略奪少年
新たな食料と寝床を探して都心から離れる。雑居ビルの立ち並ぶ都心だと、あのチェーンソー男のような狂人が再び現れないとも限らない。ならば人気の少なさそうな場所を選ぼうと言い出したのはみゆきだった。
「この家、誰もいなさそうよ。」
歩き始めて数十分、みゆきが足を止めたのは一軒の和風な一戸建てだった。見るからに古めかしいそれは、確かに人がいるような気配は見せていない。
「分かるものなのか?」
しかし絞助が疑うのもまた事実で、『誰もいなさそうな建物』ということはそのまま『誰しもが狙う物件』だからだ。だがみゆきはさも当たり前のように答えた。
「ただの勘よ。」
そう言うと、みゆきが引き戸に手を伸ばす。鍵が掛かっていて開けられない。
「誰かが中から鍵を掛けてるんだろう。他を当たるしかなさそうだな。」
と、絞助が踵を返す。それを知ってか知らずか、みゆきは鍵穴付近でカチャカチャと音を立てていた。
「何してるの?」
不意に蓮華がみゆきに尋ねる。一瞬だけ身体をビクつかせたが、すぐに元に戻って質問に応じる。
「ピッキングよ。なんとなく針金を持っておいて良かったわ。」
見るとみゆきの手には本当に針金が握られていた。複雑な形に折り曲げられたそれは、確かに『ピッキング』というのにふさわしい。
「おいおい、そんなんで鍵が開くわけが……。」
絞助が言い終わる前にカチリと開錠の音が聞こえた。みゆきがドヤ顔で絞助を見上げる。
「バナナ野郎は文句が多いわね。さ、さっさと中を散策するわよ。」
「…………。」
絞助は一番後ろから付いていった。
争った形跡はあったが本当に誰もおらず、冷蔵庫の電源も生きていたので食料にも困らなかった。三人ともそのままそこで就寝し、十日目の夜を明かすことにした。
「いてぇー!!」
大声で痛がる男性の声が、和風一戸建ての内部に響き渡る。絞助がその声で目覚めるのは必然とも言えよう。
「なんだ……!?」
急いで声のした方へと向かう。台所の方からだ。幸いにも絞助が寝床に選んだ部屋は台所から廊下を挟んだ隣の部屋だったので、すぐに駆けつけることができた。
「……!」
そこで目にした光景は、絞助にとってデジャヴを起こさせた。
「あらバナナ野郎。おはよう。」
「あ、ああ……。」
みゆきがいた。みゆきが見知らぬ男性(おそらく歳は離れていない)を、この前の蓮華にしたように右腕を後ろで固定させ頭を地面に打ちつけさせていた。
男性が言う。
「いてぇってば!俺は食いもんが欲しくて冷蔵庫漁ってただけ!別にお前らに危害を加えるつもりはねえって!だから離してくれ!」
「へぇ?じゃあなんで蓮華の寝ている部屋にいたのかしら?」
「場所間違えただけじゃん!?」
「それに、この家の鍵はどうしたの?どうやって開けたの?」
「へ?いや、普通に開いてたけど……?」
「……言い訳無用。」
「あたたたた!?」
男性の言い分など聞く耳持たず、みゆきがさらに力を込める。あまりにうるさいからか、蓮華が目を擦りながら起きてきた。
「鮫島くん、みゆきちゃん、おはよー……。ほえ?」
まだ覚醒し切っていない蓮華の頭がフル回転し、状況整理と一つの解答を見い出した。
「……新しいお友達?」
「んなわけあるか。」
絞助の冷静なツッコミをスルーし、蓮華は男性に近づいて行った。
「君、名前はなんていうの?」
「ああ?俺は猿山、猿山凌司ってんだよ。そこのお嬢ちゃん、頼むからこの暴力女を退けてくれ。」
辛そうな顔が蓮華の瞳に映る。蓮華はしばし顎に手を当てて考えた末、みゆきに言った。
「みゆきちゃん、手、離してあげて?」
「……いいの?こいつ、いきなり忍び込んできたヤツよ?しかも食料調達を言い訳に蓮華にちょっかいを出そうとしたのよ?」
「多分だけど大丈夫だよ。凌司くん、だっけ?君もお腹空いてただけなんだよね?」
「あ、ああ!そうだとも!俺は腹が減ってるの!何か食いたいの!」
味方ができたからか凌司の顔が晴れていく。蓮華はニッコリと微笑んで再度みゆきに言う。
「だってさ、みゆきちゃん。」
「……ふぅ。分かったわ。今回は蓮華に免じて許してあげるわ。」
