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百姿獣が切れる兵士達の態度

戦場視察をする八百刃と長期観察する百姿獣の話です

 時は、戦国乱世の世。

 人々は、槍や刀を持って、戦場で血で血を洗う争いを続けていた。

「あちきとしては、見慣れた風景なんだけどね」

 疲れた表情を見せる八百刃。

「今回の視察の意味を御教え頂けますか?」

 人の姿に化けた百姿獣の問い掛けに八百刃がため息混じりに答える。

「現状の確認。それ以上でもそれ以下でも無いよ」

「思わしくありませんか?」

 百姿獣が確認すると八百刃が小さく頷く。

「凄惨な戦いが起こるのは、仕方ない。それほどに意見がぶつかりあっているんだからね。問題は、そんな戦いをしている人々が何も見えていないこと」

「兵士は、ただ上官の命令に従う駒であるべき。それが軍事で一番重要とされる事です」

 百姿獣の教科書通りの回答に八百刃がすねる。

「そんな兵法の書物の受け売りみたいな答えが聞きたいわけじゃない。あちきが何を求めているか位わかるでしょ?」

 百姿獣が即答する。

「己を持って戦うこと。戦うという、最も忌諱される行為をする以上、それは、己の意思でなければいけない」

「そう、あちきは、色々とその為に頑張ってきたつもりなんだけどね」

 辛そうな八百刃の言葉に百姿獣がフォローする。

「この世界が偶々その成果があまり出ていない世界だったのでは?」

 八百刃が首を横に振る。

「偶々なんて言葉で片付けない。それが戦いを司る最上級神としてのあちきの立場だよ。一応、予定通り一ヶ月の監視をお願い。それが終ったら、その結果の詳細な報告を待っているわ」

 八百刃は、消えていくのを確認した後、百姿獣が複雑な表情を浮かべるのであった。



「いっその事、こちらである程度の干渉をしてみればどうでしょうか?」

 百姿獣の部下の一刃、降岩犀の提案に百姿獣が冷やかに返す。

「それにお気付きにならない八百刃様だと思っているのか?」

「不自然な事があれば誰が気付かなくても八百刃様がお気付きになりますね」

 降岩犀がため息を吐く。

 百姿獣は、難しい表情を浮かべる。

「八百刃様のお考えは、尊い物であり、尊重される物だ。我等八百刃獣は、常にその実現に最大限の努力を行わなければいけない」

「心得ております。しかし、一部の神々からは、強い反発があるのも確かです」

 降岩犀の反論に百姿獣が苦虫を噛んだ顔をする。

「戦争を状況コントロールの手段としか考えていない管理派よりの神々だ。この世界もその流れに属する神が干渉している筈だ」

「いっその事、八百刃様のお考えを直接その神にお伝えしては、如何ですか? 例え管理派よりの考えを持っているとしても、すくなくとも今は、監視派、八百刃様の意向を無視するとは、思えませんが?」

 降岩犀の発案に百姿獣も思案するが首を横に振った。

「駄目だ。八百刃様が求めているのは、そういった上位者からの干渉による変化では、無い。当事者からの生み出される変化だ」

「でも、そうなるように導くのは、上位者である我々ですよね?」

 降岩犀の指摘に百姿獣が眉を寄せる。

「過剰の干渉をせず、かといって良い方向に向うようには、しないといけない。難しい匙加減が求められ、結果もそうそう出ない。それがどんな苦難な道なのかは、他ならぬ八百刃様が一番ご承知だ。だからこそ、求める結果が出ていない現状でもそれを受け入れ次に向おうとしている」

