変態ロマンチスト
一つ、問おう。
『君にとってパンツとはなんだ?』
無論、履くものだ――なんて、そんなことを訊いているんじゃなく、君にとってパンツとはどんな存在で、君という人間、一個体に対し、どのような影響を及ぼすものか、という意味で訊いている。ここで『性的興奮を促すファクター』とか、『頭に被るものです』だとか、『白いパンツは天使の白です』だなんて、ありふれた答えを返すようじゃあ、やはり君はまだまだだ。
凡中の凡、極めて凡。極凡だ。
私も言わざるを得ない。
――君はまだ、『パンツが人生になっていない』――と。
一般にエロティシズム(以降、エロス)とはリビドーの美的次元に焦点を当てた概念で、とりわけ性的活動への期待感に関連するものとされている。その性衝動に駆られ、自己を失う危険を冒しつつエロスを求める者がいる。君にもわかりやすく言えば、下着泥棒などだ。
極凡の君にも彼らの行動理由はわかるだろう?
そう、自己の性的欲求を満たすため、だ。
この心理は、同性と言わず、人間であれば共感することは難しくなく、むしろ、己が欲求の為に行動に走る彼らは君の一歩先を行っている――と言っても過言ではない。
彼らも私と似て非なる存在ではあるが、私に言わせれば、しかし甘い。チョコレートパフェのように甘い。甘過ぎて胸やけする。いい加減にしろ。そのように単純な快楽を求め、単純に行動を起こしているのでは、やはり話にならない。
私の定義に最も近いとするなれば――それはチラリズムだ。
禁忌とされる女性の肌の露出。
隠された素肌に対する性的興味や性的好奇心。
そして、その部位を晒すことに羞恥を感じ、隠そうと照れる、慌てるなどの仕草。これが至上のスパイスとなり、これ以上ないエロスとなる。そうだろう?
言っても、私の場合はそれが女性からパンツに変換されるわけなのだが――まあ、それはともかく。日常的な何気ない仕草から、エロスを感じ取るチラリズムの探究者がいるとすれば、それは間違いない。
私のことだ。
故に、私はパンツの中身を知ろうとは思わない。
それを知ってしまえば私は私でなくなる――それはもはや、他の何物でもない。
ただの変態だ。
ここで勘違いしないで貰いたい。私は変態ではない。
変態紳士――とは言い得て妙ではあるが、変態とは常に異性を神格視していて、崇拝しているのだから、紳士であることは当然である。むしろ、紳士じゃない奴なんでいるのだろうか? 少なくとも、その理論は私には理解出来ない。そして私は崇拝こそしているが、それは女性に対してではなく、パンツに対してだ。だから私は変態紳士でもない。
ファンダメンダリズムを語るつもりもないが、私は『パンツを崇められない人間など、生きている意味も価値もないし、早々に死ぬべきだ』と、そう考えている。
そんな私を、君はどう思う?
変態だと思うか?
だから浅いのだ、君は。
私を変態と呼びたがる奴らに限ってフェティシズム(以降、フェチ)を誤用し、さも自分の個性であることのように主張したがる傾向がある。これは顕著と言っていい。
例をあげるならば、巨乳フェチや脇フェチなどだ。
これは単に性欲の対象を胸の大きな女性、または、脇がそそる女性、としてあげているだけで、フェチなどでは断じてない。そもそも、フェチとは性的対象の歪曲が持続して初めて性的フェチと呼ぶのだから、単に好きなだけでは到底それとは呼べない。
簡単に言えば――『それ』が好きで、好きで好きで堪らなくて、年がら年中、土日祝日休みなしの二十四時間体制で『それ』のことばかりを考えて初めてフェチと呼べるのだ。
つまり。
以上のことを踏まえ、つまり、だ。
私は変態などでは、決してない。
『パンツフェチ』だ。
刺繍入りの触り心地を阻害した物など論外だ。
死ねばいいと思う。
何故私がここまでパンツにこだわるのか。
きっと君には理解出来ないだろう。
それはただ純粋に――それに『ロマン』を見出だしているからだ。自分とは異なるようにつくられた身体に対する好奇心、探究心。あるいは、むしろそのような身体に対する魅惑と魅了に魅せられた自分との戦いだ。
君は常識から遺脱するのを、意味もなく恐れているだけではないのか?
その気持ちはわかる。
かつて、私も同じように悩んだ。
悶え、苦しみ、そして嘆いた。
しかし、それでも――
――私の中の『ロマンチック』が、それを許さなかったのだ――
だから私は自らの個体性と自らの独立を脅かす力に挑んだ。
友情、愛情、疑惑、駆け引きなどのことだ。
信仰対象との友情など皆無。崇めるべき対象に愛情など絶無。何の迷いもなく、何一つの淀みも、曇りも、黄ばみも、シミもなく、一切の疑いを捨て、私は、私の持てる全てを持ってパンツを崇拝した。
私はあらゆる誘惑を拒んだ。
私はパンツ以外の全てを拒絶した。
そして長く苦しい葛藤の果てに――ついに、ついに、私はそれを手にした。
悟ったのだ。
ついに私は不変になったのだ。
君はいま、普通から遺脱する恐怖と不安に怯えているだけだ。己が探究心を抑え込む労力。好奇心を滅却する悲壮感。それほど身を削ってまで、君は普通でいたいのか? 普通であって、普通でいて、普通がそんなにも心地いいか?
心を感じろ。
目を閉じ、耳を塞ぎ、自らに問え。
君の中の『ロマンチック』は、果たして本当にそれを望んでいるのか?
否。
断じて否、だ。
そうだろう? そうであるはずだ。
ならば私は先駆者として、やはり指針を示さねばなるまい。
偽るな、誇れ。
押し隠すな、さらけ出せ。
安心しろ、それでも私は君の味方だ。
君の進むべき道には輝かしいパンツが散りばめられている。その未知なる道の先で、私は君が追い付くのを待っている。
だからこそ、私にはそれを問う責任があり、君にはそれに答える義務がある。
欺瞞も疑念も全て取り払い、正直に、ただ純粋にありのままの君で、もう一度だけ私の問いに答えて欲しい。
『君にとって、パンツとはなんだ?』