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白金虎が追いかける主

回は、八百刃が主役です

 一体のケンタウロス型の使徒、望速馬ボウソクバが八百刃神殿に駆け込んできた。

「緊急事態です!」

「どうしたんですか?」

 応対に出たのは、ポニーテルの少女であった。

「緊急事態なのです!」

 繰り返すその望速馬に少女は、少し困った顔をする。

「ただ、緊急事態ってだけでもこちらでは、対応に困るんですけど?」

 望速馬は、焦れるままに言葉を紡ぐ。

「本当に至急の用件なのだ。今にも多くの被害が出るかもしれない。早く上位の八百刃獣に取次ぎをお願いしたい!」

 少女は、少し考えてから言う。

「あいにく、上位の八百刃獣は、全員出払ってます。なにせ、予備要員の白牙まで居ないって状況なんだよ」

「白牙様までもが居ないというのか! この様な事態に!」

 焦る望速馬に少女が微笑む。

「そういう事で、あちきがその緊急事態を見定めに行きますよ」

 望速馬が少女の姿を上から下まで見てから不満気な顔をする。

「神格が皆無だが、本当に大丈夫なのか?」

 元気良く頷く少女。

「はい、上位の八百刃獣じゃないですが、頑張ります」

 悩む望速馬に少女が付け足す。

「あちきの手に余るようだったら、ちゃんと応援を呼ぶから安心してください。こうみえても応援を呼ぶ能力は、凄いんですから」

 その言葉に望速馬は、妥協した。

「解った。乗れ、お前の速度に合わせて居ては、間に合わなくなる」

「はーい」

 言われるままに望速馬の背に乗る少女。

 駆け出す望速馬。

 そして、姿が見えなくなった後、白金虎がやってきた。

「八百刃様! 何処に行ったのですか! 単独での移動は、最上級神との取り決めで禁止されているから船翼海豚も居ない今、八百刃神殿からは、出ていない筈。何処かに隠れている筈です!」

 慌てまくる白金虎であった。



「そういう訳で上位の八百刃獣の代理で来ました!」

 元気良く挨拶する少女にその場に居た神々は、白ける。

「何だ、この神格の欠片も感じられない小物は?」

 望速馬が冷や汗をかきながら答える。

「それがその、上位の八百刃獣は、全員不在という事で、召喚能力に長けたこの娘が状況を見に来たそうです」

 それを聞いて神々が不満の声をあげる。

「所詮、八百刃様は、我々の様の上級にもなれない神々の事など眼中に無いのだ! ここがどれだけの危機に晒されているというのに、こんな小娘だけしか送ってこないなんて!」

 少女は、首を傾げる。

「えーと危機的状況って言うけど、切羽詰った感じは、しないんですけど?」

 それに対して神々が反論する。

「あれを見ろ! あれは、管理派の戦艦だ! それがこの砦に攻撃を仕掛けようとしている。これが危機的状況と言わず、なんと言う!」

 少女は、問題の戦艦をじっくりと観察して言う。

「でも、あれって随分と旧式ですよ。それに戦艦を使った大規模な侵攻なら、もっと神格が高い神々が居そうですけど?」

「小娘に何が解る! 旧式だろうが、神々が使う戦艦は、神々の力を収束して撃ち出す、強力な砲台がある。そんな物を食らえばこんな砦などひとたまりもないわ!」

 神々が怒鳴り散らす中、少女が腕組をする。

「うーん、単なる脅しレベルだと思うけど、まあ、不安だっていうのでしたら、あちきが偵察にいきますよ」

 そういって近づいていく少女に望速馬が慌てて駆け寄る。

「お前独りで行くつもりか?」

「うん。大して危険な感じもしないしね」

 少女があっさり答えると望速馬は、苦悩したが覚悟を決める。

「お前みたいな小娘一人行かせられるか。俺も共に行く」

「良い根性しているね。だったら、また背中に乗せてね」

 少女の言葉を望速馬は、了承した。

 少女と望速馬は、戦艦に近づく。

「そろそろ攻撃がある筈だ」

 緊張する望速馬に対して少女は、慣れた様子で答える。

「まだまだ修行が足らないね。本気で攻撃してくるつもりならもう少し前に威嚇射撃がある。それでこっちの出方と実力を測って、本格的な攻撃に移るよ。それが無いって事は、もしかするともしかするね」