「自分達の力の無さがただただ、無念です」

 降岩犀の言葉に百姿獣が頷く。

「今は、八百刃様の命令通り、監視作業を継続しよう」

「……了解しました」

 渋い顔で頷く降岩犀であった。



 翌日、百姿獣は、監視作業の一環として、兵士達が通う酒場に来ていた。

「姉ちゃん、こっちに来て一緒に飲もうぜ!」

「あたしを誘うなんて十年早いよ!」

「振られてやがるぜ!」

 爆笑が酒場をおおう。

 しかし、カウンターで潰れるほど飲んでいた若い兵士が呟く。

「僕は、明日こそ死ぬんだ」

 その声は、決して大きな物では、無かった。

 それにも係わらず、酒場に居た全ての兵士の耳に響いた。

「何暗くなってるんだよ。明日の事は、明日考えな!」

 酒場のウエイトレスが発破をかけると兵士達が再び明るく騒ぎ始める。

 そしてウエイトレスが独り、静かに飲んでいた人の姿をした百姿獣の元にやって来た。

「騒がしくしてごめんね。でもこいつらもこうやって騒いでなきゃやってらんないんだよ」

「気持ちは、理解できる」

 クールに答えに百姿獣に酔っ払った兵士の一人が絡んでくる。

「お前みたいな気楽な旅行者になにが解るっていうんだよ!」

「あんた、やめなよ。お客さん、酔っ払いの戯言だからきにしないで」

 止めようとするウエイトレスを尻目に百姿獣が立ち上がり兵士の中央に立つ。

「売られた喧嘩は、買っても構わないって言われていてね。来い」

「舐めやがって」

 殴りかかる兵士をかわすと同時に足をかけて転ばす。

「やりやがったな」

 次々に兵士達が向ってくる。

「相手になってやろう。正直、機嫌が悪いのでね」

 先頭の兵士の拳が届く前に懐に入ると百姿獣は、腹にきつい一発を入れる。

 動きがとまった兵士に後ろの兵士にも足を止める。

 その間に死角を縫うように百姿獣が進み、兵士達の横を通り抜けた。

 ウエイトレスの前に立ち、百姿獣が金貨を支払う。

「店を騒がせた迷惑料と思ってくれ」

 そのまま立ち去る百姿獣に周囲の客は、戸惑っていたが、次の瞬間、兵士達が倒れていく。

「おーい、やり過ぎだぞ」

 その声に百姿獣が振り返ると、さっきと違うもう一人のウエイトレスが居た。

「何で、居るんですか?」

「ちょっとバイトして、次ぎ来た時の食費にしようかと」

 もう一人のウエイトレス、八百刃の答えに沈痛な表情を浮かべる百姿獣。

「そんな事をしているとまた白牙殿に怒られますよ」

 八百刃は、手を手首の所で上下させて言う。

「大丈夫だって、今回の視察の時間を多めに申告しておいたから。だからまだ視察中になってる筈だもん」

「それでは、足元にいるのは?」

 百姿獣の言葉に八百刃が足元に視線をやると目付きの悪い白い猫が視線で外に出る様に言っている。

「えーと、店長さん、やっぱりここまでで、次ぎ来た時、何か食べさせてくださいね」

 借りていたエプロンを手早く百姿獣に渡して外に出て行く。

 百姿獣がウエイトレスにその服を渡す。

「えーとお知り合い?」

 百姿獣が視線を逸らす。

「はい。深くは、聞かないで下さい」

 いえない理由を半分誤解したウエイトレスがシミジミと頷く。

「解ったわ。それにしても強いのね」

 百姿獣は、倒れている兵士達を見て苦笑する。

「これでも本業は、戦働きですから。そこらのやる気の無い兵士達とは、鍛え方は、違います」

 それを聞いて兵士達が反発する。

「やる気が無いってどういう意味だ!」

 睨まれる百姿獣だったが、平然と返す。

「それでは、お前達は、この戦いにやる気を感じていたのか?」

 そうストレートに聞かれると兵士達は、言葉に詰る。

「そうだろう。お前達は、言われたから仕方なく戦っているだけ。そんな半端者には、負ける気がしないだけだ」

 百姿獣がそう言い捨てて背中を向けると兵士の一人が俯きながらぼやく。

「俺達だって好きで戦っている訳じゃないんだ」

 百姿獣が呆れた顔をした。

「本当に同情する。そんなお前等に殺された敵兵にな」

「何だと! 貴様、敵国のスパイか!」