みゆきは渋々といった表情で掴んでいた手を離す。凌司は跳ねるようにみゆきから距離を取った。
「へへへ……。」
「…………。」
「…………。」
ヘラヘラと笑う凌司。それを面白くない表情で見ていた絞助とみゆきは黙り込んでしまった。
「私、蝶野蓮華!よろしくね!」
「おう!よろしくな、蓮華ちゃん。」
二人は初対面のはずなのに意気投合してしまっている。ますます面白くない。
とりあえず四人は食事を済ませた。元々備蓄されてあった量はたかが知れているので、そこからさらに人数が増えたゆえにすぐに底をついた。また食料探しに行かなければならない。というわけで、状況から鑑みるに大所帯と言っても差し支えないほどとなって外をぶらつく。行くあては、やはりない。
「ねえ、バナナ野郎。 」
他愛ない会話をする蓮華と凌司の後ろでみゆきが絞助に話し掛ける。
「なんだ?」
「言われなくても分かっているとは思うけど一応言うわね?あの凌司ってやつ、かなりきな臭いわよ。」
「……だろうな。 」
二人の視線が凌司に向く。凌司は気付いていないのか蓮華との会話を楽しんでいる。恐らくは蓮華や絞助たちと同い年、もしくはその前後と思わしき風貌なのだが、ただ一人凌司のみ制服ではなく私服であるのがどうにも気になる。
絞助は知らない間に眉間に皺ができているのが分かった。
「蓮華が心配だわ。バナナ野郎も、ちゃんと気にかけておいてちょうだいね。」
「それこそ言われなくても、だ。それより……。」
「え?何?私の話は終わったんだから次の場面にいかないの?いいえそうするべきよ。よしそうしよう。」
「いいから聞けよ。俺の呼び方、『バナナ野郎』で固定する気か?」
「…………。そのつもりだけど?」
「なんだ今の間は。」
「いいじゃない別に。さ、二人に置いてかれるわ、急ぎましょ。」
「…………。」
蓮華ら御一行が見つけたのは二階建てのアパートだった。錆の目立つそれは廃墟と言われても違和感を感じないほどだ。
「まずは一階から調べましょ。」
みゆきを筆頭に各自散策にあたる。どの部屋も鍵が掛かっておらず、みゆきのピッキングを披露せずに済んだ。
みゆきはまず一番奥の部屋を覗く。扉を開けた途端異臭がした。まさかとは思いつつも中へ進入すると、予想通りのものがあった。
「ふむ……。」
居間に死体があった。頭だけをなくし、ウジ虫やらハエやらが貪っている。やはりというべきか、MMEはなかった。
「一階はダメそうね。蓮華にはこれを見せられないわ。」
みゆきは死体を跨いで食料になるものを探す。だが元々ボロアパートに住むような人間だ。まともに食べられるようなものは見つからず、引き上げるしかなかった。
みゆきが外に出るとちょうど全員が顔を合わせた。みゆきは首を横に振って成果がなかったことを全員に伝える。すると絞助が大きな袋を見せてきた。
「こっちは収穫アリだ。」
中身は大量のカップ麺だ。これなら今日くらいなら凌げそうだ。だが重要なものが一つ足りていない。
「お湯はどうするの?」
「それも心配ない。」
絞助の背中から蓮華が出てくる。蓮華の手には電気ポットが握られていた。
「さすがね蓮華。頼もしいわ。」
「えへへ……ありがとう。」
凌司もみゆきと同じく空振りらしく、見つけたのは大量のカップ麺のみだった。それでも僥倖と言えよう。四人はカップ麺を分け合い、昼食にありつく。みゆきが絞助に耳打ちし、一階には死体があることを伝えた。なのでその後は二階で過ごすことになった。二階も一階と同じで四部屋あったので、それぞれ別々の部屋に入った。
昼食は摂れたが夕食にありつけそうもない。蓮華は時間は早いがそろそろ寝ようかと思った時、呼び鈴が鳴った。
「ん……誰だろ。」
十中八九、絞助かみゆきか凌司かの内の誰かなのかは分かっていた。が、一応なので覗き穴から呼び主を確認する。凌司だった。蓮華は何の疑いもせずに凌司を招き入れた。
「どうしたの?わざわざ訪ねてくるなんて。」
「いやなに、ちょっといいモン見つけてな。」
凌司がポケットから取り出したのは、コーヒーの付属でよく見るスティックシュガーのような袋だった。
「これは?」
「いいからいいから。」
