を刈り取るのには充分過ぎる。


「なに……する気?」

「いやいや。そろそろお前をラクにしてやろうと思ってな。」


チクリと麻夜の胸に刺さるナイフ。言葉なき死の宣告。凌司が思い浮かべるのは絶望に歪むあの童顔。

麻夜は妹の事が心配ではあったが、最後に考えたのは別の事だった。それは初日に助けた女の子の事だ。


(あの子……気まぐれで助けちゃったけど、元気にしてるのかな……。)


妹の身柄を交換条件に自らの身体を差し出した故のこの状況であるのに、とくに思い入れのあるわけでもないただのクラスメイトの事を思い出すとは、自分でも笑ってしまう。


「ふっふふ……。」

「あん?何がおかしい?」

「気にしなくていいよ。どうせあんたには関係ない。」

「……あっそ。」


振り上げられた殺意はお構いなしにとばかりに蹂躙する。血飛沫は断末魔と決別の涙となって降り注ぐ。

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