 今度は、兵士達は、武器をとって取り囲む。

「同じ事を何度やっても同じだ。半端者には、負けないと言った筈だ」

「無手のお前がこれだけの武器を持った兵士に勝てる訳がなかろうが!」

 この場に居た、百姿獣を覗く全員がそう確信していた。

 それに大して百姿獣が静かに告げる。

「お前達は、戦いというものを理解していない。戦いと言うのは、相手を否定するものでは、無い。自分を肯定するもの。それなのに、自分を持たず、ただ言われるままに戦っているだけのお前らにと全てを懸けて仕えると誓った主の為、全力の自分を使って戦い続けた私が負ける訳がない」

「偉そうな口上もここまでだ!」

 兵士が振り下ろす剣を紙一重でかわすと百姿獣は、その兵士の腹に手を当てる。

 その間にも次の兵士が迫ってきていたが、百姿獣に一撃を入れられた兵士が吹き飛び、なぎ倒す。

「囲め!」

 戦いなれした男の言葉に兵士達が四方八方に散らばり、同時に攻撃を放つ。

 百姿獣は、まるで舞う様に避けて、その何割かをそらして、同士討ちにさせてしまう。

「まだだ、数では、圧倒的なんだ、絶対に勝てる筈だ!」

 叫び自らも槍で突きをする男。

「数など関係ないな」

 突き出された槍を掴むとそのままその槍を引いて、その男を引っ張り込む。

 その男に向って百姿獣に迫っていた刃が襲い掛かる。

「馬鹿、止めろ!」

 しかし、半ば暴走していた兵士達の剣は、止まらない。

「だから、やり過ぎだって」

 兵士達の剣を防いだのは、八百刃だった。

「お戻りになられたのでは?」

 八百刃が上着を掴んで言う。

「これも借り物だって事を忘れてて返しに来た」

 八百刃は、上着を脱いで(ちゃんとしたには、別の服を着ています)壁際まで避難していたウエイトレスに返しながら言う。

「何度も同じ事を言わせないでね」

「すいません」

 あっさりと頭を下げる百姿獣と一緒に店を出ようとする八百刃を兵士達が制止する。

「待て! このまま逃げられると思っているのか!」

 百姿獣が何か言う前に八百刃が言う。

「貴方達は、何で戦うの?」

「そいつが敵国のスパイだから……」

 兵士の答えに八百刃が首を傾げる。

「あちき達がスパイだとして何か困るの?」

「困るに決まっているだろうが!」

 怒鳴る兵士に八百刃が腕組する。

「だって、もう直接対決が始まっている。スパイに探られて困る事なんて今更無いよ」

 言われて兵士達が動揺する中、八百刃が続ける。

「それにね、何か困るとしたら貴方達に命令している人達。だって貴方達は、勝とうが負けようが関係ないでしょ?」

「負けたって関係無いってそんな訳があるわけないだろうが!」

 反論する兵士に八百刃が告げる。

「関係ないよ。勝っていてもこの中の何人かは、死ぬし、負けてたってこの中の何人かは、生き残る。そして、ちょっと領主が変わって、今までと同じ生活が始まる。それだけの事じゃないの?」

 指摘されて兵士達が困惑する中、八百刃が百姿獣に言う。

「貴方は、負けたくないよね?」

 百姿獣が即答する。

「はい。私は、私の主の為に、己の全てを懸けて戦っています。その戦いに負けは、許されません」

 八百刃は、振り返り説明する。

「よく戦いは、より強く勝ちたいと思えた方が勝つと言われているけど、少し違うよ。人は、戦うとき、勝ちたちという思いと負けたいという思いがあるの」

「そんな誰だって負けたいなんて思っているわけが無い」

 兵士の反論に八百刃が目で合図を送ると、百姿獣がその兵士の剣を奪い喉に突きつけて殺気を放っていた。

「そのまま戦えば死ぬよ。でも勝ちたいのならそのまま戦うしかないよね?」

 八百刃の問いに兵士が両手をあげていう。

「負けで良いです! だから殺さないで下さい!」

 百姿獣が剣を床に刺して八百刃の傍に戻る。

「ご苦労様。今のが負けたいって心。戦いに勝つって凄く大変なの。そんな大変な思いをしてまで戦い続ける必要が無い場合は、負けて戦いを終らせたくなる。今の貴方達にそんな負けたいって心が無いと言える」

