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闘威狼が正す歪な平和

平和な町に戸惑う闘威狼

 上級八百刃獣にも得手不得手が存在する。

 特に闘威狼は、戦闘特化している分、その他の仕事には、向いていない。



 穏やかな町の酒場。

 誰もが楽しげに酒を飲んでいる中、荒々しい雰囲気を持つ青年が酒を呷る。

「やってらんねえぜ!」

 空にしたジョッキをテーブルに叩きつける。

「落ち着いて下さい」

 横に居た穏やかな雰囲気を持った青年が制止するが、荒々しい青年は、止まらない。

「うるせえ! マスターお代わりだ!」

 怒鳴るその青年に周りからも視線が集まる。

「今は、監視任務中なのです、目立つ真似は、自重して下さい」

 穏やかな青年が必死に止め様とするのだが、荒々しい青年は、止まらない。

「出来るかよ! 俺は、元々荒事向きなんだ!」

「しかし……」

 半ば涙目になる穏やかな青年。

「随分と荒れてるね」

 そこのウエイトレスがお代わりのジョッキをテーブルの上に置く。

「文句あるか!」

 怒鳴る荒々しい青年だが、問題のウエイトレスを見た瞬間、顔を引きつらせる。

「すいません、この人は、いまちょっと気が立っているだけで……」

 穏やかな青年も言葉の途中で固まる。

「気持ちは、解るけど、これもお仕事だからちゃんとやってね。これは、あちきからのサービス」

 そういってウエイトレスは、おつまみを置いて去ろうとしたところを荒々しい青年が声を掛ける。

「八百刃様、どうしてここに居るんですか?」

 ウエイトレスの少女のふりをしている八百刃が苦笑する。

「あちきの登場の仕方としては、オーソドックスだと思ったけど?」

「そういう問題じゃありません。ここに居る自体が問題なのです」

 穏やかな青年は、頭痛を堪えながら告げるが大して気にした様子もみせずに八百刃が言う。

「闘威狼、今回の監視任務には、色々と不満があるだろうけど、あちきは、貴方にこの任務を命じたの。それを理解して」

 その一言に不満気な顔をしていた荒々しい青年、人型に変化した闘威狼が複雑な顔をする。

「俺がやらないといけない理由があるという事ですか?」

 八百刃は、頷くともう一人の青年の方を向く。

「そんな訳だから、大変だろうけど、フォローをお願いね万毒蠍」

「全身全霊をもって当たらせてもらいます」

 直立して深々と頭を下げる穏やかな青年、人型の万毒蠍であった。



 闘威狼と万毒蠍の今回の任務は、特殊であった。

 戦争を起こっていない平和な町の監視任務。

 絶対にないと言うわけでは、ないが、この様な仕事は、下級の八百刃獣の仕事であり、どちらかというならば影走鬼に分担の仕事である。

 それを戦闘特化している闘威狼がやるにあたり、中級八百刃獣の中でも冷静な部類に入る万毒蠍がフォローで組み込まれている。

「実際問題、単なる監視任務に上級と中級八百刃獣を一刃ずつなんて法外な事です」

 万毒蠍の分析に闘威狼も真剣な顔になる。

「そしてなにより八百刃様が態々様子を見に来ていらした……、まあ八百刃様の場合、大した事じゃない時も現場に来る事があるが、俺に顔を見せたという事は、正式に許可を取っているから本当に意味があるのだろう」

 笑うに笑えない顔をしながら万毒蠍が言う。

「八百刃様のことは、おいておくとしてこの世界には、戦争がありません。本来なら戦いを管理する我々の仕事がある筈が無い筈です」

 闘威狼が頷く。

「そうだ。実際に俺の力の源である闘威を全く感じない」

 それを聞いて万毒蠍が驚く。

「それは、本当ですか?」

「本当だ。闘威が溢れている戦場での仕事が常だから、違和感が拭えない」

 闘威狼が座り心地の悪そうな顔をするのを見て万毒蠍が眉を顰める。

「闘威が全く無い町ですか……」



 数日が経ち、闘威狼のストレスで衰弱しかけていた。

「八百刃様の命とは、いえ今回の任務は、俺向きじゃない!」

 闘威狼が苛立つ中、万毒蠍が偵察から帰ってくる。

「ただいま戻りました」

「何かあったか!」

 何かをある事期待する闘威狼だが万毒蠍が首を横に振るを見て落胆する。

「まだ、こんな仕事を続けるのか……」

「問題は、そこなのかもしれません」

 万毒蠍の言葉に闘威狼が頷く。

「そうだな、こんな状態をまだ続けるのは、問題だな」

「そうでは、ありません。闘威狼様がまったく闘威を感じない程に問題が起こらないこの町が問題なのでは、ないでしょうか?」

 万毒蠍の訂正にだれていた闘威狼の顔が引き締まる。

「問題が無い事が問題と言うことか?」

 頷く万毒蠍。

「この規模の町で人と人とが全く争わないというのは、不自然です。下手をしたら精神支配が行われている可能性が高いです」

「恒常的な精神支配は、最上級神の決定で禁止されている。それが行われている可能性があるとしたら俺達が派遣された理由も理解できる」

 闘威狼の言葉に万毒蠍が続ける。

「その理由が明確にされなかったのも、そういった事前知識のない状態での監視でこの違和感に気付くかどうかを確認したかった所でしょう」

「そうと解れば後は、精神支配の内容だが、どう考える?」

 闘威狼の問い掛けに万毒蠍が悩む。

「そこが解りません。ここまでその事実に気付かないほど自然に干渉を行っている以上、大幅な干渉とは、おもえませんが、それでどうやって完全に闘威を完全に失わせているのかが解りません」