と、凌司は勝手に電気ポットを使ってお湯を沸かし始めた。どこから持ち出したのか、コップも持参している。コップにお湯を注ぎ、袋を開封して中身を全て溶かし込む。色はどう見てもコーヒーらしかった。
「飲んでくれよ。美味いから。」
半ば強制的に飲まそうとする凌司。蓮華は断れなかった。
「う、うん……いただきます。」
ゴクリと一口。味はあまりしない。
「さあどんどん飲んでくれ。」
凌司が急かすので一気に飲み干す。
「どうだ?どんな感じだ?」
「これあんまり美味しく……。」
すると急に視界が揺らいできた。
「あ、れ……?」
もはや自分が立っているのか座っているのかすら分からない。まぶたが重すぎて目を開けていられない。蓮華は暗い意識へと引きずり込まれいった。
「…………む?」
次に蓮華が目を覚ました時は身体の自由が利かなくなっていた。両手は後ろで縛られ、口はガムテープが貼られている。場所は……眠る前と同じボロアパートの部屋の中のようだ。
「ん?なんだ、意外と目ェ覚めるの早かったな。」
凌司の声が聞こえる。
「ふんむ!?んぐぐ!」
「おいおい、騒ぐなよ。これからイイことが始まるってのに……よ!」
凌司が蓮華の制服のボタンを引きちぎる。蓮華が着ているブラジャーが丸見えになってしまった。
「ちっ……白かよ。可愛げのない色だな。まあいいさ。顔さえ良かったらなぁ。」
凌司が舌なめずりしながらにじり寄ってくる。蓮華は理解した。この後、自分がどうなるか……。
「んん!?」
「逃げんなよ!」
足は自由だったが、すぐに捕まった。髪の毛を引っ張られて引き寄せられる。凌司の顔がすぐそばまで来ていた。
「お前は大人しそうだからなぁ。狙ってて良かったぜ……へへへ。」
凌司が蓮華の首を舐める。蓮華は恐怖で足が震えて涙が出てきた。
その時、場に似つかわしくないトーンの声が響いた。
「おい。」
たった一言。それだけで蓮華の恐怖が取り除かれた。
「あん?」
凌司が声のした方を振り向くと、目の前に脚があった。正確には凌司の顔目掛けて繰り出されたキックだ。
「ぶぼぉ!?」
凌司の身体が吹き飛ぶ。解放された蓮華は、見なくても声の主を知っている。その人は蓮華のガムテープを引っぺがしてくれた。
「鮫島くん……!」
「ああ、俺だ。」
絞助が蓮華を抱きしめ、凌司を睨みつける。凌司は蹴られた頬を痛そうにさすっていた。
「お前……気づいてたのかよ……。」
「なんとなくだがな。」
「……くそ!」
凌司は小さく悪態を付いて窓から飛び降りていった。ここは二階だ。飛び降りても多少は問題ない。
「逃がしたか。だがお前が無事ならそれでいいか。」
「うん……ありがとう、鮫島くん。」
絞助は大事そうに蓮華を包み込む。ことの次第が終わってからみゆきが駆けつけてきた。
「何かあったの?」
「ああ。あのサル野郎が……。」
絞助が言い終わる前にみゆきは蓮華の姿を見て即座に状況を把握した。
「待って、みなまで言わなくても分かったわ。そう……あなたが助けたのね。」
みゆきはどこか寂しそうな表情で蓮華を見つめた。しかしそれも一瞬だった。
「でもきっとこれで終わりじゃないわよ?ああいう類いは復讐とか考える質だから。」
嫌なシコリが残ったが、今日のところは三人で固まって夜を過ごすことにした。
しばらくお預けをくらっていたからか、凌司は焦っていた。だから簡単なミスをした。蓮華を眠らせた後、別の場所へ移動するなり鍵を掛けるなりすれば良かったのだ。それを怠った結果がこれだ。朝はみゆきに邪魔をされ、夜に仕掛けたら絞助に吹き飛ばされた。
「くそ……くそ!」
走りながら何度も吐き捨てる。それでも拭うことのできない悔しさ。思い出しただけでも虫唾が走る。凌司は決意した。復讐してやる。そうしなければこの気持ちは晴れることはない。そのためには人数が必要だ。
「……!」
暗がりの大通りにて、ちょうどいい具合の二人組の女性を見つけた。それを軸に凌司は復讐の計画を脳内で組み立ててみた。完璧だ。これならばあいつらに一泡吹かせてやれる!そして自分はいい思いができる!凌司はすぐに行動を開始した。




