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影走鬼が見守る新たなる秩序

影走鬼の回では、御馴染みの監視業務

 八百刃は、世界の新たな革新の為に様々な試みを行っている。

 当然イレギュラーが多発する状況に備え、上位の八百刃獣がその監視に当たる場合が多い。



 度重なる大きな戦争と内乱により、この国、ベルモッテには、政府が存在しない状態であった。

 そんな中でも人々は、暮らしていく。



「貰い!」

 市の屋台から食べ物を盗もうとした少年。

 しかし、直ぐに包囲される。

「おいおい、どうするつもりだよ」

「解っているだろう。盗みをした人間は、盗んだ手を切り落とす決まりだ」

 男の答えに少年が脂汗を垂らしながら懇願する。

「盗んだ物は、返す! だから止めてくれよ!」

 しかし、少年は、押さえつけられて、食べ物を盗み取った手が切り落とされるのであった。

 そんな状況を辛そうに見る一人の男が居た。



 男は、市に程近いが、警備の兵が居る食堂に入る。

 その中では、一般より裕福な人間が食事をしていた。

 これにも理由があった。

 無政府状態、詰まり警察等の取締りが機能せず、強盗等の犯罪者を捕らえる人間も、罰する人間も居ない状況では、自警手段をとらざるえないのだ。

 男が座ると、ポニーテールの少女が注文をとりに来る。

「エード様、またのお越しありがとうございます。本日は、何をお召し上がりになりますか?」

 それを聞いて男、エードと言う偽名を使っている影走鬼が小さくため息を吐く。

「また現地に来ているとばれると白牙殿が怒りますので、早くお戻り下さい」

 詰まらなそうな顔をするポニーテールの少女、八百刃。

「もう、折角こっちに来ているんだから、あっちの話は、しないでよ。それより、状況は、どう?」

 影走鬼は、周囲に気をつけながら答える。

「故意に無政府状態を継続させて二十年、政府が無い状態でもそれなりの秩序が生まれつつあります」

 八百刃が難しい顔をする。

「本来なら、自然発生的に政府かそれに代る組織が生まれるのを防いだ上での試みだったけど、上手くいっていると思っていいみたいね」

「そうでしょうか?」

 影走鬼の指摘に八百刃が困った顔をする。

「言いたい事は、解っている。政府って担保が無い状況では、罰則も即効性の物が多くなる。でも、この試みは、今後を考えた上で必要な物なのも知っているわね」

 影走鬼が頷く。

「はい。政府という取り組みが無い状態でも秩序の構築が行える様でなければ、政府間を超えた真の統合と発展を望むのは、難しいからです」

「現在の政府間を超えた取引には、どうしても政府のやり方が大きく影響を受ける。それを出来るだけ無くす方向性に発展を続けられれば不必要な争いを減らすことも可能。争い全てを否定しないけど、やはり政府の思惑だけで無関係な争いが発生するのは、あちきも容認出来ない」