「もしかとは?」

 望速馬が質問した時、白旗が上がる。

「こういう事。逃亡組だね」

 少女が答えに望速馬が不満そうに言う。

「逃亡組というと、敗戦色が高い管理派からこちらに監視派に亡命するあれか?」

「そう、さっきも言ったけど、上位の八百刃獣が大攻勢を仕掛けているから、そういう連中が居てもおかしくないんだよ」

 少女がそう説明しても望速馬は、納得した顔をしない。

「己の意思で決めた道を負けそうだからと変える神が居るというのか?」

 少女は、複雑な笑みを浮かべる。

「正直、あちきもそういうのは、嫌いだけど、残念だけど好き嫌いを言える立場でも無いんだよね」

「下っ端は、上の命令には、逆らえないって事だな」

 望速馬が詰まらなそうに言うと少女が苦笑する。

「あちきのところは、そういう事は、少ないほうだけどね」

 その後、砦から責任者が来て、亡命の手順が踏まれていくのであった。



 多くの神々が亡命者として砦に入る中、少女は、その中でも一際小柄で貧相な神を見つける。

「あれって、確か?」

「知ってるのか?」

 望速馬が問い掛けに少女が眉を顰める。

「もしもあちきが思っている相手だとしたら、ちょっと面倒な事になるかも」

「何者だ?」

 真剣な顔になる望速馬に少女が小声で告げる。

「管理派の上級神、夏卦屡カケル。今回の大攻勢のターゲットの一つ」

「本当か!」

 声を荒げる望速馬の口を慌てて塞ぐ少女。

「黙って。相手が夏卦屡だとしたら、ここで暴れられたら、こっちにも被害が出る。取り敢えず、あっちの出方を見ましょう?」

 望速馬は、思わず頷いてしまった。



 新たな神々の参入を祝した形ばかりの宴、その席であの貧相の神が卑屈な言葉を紡ぐ。

「我々様な小物にこの様な盛大な宴をお開きいただき、感謝の言葉もありません」

 下手に出る態度に監視派の神々も気が大きくなる。

「気になさる事は、無い。貴殿も既に我々と同胞なのだから」

「なんと懐が大きい事か。それに引き換え六極神、特に戦う事しかしない八百刃は、何と器の小さい事か。戦艦が攻めてきたと言うのに援軍で寄越したのは、小娘一人なんて信じられません」