 お互いの顔を見合わせる兵士達に八百刃が言う。

「戦いの勝敗は、どちらかが勝ちたちという気持ちを負けたいって気持ちが上回った時に決まる。それなのに貴方達は、負けたいって気持ちを大きくさせていたから、怒ったんだよ。だから別にスパイじゃないから安心して」

 そんな八百刃のを入り口から睨む白い猫を見て百姿獣が耳元で囁く。

「八百刃様、そろそろ限界かと?」

 八百刃は、気付かれない程度に冷や汗をかきながらも兵士達に言う。

「あちき達は、貴方達に勝ちたいと強く思えとも、負けたいと思うなとも強制できない。だってその気持ちは、常に貴方達の中から出てくるものだから。それじゃあね」

 今度こそ八百刃は、百姿獣と一緒に酒場を出ていった。

 兵士達は、暗い空気の中、言葉を交える。

「俺達、何で戦っているんだ?」

「それは、攻められているからだろう?」

「馬鹿、もともとこっちの国から戦争を始めたんだよ」

「そうだった。その理由って確か……」

「あっちの国が穀物の値段を不当に吊り上げたからだったよな」

「そうそう、だから、穀物の値段があがって、うちでも子供が腹をすかしてやがる」

 そこまで来た所で兵士達が気付き始める。

「俺達って上の奴らに命じられたから戦っているって思っていたが本当は、違うんじゃないか?」

「そうだ。俺達は、ガキに腹いっぱいご飯を食べさせてやる為に戦ってるんだ!」

「あいつら、あこぎな商売しておきながら、偉そうな顔して侵略戦争には、真っ向から立ち向かうなんて奇麗事言いやがって!」

「絶対に倒してやろうぜ!」

「おー!」

 その場に居た兵士達の戦意が上がった。

 その想いは、他の兵士達にも伝染していくのであった。



 一ヵ月後の八百刃神殿。

「これが今回の詳細な報告書です」

 百姿獣が提出した報告書を流し見してから八百刃が複雑そうな顔をする。

「これってやっぱりあの日の事が関係してるよね?」

「そうだな。今回の調査結果は、完全に無駄な物になったと言っていいだろう。原因は、お前だぞ」

 白牙の問責に百姿獣が頭を下げる。

「すいません。厳罰は、覚悟しています」

 八百刃が苦笑する。

「あの場に居たあちも同罪だから、今回の事は、ノーカンって事で」

「本当にそれで良いのか?」

 白牙が不満気に言うと八百刃が頷く。

「今回の調査、一回が全部無駄になったけど、幸い、あちきの配下内の事だからね。ただ、参加した八百刃獣には、ご苦労様と言って置いてね」

「勿体無いお言葉です。部下には、八百刃様からのお言葉を伝えておきます」

 百姿獣が頭をさげてこの件は、解決した。

「さて次の任務だけど」

 話を変えようとする八百刃に白牙が新しい資料を見せる。

「その前にだ。お前が視察といって現場に向った時の記録だが、やけに時間が掛かっているのがいくつかあるが、まさかこの前と同じ事は、していないな」

 八百刃が資料を別の資料に混ぜながら言う。

「そういうのは、今の仕事が終ってからじっくり確認しようよ」

「そうかじっくりと確認か。別に構わんが、その時、サボっていたのが判明したら、どうなるか覚悟は、出来ているな?」

 白牙が冷たい視線で告げてから雑務の為に部屋を出て行く。

「どうしよう?」

 頭を抱える八百刃の姿にため息を吐きながら百姿獣も部屋を出て行くのであった。

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