 八百刃の言葉に影走鬼が辛そうに告げる。

「八百刃様の尊い考えは、十分に理解しております。しかし、この状況は、弱者には、辛すぎます」

 八百刃が強い口調で告げる。

「政府って保護が無い以上、弱者は、食い物にされるのが自然界での掟。それを拒絶するのは、間違いよ」

「人は、徒党を組むことにより弱肉強食の理から逃れた者。それが再びその理に囚われるのですね」

 影走鬼の疲れた口調に八百刃が優しい目を見せる。

「貴方の想いは、解る。辛いでしょうけど、そう思える貴方だからこそここの監視を命じたの。その意味を理解して」

 影走鬼は、八百刃の顔を凝視してから頷く。

「ヤオ、いつまで油を売ってるんだ!」

「はい、マスター! 今戻ります! エード、何時もので良いよね?」

 影走鬼が苦笑しながら頷くのであった。



 影走鬼の監視が続く中、ベルモッテは、政府が無いという歪な状態のまま年月を経ていくのであった。

 そして、運命の日が来た。

「逃げろ!」

「私の赤ちゃんがまだ家に残ってるの!」

「どうしてだよ! どうして、俺たちがこんな目にあわないといけないんだよ!」

 貧民が暮らす長屋が炎に焼かれていた。

 放火では、無い。

 長屋の持ち主が土地の転売するのに邪魔な住人を追い出すために火を放ったのだ。

「大家さん、これは、あんまりです!」

 泣きつく女に大家が舌打ちする。

「五月蝿い! わしは、何度も出て行けと言ったのに出て行かないお前等が悪いんだ!」

「だからってこんな非道が許されると思ってるのか!」

 住人の男が睨むと大家が高笑いをあげる。

「許されるかだって? 馬鹿な事を言うな。お前等みたいな社会的弱者がどうなろうが誰もどうにもしてくれは、しないわ!」

 悔しそうに震える長屋の住人達。

 そんな中、火の中から一人の男が出てくる。

 その腕の中には、一人の赤子が居た。

「私の赤ちゃん!」

 母親が泣きながらその赤子を抱き締める。

「間に合って良かった」

 男が笑顔でそう告げた後、大家の前に立つ。

「貴様は、自分が何をしたのか解っているのか?」

 男の迫力に大家がビビリ、一歩後退りながらも虚勢を張る。

「こんなカスどもがどうなろうとも誰も何とも思わんさ!」

「俺は、怒る。その怒りをお前でぶつけるつもりだ!」

 男が腰にさした剣の柄に手を伸ばすと大家は、慌てる。

「待て! お前は、何の被害も被って居ないだろう! 大体、わしを殺せば、どれだけの人間が困ると思っているんだ!」

 男は、淡々と答える。

「お前の代わりなど誰でも出来る。逆に喜ぶ人間が多いだろうな」

 大家が顔を引きつらせたのは、その論理が理解できてしまったからだ。

「お前等、給金分の仕事をしろ!」

 しかし大家の護衛達は、動かない。

「何をしているんだ!」

 怒鳴る大家に護衛達は、極々当然の事の様に告げる。

「俺達が依頼されたのは、長屋の住人からあんたを護る事だ。そこの男みたいな強者を相手にするだけの金は、貰ってないな」

 一気に血の気が引く大家。

「だったらボーナスを出す。だから……」

 大家は、最後まで言い終わる事が出来なかった。

 男が大家を切り殺したからだ。

 長屋の住人達からは、歓声があがるが男は、虚しそうな顔をするだけだった。



 最早消火が間に合わない長屋が燃え尽きる様を見続ける男に影走鬼が話しかける。

「大家を切り殺して気が晴れたか?」

 男は、首を横に振る。

「まったく晴れない。何でこの国は、こんなにも歪なのだ?」

「お前の居た国とは、違い政府が無いからだ」

 影走鬼の答えに男が苦笑する。

「国に居た頃は、政府の奴等は、無駄に税を取るだけだと思っていたんだけどな」

「税を払うと言う共通責務を持つ事で人は、繋がりを持ち、その繋がりでルールを共有できるのだ」

 影走鬼が淡々と語ると男がいぶしむ。

「まるで他人事だな。しかし、それならどうしてこの国には、政府が無いんだ?」

「天罰だ。この国は、自分の利益のみを追求し、多くの侵略戦争を繰り返した。その結果、内外に無数の敵を作り、政府が崩壊、無秩序に取り込み広がった領地では、まともな政府が再建出来なかった」