 本当に残念そうに語る貧相な神に監視派の神々同意する。

「そうだ。八百刃様は、我々の事を蔑ろにし過ぎている!」

「今回は、偶々問題なかったが、本当に攻撃されていたらどうなっていたか!」

 不満を口にし始める神々に貧相な神が答える。

「気になさらないのでしょう。それは、貴方など八百刃様にとって無価値な存在だからです」

 ざわめく神々に貧相な神が続ける。

「だってそうでは、ないですか? もしもあの戦艦の砲台がこの砦に放たれていたら、確実に何柱かのお方が滅びていた筈ですよ」

 監視派の神々の中に動揺が広がっていく。

「そうだ。我々は、滅びる危険の前に立っていたのだ。それを……」

 会場の空気は、完全に八百刃に対する恨みで満ちてきた。

「おい、これってまさか?」

 望速馬の言葉に少女が頷く。

「最初からこれが狙いだったみたいね。さて、そろそろ出て行きますか」

 少女は、無造作に歩み出る。

「貴女は?」

 貧相な神が怪訝そうな顔をして少女を見る。

「八百刃神殿から上位の八百刃獣の代りに送られてきた小娘ですよ」

 それを聞いて、回りから敵意の視線が集まる中、貧相な神だけは、顔を引きつらせ始めた。

「なぜ……そんな訳が……」

 少女が微笑む。

「やっぱり、あちきが解るって事は、夏卦屡だね。さて、亡命手続きを続行する?」

「何を言っているんだ? あいつらの目的は?」

 望速馬が近づこうとした時、入り口が開き、白金虎が現れる。

「こんな所で何をしているのですか!」

 半泣きの白金虎に少女が頬を掻く。

「えーと、何を泣いているのかな?」

 白金虎が物凄い勢いで近づくと少女の手を力の限り握り締める。

「白牙様から不在の間、逃げないように監視を頼むと言われていたのに、こんな所まで逃亡されて、なんとお詫びをすればいいかも解らないです!」

 ボロボロ泣き出す白金虎に罰が悪そうな顔をする少女。

「えーと、白牙には、あちきの方から言っておくから、貴女は、気にしないで……」

「今すぐ神殿にお戻り下さい八百刃様!」

 白金虎の一言に神々が驚愕する。

「ちょっと待ってて、今、大切な所だから。ほら、夏卦屡が逃げちゃうから」

 少女、八百刃が指差す先で逃走を図ろうとしていた貧相な神、夏卦屡が舌打して押し殺していた神格を解放する。

「くそう! まさか八百刃自身がこんな所まで出てきてるなんて想定外過ぎるぞ!」

 夏卦屡の神格にその場に居た神々の大半が戦き、何も出来ない中、八百刃は、命令を下す。

「白金虎、あちきの力を貸して上げるから、あれを捕らえなさい」

 ボロ泣きしていた白金虎もすぐさま本来の大型の虎の姿に戻ると、一気に夏卦屡に詰め寄る。

「上位の八百刃獣で無い限り、逃げ切ってやる!」

「逃がすか!」

 望速馬がその前に立ち塞がる。

「雑魚が邪魔だ!」

 夏卦屡の力で望速馬は、弾き飛ばされるが、その僅かな遅延が致命的だった。

 詰め寄った白金虎が生み出した金の檻に捕獲される夏卦屡。

「大丈夫?」

 八百刃は、吹き飛ばされ、かなりダメージを受けた望速馬を心配する。

「大丈夫です! 数々の無礼な態度、許されぬ物です。どうぞ、存分な裁きを!」

 平身低頭する望速馬に八百刃が苦笑する。

「そんな事は、良いって。それより、頑張ったね。この使徒の主の神、良い使徒を持ったね」

 望速馬の主の神が慌てて頭を下げる。

「勿体無きお言葉です」

 そして、いきなりの八百刃の正体の判明に神々は、生きた心地がしなかった。

 ついさっきまで散々八百刃に対して罵詈雑言をあげていたのだから当然である。

「皆さんの考えは、聞かせて貰ったよ。でも勘違いしないで欲しいの。あちきは、今回みたいに直接動くのは、特例。それでも皆さんの事を軽く見ている事は、無い。あちきや八百刃獣が直接動けなくても戦える十分な戦力を用意しているつもり。だからこれからもあちきを信じて、全力で戦ってください。どうかお願いします」

 頭を下げる八百刃に神々が困惑し、そして深く頭を垂れる。

「今改めて、八百刃様の下で戦うことを誓います」

 こうして、望速馬が駆け込んできた事から始まった騒動は、終焉を迎えるのであった。



 少し後の八百刃神殿。

「今回の事は、夏卦屡の逃亡に八百刃様が引かれた、どうしようもない戦神としての運命だ。お前の責任は、ない」

 白牙の言葉に白金虎が戸惑う。

「本当に宜しいのでしょうか?」

「白牙もああ言ってるし、気にしなくって良いよ」

 肯定する八百刃に白牙が近づく。

「お前は、違うぞ」

「えー、どうしてよ!」

 文句を言う八百刃に白牙が半眼で言う。

「当たり前だろうが、部下でしかない白金虎と違い、全責任は、お前にあるんだ。大体、今回の事だって、上位八百刃獣が居ないとしても中位でも名が売れた八百刃獣を派遣しておけば余計な面倒には、繋がらなかっただろうが! 神格を隠蔽しないと動けないお前が言った所為で余計に話がややこしくなったんだ!」

「だから、全ては、逃亡した夏卦屡を捕まえる為の運命って奴で……」

 言い訳する八百刃に爪を突きつける白牙。

「お前の事が、逃走の可能性があると解っていたら、それなりの手を打ってあっただろう?」

「何の事だか?」

 惚ける八百刃に白金虎が見つけてきた資料を見せる。

「あの砦の周囲に水産蛙様が待機して居た理由の説明をお願いします?」

 長い沈黙の後、八百刃が背を向ける。

「さて仕事をしないと!」

 白牙と白金虎が大きなため息を吐くのであった。

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