「完全に封じている訳じゃないな」

 闘威狼が目を瞑って闘威を探る。

「若干、闘威が発生がある。ただし、すぐさま消失している」

「闘威が消失ですか?」

 万毒蠍の疑問に闘威狼が補足する。

「ああ、消失だ。蓄積も発散もされず、消失している。本来ならありえない事だ」

 その時、闘威狼達が宿泊する宿の娘がノックする。

「お客様、本日は、女神様への感謝祭が行われます。お時間がおありでしたらどうぞ広場に来てください」

「そんな暇は、ないな」

 そう呟く闘威狼の代わりに万毒蠍が返事をする。

「解った。時間が出来たら行くとする」

「そうですか。私もこの後、すぐに感謝祭に向います」

 そう告げて宿の娘は、去っていく。

「さて、原因の特定だが……」

 闘威狼が思案していると万毒蠍が言う。

「感謝祭に行きましょう。もしかしたら、そこにヒントがあるのかもしれません」

「多くの人間も集まる。その可能性があるな」

 闘威狼も頷き、感謝祭が行われる広場に向うのであった。



 普段静かな町が騒がしい程に多くの人間が集まっていた。

「今日の平和を女神様に感謝しましょう」

 神官の言葉に広場に集まった人々が祈りを始める。

 それを見ながら闘威狼と万毒蠍は、闘威消失の原因を探る。

 そんな中、一人の子供が怒鳴った。

「僕の飴を返せ!」

 ぶつかって飴を落した子供がぶつかった人間に敵意を表す。

 あるいみ微笑ましい光景だが、周囲の人間の目を見た万毒蠍が鋭くなる。

「闘威狼様、あちらを」

 闘威狼は、面倒そうに顔を向ける。

「子供の他愛もない癇癪だろう。気にすることでは……」

 闘威狼も見てしまう、癇癪を起こす子供をまるで虫けらを見るような顔で見る大人達を。

 そして神官が近寄っていく。

「君、怒りを覚えては、いけません。さあ、女神様の印をつけて祈りなさい」

「なんだよ!」

 反抗する子供を周りの大人達が押さえつけ、神官が女神の印と呼ばれるペンダントをつけさせる。

 すると変化が現れた。

 さきほどまで癇癪を起こしていた子供が次第におちついていく。

「さあ、女神様に感謝を捧げなさい」

「はい。女神様、今日の平和を感謝します」

 その一連の行動を見て万毒蠍が怒りを覚える。

「あの女神の印で着けた人間の闘争心を奪っているんだな! ……闘威狼様!」

 自分より沸点が低い存在が居ることを思い出した。

 問題の闘威狼は、既に人の姿を止めていた。

 本来の狼の姿に戻り、遠吠えをあげた。

 その遠吠えは、人々がつけていた闘争心を奪い取る女神の印を内側から粉砕し、闘威は、闘威狼に喰われていく。

 闘威を喰らい巨大化した闘威狼は、女神像を粉砕する。

『人間よ聞くが良い。お前達が女神と崇める存在は、邪な神である。正しき神の使いである我等の言葉を記し、伝えよ!』

「馬鹿を言うな! 貴様の様な化け物に言葉を誰が信じるか!」

「そうだ! そうだ! 女神様の像を壊した悪魔め!」

 敵意をむき出しにする人々に闘威狼は、内心笑みを浮かべた。

 そして一人逃げようとした神官の前にまだ人の姿のままの万毒蠍が立ち塞がる。

「お前には、色々と聞きたい事がある」

 その後、攻撃してくる人間を殺さないように手加減しながら蹴散らす闘威狼を尻目に万毒蠍は、指先にあつめた毒で神官を昏睡させた。



「お目覚め?」

 神官が目を覚ますとその前には、八百刃が居た。

「貴女は……」

 大量の冷や汗を流す神官を見て万毒蠍が言う。

「やっぱり八百刃様に気付いたか。お前は、管理派の神の使徒だな?」

 悔しげな表情を浮かべる神官。

「どうして我々の計画に気付いた!」

 八百刃が苦笑する。

「誰も争わない平和な町。そんなもんは、夢物語だよ。人が人の意思を持つ限り、争わないで生きていける訳がない」

 その答えに神官が声を荒げる。

「そんな不完全な人間など我等神々が完全に支配してこそ繁栄させられるというのだ!」

「それが貴女の女神の考えね。まあ誰かは、だいたい予測できたよ」

 八百刃の言葉に神官が青褪める。

「我の失言を誘ったのか?」

 八百刃が肩をすくめる。

「別に、貴方がただ口を滑らせただけだとおもうけど。万毒蠍、後のことは、頼んで良い」

「お任せ下さい」

 頭を下げる万毒蠍を残して八百刃が消えていく。



 八百刃神殿。

「例の神官が仕える管理派の神の討伐は、終了しました」

 万毒蠍の報告に八百刃が頷く。

「ご苦労様。次の任務も頑張ってね」

「はい。八百刃様の為にこれから粉骨砕身の覚悟で働かせていただきます」

 頭を下げる万毒蠍。

「ところで、本来の報告する筈の闘威狼は、何をやっているんだ?」

 白牙の突っ込みに万毒蠍が八百刃に視線を向けた。

「ほらあの町って言うか、あの世界って闘争心が削られた状態だったじゃない。復活した闘争心で悲惨な殺し合いをさせない為に闘威狼には、闘争心の向かい先の魔王役をやってもらっている」

「おいおい、最上級神の上級使徒が何が悲しくて魔王の真似事をしなければいけないんだ?」

 呆れる白牙に八百刃は、笑顔で告げる。

「本人は、意外とのりのりみたいだよ」

 大きなため息を吐く白牙であった。

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