 男が舌打ちする。

「何が神様だ! 何十年も前の事で未だに人々が苦しみ続けるなんていい理由になる訳ないだろうが!」

 影走鬼は、何も答えない。

「俺は、この国をまとめて新たな政府を作る」

 強い意志を篭めてそう宣言する男、ルートスを辛そうに見る影走鬼であった。



 ルートスは、自分の考えに同意する者達を集めた。

 元長屋の住人など、多くの弱者が小さな力を集め始めた。

 そして、ルートスが実際の行動に移そうとした前夜、その前に影走鬼が現れた。

「あんたか、俺は、神に逆らってこの国に新たな秩序を作るぜ」

 覇気があるその一言に影走鬼は、冷たい視線で答える。

「そうか、ならばここで死んで貰う」

 影走鬼の殺気にルートスは、柄を握り締めて言う。

「おいおい、冗談は、止めておけよ!」

「前にあった時に告げた筈だ。これは、天罰なのだと。天罰を邪魔するものを排除するのも私の仕事の一つなのだ」

 人の姿をしていた影走鬼が、本来の影の鬼の姿に変化するのを見てルートスが驚くが、同時に怒りを覚えた。

「そうかよ、本気で神様がこの国を苦しめていたんだな! だったらその神様も倒すまでだ! まずは、お前から!」

 ルートスの剣が影走鬼を捉えた。

「嘘だろ!」

 ルートスが驚愕するのも当然だった。

 ルートスの剣は、影走鬼をすり抜けて地面に突き刺さったのだから。

『私は、影の鬼。その様な物理攻撃は、通用しない』

 絶望的な宣言と共に影走鬼の手刀がルートスに振り下ろされた。

 しかし、その手刀を受けた女が居た。

「ルートス様は、殺させません!」

 その女は、ルートスに赤子を助けてもらった女だった。

「逃げろ! こいつは、本気で只者じゃない!」

 女は、ルートスの前に立ち塞がり告げる。

「それでしたら、ルートス様が逃げてください。ルートス様は、これからのこの国に、子供達の未来の為に必要なお方です」

 戸惑うルートスに更に多くの人間が盾になる。

「俺達が戦おうと思ったのもあんたが居たからだ。あんたが居なければ何も始まらないんだ!」

「お前達……」

 言葉に詰まるルートスだったが、それでも前に出る。

「お前達を見捨てていけるんだったら、ここに居ない。神の使いよ、俺を殺したければ殺すが良い! だが、俺の意思は、俺の後ろに居る者達が引き継ぐ!」

 その言葉を聴いた影走鬼が躊躇すると、その前にポニーテールのウエイトレスが現れる。

「この人達なら天罰は、要らないよ」

「君は?」

 いきなり現れた少女にルートスが呆然とするなか影走鬼が頭を垂れる。

『了解いたしました偉大なりし、戦いの神、聖獣戦神八百刃様』

「嘘だろー! そいつが神様だって言うのか!」

 驚愕するルートス達に八百刃が告げる。

「本当。序に言えば、あちきが命令したからこの国には、ずっと政府が出来なかった。詰まり貴方達の苦しみの元凶って奴だね」

 その一言にルートスの目に殺気が篭る。

「そうか! それならばお前を倒すまでだ!」

 突進してくるルートスに影走鬼が動こうとしたが、八百刃が押しとめる。

「何でだよ! 何で、何もしないんだよ!」

 ルートスの剣は、八百刃の首筋に触れた所で止まっていた。

「貴方達の怒りは、正当だから、それを受けるのは、当然でしょう」

 八百刃の言葉にルートスが睨む。

「偉そうにして! お前にこいつ等がどれだけ苦しんだか解るのか!」

 八百刃は、影走鬼を指差して言う。

「知ってるよ。ずっと監視させていたからね。だから、その怒りをこの身で受ける覚悟は、あるわ」

 静かだが力の篭った言葉にルートスが怯むと、女が問う。

「神様、私達の苦しみが天罰だとしたら、私達の行為は、神に逆らう行いなのでしょうか?」

 八百刃があっさり頷く。

「そうだね。あちきの思惑とは、違うね」

 ざわめきが起こる中八百刃が微笑む。

「でも、それで良いんだと思う。神の思惑なんて関係ない。貴方達自分で正しいと思うことする先にこそ、あちきが本当に求める物があるんだから。だからその思いを信じて自分が正しいと思う戦いを続けなさい」

 その言葉を残して八百刃と影走鬼が消えていく。

 緊張の糸が切れたのかルートスがその場にしゃがみこむ。

「神様ってもっと偉そうにしてるかと思ったが、意外と普通なんだな」

「しかし、それだけに凄い存在だと思います」

 女の言葉にルートスが頷く。

「全ての責任を背負い続ける覚悟を持つ。俺もそれだけの意思を持たないとな」

 こうして始まったルートスの運動は、実を結び新たな政府が生まれる事になるのであった。



 八百刃の神殿。

「八百刃様、一つお伺いした事があります」

 八百刃が影走鬼を促す。

「あのルートスの行動は、全て八百刃様の思惑通りなのでは、ないでしょうか?」

 八百刃が微笑む。

「よく解ったわね」

 苦笑する影走鬼。

「政府という存在を知り、義憤をもてるルートスという男が都合よく現れたことを考えれば十分にありえることです。それでは、私の監視の任務は、無駄に終わったと言う事ですね?」

 八百刃が難しい顔をする。

「そこは、難しい判断ね。言い方は、変化しても多くの民の意見を取りまとめ政府って存在は、必要なの。しかし、前に言ったとおりに政府が無い状態で秩序を作れる事も必要なの」

「詰まり、両立こそが必要だと思われているのですか?」

 八百刃が頷く。

「そんな所。でもそれって簡単じゃないんだよ。今回は、その為の一歩。政府が無い状態を作った上での秩序構築、このデータを基に、政府がある状態でも政府の意向に左右されない国同士に秩序を構築する方法を模索していく予定だよ」

「長い道のりになります」

 影走鬼がしみじみ呟くと八百刃が強い意志を篭めて告げる。

「どんなに辛く険しい道のりでもあちき達は、進まないといけない。ついて来てくれる?」

「影走鬼のみならず、全ての八百刃獣が八百刃様の為にその道を歩み続ける所存です」

 改めて頭を下げる影走鬼に八百刃が微笑む。

「だから、お前は、現場に出ないでここで大人しく八百刃獣の報告を待っていろ!」

 白牙の怒声に八百刃が顔を引きつらせる。

「えーと、やっぱ現場に出ないと解らない事とかってあると思うんだ」

 あからさまに視線を背ける八百刃を白牙が引っ張る。

「お前と八百刃獣の関係がそんな曖昧な物じゃない! とにかく、お前が現場に出るだけでこっちの仕事が増えるんだ」

 そんな姿を見送る影走鬼であった。

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